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ザハ=ドラク編 復讐 06

アクセスありがとうございます。

楽しんでいただければ幸いです。

「よう、人間のお嬢ちゃん。元気してたか」

「あ、コーダさんこんにちは。送ってもらった布とかありがとうございます。大事に使わせてもらってます」

 圧巻とも言える巨体の持ち主、熊獣人のコーダと挨拶を交わす玲奈。

「こっちも商売だからそんなにありがたがられるのもくすぐったいけどよ。ところでやせっぽちの兄ちゃんは今はいないのか?」

「兄はフラウさんに頼まれたお仕事で、ちょっと出てます。帰るのはまだ何日かかかるみたいです」

「そうか。まあ俺はその前に帰ると思うが、兄ちゃんにもよろしく言っておいてくれや」

 コーダはフラウの待つ幕舎に入って行った。


「ドワーフ自治区で商売の話をしてたら、人間族の女に会ったぜ」

 フラウの前にコーダは「茜印のムンクに似た版画」を出した。

「……なんともおぞましい。われわれダークエルフの価値観では理解できない文化でございますね。なにかのまじないが込められているのでしょうか?」

 怪しい品物でないかどうかをまず確認するレム。

「人間族の女じゃと? まさかそれが、トールやレナの探しておる『アカネ』という妹ではないのか?」

 フラウの質問にコーダは軽く首を振ってこたえる。

「わりいな、名前まではしっかり確認しなかった。俺としたことがとんだ間抜けだ。だがその可能性が高いと思うぜ。この絵をもう一人の妹ちゃんに見せりゃあ、はっきりわかるんじゃねえか」

「ふむ……」

 フラウは少しばかり思案したが、人間の兄妹についての問題はひとまず脇にやることにした。なにより今ここには融がいない。

「とりあえずこの絵はわらわが預かるとするかの。コーダどの、今のドワーフ自治区はどんな様子じゃ?」

「景気は相変わらず悪いな。どこの村も物が売れなくて青息吐息だ。技術はあるのにもったいねえことだ。その分安く買えたんでこっちに損はないけどな」

 コーダはベル村で買った首飾りをフラウに渡す。

 下げ紐の部分は細い鉄の鎖、トップスに鹿の角を精巧に彫った女神像があしらわれた、なかなか趣のある品物だ。

 鎖の細さと丈夫さから、彼らが高い技術を持っていることが容易にうかがい知れる。彫刻部分も肉感的で完成度が高い。

「ザハ=ドラクが先にドワーフの村々を併合しておれば、帝国にたやすく攻め滅ぼされることもなかったのであろうな……」

 今となっては言っても仕方のないことだが、フラウは嘆息せざるを得なかった。

「姫さん。これはあくまでも俺の憶測だがな。エルフ帝国は次の戦い、龍族獣人の国に攻め入るときにドワーフ自治区の連中と、旧ザハ=ドラク領の連中に手柄争いをさせるつもりだと思うぜ。今までは両者をある程度、政策的に締めつけておいて、戦で手柄を立てりゃあ褒美を貰えて成り上がれるんだ、って感じにな」

 コーダの想定はフラウも首を縦に動かし同意するところだった。

「わらわが皇帝でも同じことをする。褒美をちらつかせて手柄を競わせれば前線の士気も上がり、なにより帝国軍本隊をある程度温存して戦えるからの。ドワーフ自治区の景気が悪く、失業する者が増えているというならなおさら兵に志願する者は多いじゃろうしな」

 女神像を手のひらで弄びながら、あどけない顔で淡々と軍略、政略について語るフラウの姿を見てコーダはわずかな憐憫を覚えた。

 コーダは妻を流行り病で亡くしているが、妻が遺した小さな娘がいる。

 もしも自分の娘がフラウのような状況に置かれて、少女らしい楽しみや幸せを何一つ享受することのない日々を送ることになったら、父親として胸が張り裂ける思いをするだろう。

「で、姫さんとしてはその思惑を揺さぶりたいんだろうが。人間の兄ちゃんがどこかに行って何かをしてるってのは、その策の一環か?」

 同情しすぎは商売をするにあたって禁物である。コーダは気持ちを入れ替えてフラウたちがしていることに探りを入れる。

「そうなればいいとは思っているんじゃがの。いかんせん決め手に欠ける。次の仕掛けを打つためにもここは近いうちに陣払いをすることになるじゃろう。新しい居場所が決まったら知らせるゆえ、コーダどのは変わらず商売にいそしんでくれればよい」

「わかったよ。せいぜい死なねえように気を付けてくれ。あんたたちは大事な客だからな。今死なれると困る」

 コーダは特に人相を見ることに長けているわけではない。

 しかし今まで生きて、それなりの切った張ったをしてきた経験から、フラウの微笑の陰に死の色がにじみ出ていることを感じている。

 それは他者を殺す色なのか、自分が死ぬ色なのか。

 コーダにはわからなかった。



 一方その頃、融はどうしていたのか。

 彼はフラウの部下であるゴブリン兵、ブルルと共にドワーフ自治区と龍族獣人の国の境界線沿いに来ていた。

 100年以上前に龍族獣人は、当時住んでいたドワーフたちを東西に押しのける形で「黒竜王国」という自分たちの国家を打ち立てた。

 武勇を尊び、世襲にこだわらない実力主義の王権継承を続けてきた黒竜王国であったが、今は眼前に迫る神聖エルフ帝国の圧倒的な軍事力とどう向き合うかで国内が揺れている。

 もちろん融はそんなことを知らない。

 フラウに言われた通り、人目につかないように気を付けて林の中を移動しながら、たまに街道に出て木札を落としていくだけだ。

 時折、武装したトカゲ人間の集団を見かけたが融もブルルも身を隠して息を潜め、これをやり過ごした。

 

「お、お前、体力あるなあ……」

 同行したゴブリンのブルルも舌を巻くほど、融は黙々と、淡々と、嫌な顔を見せずに走り、任務をこなしていく。

「鍛えてますから」

 融は1日10キロ以上のランニングを日課としている。調子がいい時、アルバイトが休みの日などは20キロ前後、気分によってはフルマラソンと同じくらいの距離を走っている。

 彼が人生の目標としている「破っ」を出すためには、何はなくともまず体力だという思い込みがあるからであった。

 と言っても本気で陸上競技に専念している者ほどには速くはない。地元で行われた市民マラソンに参加した際も、42キロを走るのに2時間30分を切ることはできなかった。フルマラソンに特化したトレーニングを積み、ペース配分などもしっかり考えれば結果はどうなったかわからないが。

 ともあれ、融とブルルが必死に駆け回ったことでフラウに指示された仕事は早めに終わった。

 帰り道は荷物が少ない。フラウの見立てでは往復10日かかる仕事だったが、この分だと1日、あるいは2日は早く戻ることができるだろう。

 しかし一つの問題があった。食料だ。

「たまには温かいもんを腹いっぱい食いてえなあ……焼いた肉とか、魚とか……」

 ブルルがそう言うのも無理はなかった。

 二人は隠密行動を基本としていたため、道中で火を起こして食材を調理するということはしていない。

 手持ちの食料をあらかた消費してからは、林に生っている果物をそのままかじりながら移動を続けていたのだ。

 清流や湧水等が点在する飲み水に困らないルートを選んで移動を続けたので飢えや乾きが大きな問題となるわけではなかったが、二人の眼前を鹿が横切った時などは、ブルルは明らかによだれを垂らして獲物を見送った。

「肉や魚は、生でも食べられると思いますけど」

 融は鶏、鹿、馬、牛の刺身なら食べたことがあるので、ブルルにそう提案してみた。

 それに対してブルルは信じられないものを見る目つきを返す。

「お、おいおい、獣人じゃあるまいし生の肉や魚にかじりつけっていうのか? そんなおぞましいことができるかよ!? ついさっきまで生きて動いてたモノだぞ!?」

 どうやらゴブリンは生魚や生肉を食す文化を持たないらしい。

 日本では近年、牛肉や内臓部位などの生食に規制がかかり、それらを愛好していた融は寂しい気持ちを持ったものだ。

 しかし日本人の多くはあいも変わらず生の魚を、特に煩わしい規制などなく好んで食べている。

 もっとも、川魚を生で食べるということに関しては色々と高いハードルを乗り越えなければならないが。

「ゴブリンの皆さんは鳥の卵も生で食べたりしないんですか」

「そ、そんな気持ち悪いことできるわけないだろ! あんな、あんな、にゅるにゅるで、グチャグチャで……考えただけで鳥肌が立つわ!」 

 ゴブリンが日本に来たら大変だろうな、牛丼屋にも行けない。

 と融はいらぬ心配をした。

 それはともかくとして、肉や魚が食べたいという点においては融も同感である。

 あと数日、果物だけで我慢して帰路に着くということもできないわけではないが、やはり若い男として肉や魚の蛋白質がもたらすパワーは歓迎すべきものだ。

「俺は狩りとかまだ全然できないんですけど」

 融がフラウの部下と一緒に行っている仕事の中に狩りもあるが、基本的には道具や仕留めた獲物の持ち運び要員である。融本人に動物を狩る技量はない。

「俺も短弓しかないけど、小鹿くらいなら仕留められると思う。それより小さい獲物でもこの際構わねえけどな。とにかく肉が食いてえよ、肉が」

 心の底から切なそうに語るブルル。

 その時融は一つの気配、物音を感じて林の奥に目を凝らした。

「ウサギかなにか、向こうにいるように見えますね。今は樹の幹に隠れてます。おそらく2匹」

「ほ、本当か? よしトール、挟み撃ちにするぞ。お前が隠れてる兎を驚かせて、出てきたところを俺が仕留めるからよ。へへへ、今日はウサギ鍋だぜ」

 仕留めても鍋にする調理器具がないのでは、と融は思った。

 

 肉を食べたいと思った、ただそれだけのことで、この後にどんな騒動が周囲に起こるか、今の融とブルルは知る由もない。

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