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ザハ=ドラク編 復讐 05

アクセスありがとうございます。

楽しんでいただければ幸いです。

 熊獣人族の頭目であるコーダが各地から買い付けた物品が、フラウたちの陣営に届けられた。

 コーダの部下が運んで来たためにコーダ本人は来ていない。

 その中に綿や毛、麻の織物、布があるのを見て玲奈は大いに喜び、フラウ付きの侍女であるレムに一つの提案をする。

「あ、あのう。フラウさんにこれでなにか服を仕立てちゃダメでしょうか……?」

 ひょんなことから拾った人間族の兄妹。

 その妹の方は服を作る技能を持っていることを陣中の皆は知っている。

「姫さまに服、ですか」

「は、はい。いつも革の鎧とマントで、それも良くお似合いなんですけど、でもあんなに綺麗なんだから、そういう服が一つでもあればと思って……」

 ダークエルフの王女であるフラウは精悍で力強さを感じる褐色の肌に、くっきりした大きな瞳を持った美少女だった。

 まだ幼さの残る容姿に、過酷な運命と闘う意志の強さが同居しており、少女のあどけなさと女の美しさの両方を匂わせている。

「あまり贅沢をしている余裕はないのですが……」

 とレムは口にしたが、自分の仕える姫君にほんの少しでも安らぎを与えられればとは常々考えていることだ。

「だ、ダメ、でしょうか……」

「いえ。なるべく資材を無駄遣いしないように、簡素でありながら姫さまにお似合いの瀟洒で品のあるものを作っていただけるのであればぜひお願いします」

 なかなか難しい注文である。

 しかし許可を得た玲奈は大いに表情を輝かせ、さっそくレムと一緒に服作りのために採寸を始めた。

 フラウの体に触れていいのは陣中ではレムだけなので、玲奈一人では採寸ができないためである。

「な、なんじゃ一体。わらわは今着ているもので十分……」

「姫さま。ご自身が高貴な立場であるということをお忘れになりませんように」

 いざ作るとなったらノリノリのレムであった。


 玲奈が何日か夜なべして出来上がった服は、濃い紫地の上下ひとつながりドレス。

 半袖で、鎖骨から胸元の部分は涼しげに開いていた。

 スカートは前面がやや短く太ももがちらりとのぞき、後面は長めになっている。波打つフリルが可愛らしさと色気を引き立てていた。

 赤のチョーカーリボンと胸元に赤い薔薇の花飾りをあしらっている。

 いわゆる、バリバリのゴスロリ服だった。

「すっっっっごくお似合いですフラウさん!!!!」

「な、なにかフリフリしすぎていて落ち着かぬのじゃが……」

 銀髪紅眼、長耳のダークエルフ美少女が着慣れないゴスロリ服を身につけてまごまごしている様子を見て、玲奈は萌え死にそうになった。

「す、少し派手ではありますが力強さを感じる紫と、姫さまの瞳に合わせた赤い装飾がとても、いいものですね」

 レムも鼻血を出して卒倒しそうになるのをなんとかこらえて賞賛する。

「あ、レムさんの分も作っちゃいました」

 しれっとそう言って玲奈が出したのは、白黒ツートンのエプロンドレスと白いフリルつきカチューシャ。

 いわゆるメイド服である。

「な、なんですかこの服は……」

「私たちのいた国で、高貴な方に仕えて身の回りのお世話をする女性の仕事着です」

 自信満々にそう言ってのける玲奈の迫力に何故か逆らえず、渋々レムもメイド服に着替えた。

 当然のように似合っていた。しかし一つだけ玲奈は物足りないと思う点がある。

「ああ、メガネがあればなあ……」

 どうでもいいたわごとを実に悔しそうに口にする玲奈。

 なんにしても、玲奈は自分の持つ技術を駆使してフラウやレムと良好な関係を築くことに成功していた。




 一方、融はというと相変わらず毎朝早くに起きて「破っ」の練習をしていた。

 あれは一体何のまじないなんだ、とフラウの部下であるダークエルフやゴブリンの兵士たちは多少気味悪く思っている。

 しかし陣地の見張りや物品の移動等における力仕事といった簡単な作業であればとくに文句も言わず淡々とこなす融を、あからさまに邪険に扱うものはいなかった。

 何を考えているのかよくわからないが特に害のないやつ、という評価が定着していた。

 しかし融の考えていること、融の抱く目標は一貫している。それは茜を見つけ出し、玲奈も含めた三人で家に帰ることだ。


 玲奈は融に説明した。

 ここは異世界であり、日本や地球とは全く違うところなのだと。

 どういう理屈かわからないが自分たちはそんな場所に飛ばされて、そしてこの世界に茜もいるはずだと。

 だからきっといつか茜を見つけ出して、みんなで一緒に家に帰れると玲奈は涙交じりに、しかし力強く言った。

 その言葉を融は全面的に信じた。


 茜を見つけるために何ができるのか、何をすればいいのか。

 融にその答えを思いつくことはできない。

 しかしこの世界のことを自分たちより詳しく知っていて、なおかつ何人もの部下の上に立つ身分であるフラウならなにかわかるかもしれない。

 融はフラウと話し合うことを決めた。


「フラウさん。あなたが欲しい」

 いきなり会議用の幕舎に現れた融がそんなことを言うものだから、フラウもレムも、そこにいたダークエルフやゴブリンの兵士数人も度肝を抜かれた。

「な、ななな姫さまに向かって一体何を……!」

 わなわなと震えて懐から短剣を抜こうとするレムをフラウが制止する。

「間違えた。フラウさん、茜という妹を探すためにあなたの力を貸してほしい。そのためならどんなことでもする。俺はなにをすればいい?」

 融はフラウが探索の魔法「鷹の目」を使えるということを知らない。

 ただ単純に、融の知る限りこの世界で最も立場が上で権威を持っている、いわば力を持っている人物がフラウだったからこう言ったまでだ。

「行方知れずの妹を探しておるというおぬしらの事情はわらわも理解しておる。コーダどのを含めた協力者が各地を飛び回っておるゆえ、それらしい情報が手に入り次第わらわの所に知らせが入るはずじゃ。今はそれで耐えてくれぬか」

 フラウの目に嘘はなかった。

 融が頼み込むまでもなく、フラウは融や玲奈の庇護者としての務めを果たしてくれていたのだ。

「そうか。ありがとう。世話になっているお礼もあるし、俺にできることがあるなら何でも言ってくれ。死ねと言われても困るが」

 そっけない物言いだが、融はフラウを信頼している。

 隠し事は色々あるのかもしれないが嘘をつくタイプではないと判断しているからだ。

「ふむ。確かおぬしは足が速かったな。わらわの兵でもう一人、おぬしに負けぬくらい足の速い男がいるのじゃが、その者と二人で少し行ってもらいたいところがある。馬を使うと目立つでの。なるべく徒歩が良いのじゃ」

「行って何をするんだ」

「なあに、簡単な仕事じゃ。出発前に荷物を渡すので、目的地に着いたらそれをばら撒いてくれればよい。街道にでも、民家にでも、人目につくようなところにただばら撒くだけじゃ。しかし誰にも見つかってはいかん。人目に触れず仕事を終えて、人目に触れずここに戻って来るのじゃ」

「わかった。ぜひやらせてくれ」

 考えるまでもなく即答する融。

 フラウは満足そうにうなずいた。

「細かいことや道のりは同行の者に聞けば分かる。よいな、くれぐれも隠密裏に、そして必ず無事に戻って来るのじゃ」


 フラウの指示により融ともう一人、足の速さが自慢なゴブリン兵は数十枚の木札を持って目的地に向かった。

 その目的地とは帝国エルフ領の東端、ドワーフ自治区と龍獣人の国の境界線。

「エルフ帝国がこれ以上東征を続けるならば、皇帝は暗殺されるだろう」

 木札にはそう書かれているが、融には読めない。


「少しは状況をかき回せられればよいのじゃが」

 融たちを見送ったフラウが自分の髪の毛をいじりながら思案する。

 木札に書かれた文章は実に曖昧であり、誰が何のために書いたのかという予測を一つに絞らせない効果がある。

 今まで制圧された国が帝国への復讐で暗殺予告をしたともとれる。

 また一方ではこれから攻め込まれるであろう龍獣人の国、あるいは東ドワーフ共和国からエルフ帝国へ向けて放たれた牽制と見ることもできる。

 もちろん単なる愉快犯、無意味ないたずらという可能性を否定する根拠もない。

「本当に暗殺することができれば、どれほどいいことか……」

 ため息とともにレムが漏らす。

 それを聞いたフラウは口の端を釣り上げて楽しそうに言った。

「存外、皇帝本人が逆上して暗殺予告の犯人探しに出向いてくるやもしれぬぞ? そうなれば移動中、殺す機会はあるやもしれぬなあ」

「ふふふ、それは心が躍るお話でございますね」


 話している内容は聞こえないが、フラウとレムが楽しそうに笑っているのを遠巻きに見て玲奈も楽しくなった。まさか暗殺の話でテンションを上げているとは思わない。

 荷物を届ける仕事に出た融のことは心配だ。

 十日もしないうちには帰って来るという。


 長いようでもあり短いようでもある、融の帰りを待つ日々。


 熊獣人のコーダが茜印の版画を携えて、フラウや玲奈のもとを訪れたのは融が出発してから四日目のことだった。

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