ドワーフ自治区編 決起 07
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「あの下っ端エルフ、さっさとどっか行ってくれないかしら……」
なるべくならエルフのいない状態で村のみんなと話がしたいと思っている茜。
説明が終わったというのに村から出て行かないヨシュアを恨めしげに眺めていた。
いっぽうヨシュアの方も得体の知れない人間族の女、自称魔女に睨まれて気持ちが落ち着かない。
しかし彼はまだ仕事が残っているためにベル村を離れるわけにはいかない。
「それでですね、村長どの」
「はあ。まだなにかあるんかいのう」
ヨシュアはベル村のドワーフ村長に、これからのことを説明する。
不老長命のエルフ族ではあるが、ヨシュアはまだ若輩なので村長を年長者として扱い、ある程度の経緯を払って話をした。
「先ほど説明したとおり、強制ではありませんがベル村に神殿を建てて、精霊神崇拝の何たるか、その教化の拠点とします。もちろん村の土地をお借りするわけですので、神殿省からベル村に補助金が出ます」
「ほ、ほお。神殿を作る土地を空けておけば、帝国から村に金を払ってくれるということじゃろうか」
「そうです。ドワーフ自治区の中でベル村はもっとも我々エルフ領に近い村なので、ここを最初の足掛かりにしたいと帝国領民議会、および神殿省は考えています。正式な要請や神殿の建設計画は僕の上役が後日伺って詳しい話をさせてもらいます。まずこの情報を村の皆さんに理解していただきたい。村に神殿を建てることを拒まれるのであれば、この話はドワーフ自治区内の他の村に持って行くことになります」
神殿省というのは文字通り神殿関係のもろもろをつかさどる省庁である。
神聖エルフ帝国はその名が示す通り、精霊信仰を軸にした宗教国家なので神殿省の権限、規模は大きい。
しかし現在の皇帝は軍事力で他国を制圧、恭順させている一方で、支配した他種族から独自宗教の自由を奪ったりはしていない。
このため軍関係者や財務関係の権限を持つ省庁の存在感が大きくなり、相対的に神殿省の存在感は小さくなったとも言える。
領民議会と神殿省は権限の大きくなり過ぎた軍や財務官僚に対抗するために、神殿建設、教化政策、議員選出権の付与という案を元老院、および皇帝に奏上した。
狙いはドワーフ自治区の治安を安定させることだ。
新しく領土に組み入れ、税制の不備によって生産力が下がり治安の悪化したドワーフ自治区。
ここの問題を解決すれば、これからさき帝国軍が東へ領土を広げる戦いを起こしても後顧の憂いが減ることになる。
神殿省は貴族や一般信者からの寄付、寄進という独立財源を持っている。その金で神殿を建てるというのだから、皇帝も元老院も特にこの案を否定する根拠を持たず、実行を了承した。
もちろん、ヨシュアはあまり細かいことを村長に説明してはいない。
この村に神殿を建てることでどんな利点があるか、それを伝えて理解してもらうことが最も重要だからだ。
少なくとも彼に与えられた仕事としてそれが重要なのであり、それ以外の情報を伝えることは余計なことである。
この話をベル村の住民が受諾した際に、のしかかるであろうデメリットを考えるとヨシュアの心は重くなった。
神殿を村に建てることで補助金が降りてくる。神殿を建てる際に建築の仕事が発生し、それでドワーフたちの収入は増える。
議会への代表選出権も与えられ、ドワーフ自治区は一時的に明るい気運に満たされるだろう。
しかしその明るい雰囲気を吹き飛ばしてしまう未来がこの先に待っているのだ。
そして、明るくない未来でもそれが運命だとドワーフたちは受け入れてしまうであろう。
「至高の精霊神さま。われわれは罪深い行いをしているのでしょうか……」
暗い表情から洩れてきたヨシュアの悔恨を茜は聞き逃さなかった。
一通りの説明を終え、ヨシュアはベル村を後にする。
体の空いた村長以下、村の幹部がわけもわからず宿屋の一階に集められる。仕切り役は何故か、最近村に来たばかりの得体の知れない人間女、茜である。
「な、なんじゃい話ってのは」
茜は居並ぶドワーフたちの顔をしっかり見据え、強いまなざしで断言する。
「戦争が起こるわ。相手はきっと、東の海沿いにある国。その前にこのドワーフ自治区のすぐ東隣にある、トカゲ人間さんたちの国を相手にすることになるでしょうけどね」
その言葉に一同、息を飲む。
皆が絶句して驚く理由を、茜は日中にドガに聞いて知っていた。
「東の海沿いって、あなたたちと同じドワーフさんたちが作った国なんですってね。東ドワーフ共和国だったかしら?」
神聖エルフ帝国が東海岸まで領土拡張の戦いを続けると、その行く手にあるのは東ドワーフ共和国という、ドワーフたちの大国であった。
ベル村を含めた自治区のドワーフたちと、共和国のドワーフは先祖を同じくしながら西と東に分派した歴史がある。
仲たがいしてドワーフの国が二つに割れたたというわけではない。
もともと彼らドワーフの住む土地の真ん中を切り裂くようにして、別の種族が攻めてきて国を作り、居座ってしまった。
だから彼らドワーフ族は西と東に否応なく隔絶されてしまったという事情があるだけだ。
間に割り込んできたのは龍族獣人、いわゆるトカゲ人間たちの国である。先ほど茜が言った、ドワーフ自治区から見れば東隣の国だ。
ここは今でも東西のドワーフと険悪な関係を続けている。
茜はその話を昼間のうちにドガから聞き、今まで手に入れた情報と照らし合わせておおよその筋書きを予測した。
「まず帝国はあなたたちドワーフに今の段階で美味しい話をいくつか持ちかけるわ。今回の議会代表権みたいにね。あなたたちは喜んでそれを受け入れる。そうして、あなたたちドワーフから、戦争に行く兵を募るようになるわ」
その茜の言葉に、一人のドワーフが反論した。
「そんなバカな話があるか。なんで俺たちドワーフがエルフのために手足になって死ななきゃならないんだ。ここは自治区だし、税金を払っている以上は危険なことはないって話だったから従って来たんだ」
そうだそうだ、と他のドワーフたちも同調の声を上げる。
「でもドワーフさんたちは、隣に居座ってるトカゲ人間さんの国が気に入らないんでしょう? あいつらをやっつけてその領土を取り戻すぞ、って言われたらホイホイ志願しちゃうんじゃない?」
「それは……」
茜の言葉を否定するドワーフはその場に一人もいなくなった。
仇敵である龍族獣人の国を打倒してその土地を取り戻すという大義があるのなら、それはエルフだけの戦争ではない。ドワーフという種族が自らの誇りをかけた戦争になりうる。
エルフ帝国と共に戦う以上、間違いなく勝てる。勝てるなら喜んで参加すると考えるドワーフも多いだろう。
「で、そうしてまとめあげられた軍はそのままさらに東のドワーフ共和国に攻め入ることになるのよ。前線に出てしまった以上、同族だから殺し合いたくない、東のドワーフに恨みなんかない、なんて言っても通用しないでしょうね。指揮官の命令で自治区のドワーフは矢面に立たされて、東のドワーフさんと闘う羽目になるわ。戦意を喪失したり逃げたりしたら、後ろにいるエルフ本隊に弓で撃たれて殺されるのが関の山ね」
茜はコーダやドガから、エルフ帝国に必死で抵抗したザハ=ドラクという国がどのように滅ぼされたのか話に聞いて知っていた。
戦争とあらばそういうことを「やる」国であり種族なのだ。
その神聖エルフ帝国が今になってドワーフ自治区の懐柔策を急に打ち出している。
締め付けた後に、たくさん与える。
そしてまた締め付ける。
ドワーフがそれを嫌がる、拒否するのなら、与えられたものは全て取り上げられるのだろう。
一度与えられた権利を取り上げられるのが嫌だと思うなら、エルフの尖兵として東の同族と闘うしか道はない。
茜は自分の予測がどうか的外れな妄想であってほしいと思っていた。
しかし村を訪れて事情を説明するヨシュアの顔にたびたび暗い陰が差していたこと、そして去り際の懺悔するような呟きを耳にして、自分の憶測が勘違いでないことを確信してしまった。
もちろんそれは今まで見聞きした情報を精査して繋ぎ合わせた上での確信であるが。
「……あたしはそういう可能性に気付いてしまったから、今ここでみんなに伝えるだけ。勘違いであってほしいし、もしこの通りに事が進んでいるのだとしても自治区のことを最終的に決めるのはドワーフさんたちだから、ああしろこうしろと言う資格がないのはわかってるわ。でも、でも」
話しながら茜の拳がぷるぷると震え、その瞳にどんどんと涙が溜まっていく。
「あなたたち、それでいいの!? 犬ころみたいにエサを与えられてしつけられて、主人が噛めって命令した相手を噛みに行くような、そんな扱いを受けて満足なの!? このまま一生、子子孫孫までエルフの都合で飼いならされて使い捨てられる家畜の扱いで、それでもかまわないって言うの!?」
茜の声が、叫びがその場にいるドワーフたち全員に「響いて」しまった。
茜自身はドワーフの意思を尊重し、自分はあくまで意見を述べただけと思っている。最終的に決めるのはドワーフたちなのだと。
それでも言わずにはいられなかった。
放たれた言葉は茜の意図を無視して、本人も無自覚な異能の力をまといながらドワーフたちの心の真ん中に火をつけてしまった。
慈愛と義憤の無差別、無自覚な強制伝播という、非常に危うい茜の異能をもって。
「い、いいわけ……いいわけないだろっ!!」
「そうじゃあ、そこまでバカにされて黙って従うほどワシらは恥知らずじゃないわいっ!」
ドガが泣き、村長が叫ぶ。
他のドワーフたちも気勢を上げて、エルフ帝国に対する不満をぶちまける。
「そもそもあいつら気に入らねえんだよ! 高みから見下ろしやがって!」
ドワーフ種族の身長が低いので、それは致し方ないことである。
「血のしたたる肉も食えねえような軟弱野郎どもに俺たちがいいように使われてたまるかってんだ!」
エルフは基本的に植物質の食べ物しか消化、代謝できない体のつくりをしているので、軟弱云々というのとは話が違うのだが、そのことを発言したドワーフは知らない。
宿の一階は怒号を上げるドワーフの熱気でいっぱいになった。
この状況に彼らを焚きつける言葉を吐いた茜自身が一番困惑した。
ここで冷静さを失って、あからさまな反抗をエルフに対して行ってしまってはまずいのである。エルフ帝国に反抗するには、ドワーフ自治区は無力すぎる。
ドワーフ自身がそれをよく理解しているから、争わずに大人しく恭順したはずなのに、今の彼らはそれがまったくわかっていないような精神状態に見える。
そんな暴走状態に彼らを導いてしまったのが自分の言葉が持つ異能の力だとは、茜は気付いていない。
「ちょ、ちょっとみんな勢いのいいこと言ってるけど、早まっちゃダメよ!」
自分が静止役になるという状況に茜は慣れていない。
いつも暴走するのは自分であり、それを止めてくれたのは家族や町の人々であった。
「そんなこと言っても、黙っていられねえよ!」
「そうだそうだ! とりあえず最寄りのエルフ兵詰所でも打ち壊しに行くか!?」
「ど、どうしちゃったのあなたたち! とりあえず冷静になって! 急がば回れ、せいては事をし損じるって言うわよ!」
明らかに理性を失っているドワーフたちを外に出さないため、宿の入り口をふさぐように立つ茜。
外に出ようとするドワーフたちがその体を押し飛ばし、茜は入り口外の地面に倒れた。
狂奔にかられていたドワーフたちが、まるで魔法が解けたように一気に冷静になり倒れた茜のもとに駆け寄る。
実際に魔法は解けたのだ。茜の異能、言葉で他者の心に火をつける力は、あくまで茜の精神状態に他者が巻き込まれるというものである。
茜自身の精神がその状態から変わると、異能の力も効果を失うのだ。
「だ、大丈夫かアカネ!」
茜の体を優しく引き起こし、真っ先に声をかけたのはドガだった。
「……あっ、い、痛い。痛いぃ~~~~~」
倒れたときに変な格好で手をついてしまったためか、茜の左手首の骨が折れた。
「うぇ、うぇ~~~~~ん。痛いよぉ~~~~~、アニキィ~~~~~、玲奈ぁ~~~痛いぃ~~~~~」
あまりの痛さに今まで必死で張りつめていた茜の心も折れ、融や玲奈の名を呼びながら泣いた。
異世界に飛ばされてきてからはじめて、茜は自分自身の心と体の痛みに涙を流した。
他者の苦しさや辛さに感情移入して泣くことの多い茜が、久しぶりに自分のために流した涙だった。




