ドワーフ自治区編 決起 06
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「そう言えばコーダさん」
「なんだ?」
ベル村に一軒しかない宿の一階。
会計や記帳の受付窓口があり、食堂兼ロビーとして使えるように卓が並んでいる。客室は二階だ。
茜は食事中のコーダと同じ卓の向かいに座り、気になっていた質問を向けた。
「エルフ帝国は海側の領土を欲しがっている、みたいな話をちらっとしてたけど、帝国は海に面してないの?」
茜の質問に、山のように盛られた肉や果物の料理を食べながらコーダは答える。
「ああ、今はな。エルフ帝国は完全な内陸国だ。大陸西側は人間族の国が海岸線をびっしり埋めてるし、南側は山があるだけ。北は広大な草原と砂漠を獣人が移動しながら暮らしてる。東はダークエルフ、ゴブリン、ハーフエルフ、あと獣人たちがごちゃごちゃと小さい国を乱立させてる状態だ。ここのドワーフ自治区も東寄りだな」
大陸東部に数ある中小国の一つ、フラウの故国であるザハ=ドラク連合は完膚なきまでに叩きのめされた。
ザハ=ドラク周辺に存在した小国のうちいくつかは、エルフ帝国の苛烈な侵攻にすっかり恐怖して恭順の意を示している。併合された国があり、これから併合されていく国もあるだろう。
「ふうん。わかりやすい説明ありがと。ところでそれ、美味しそうね。一口いただいていいかしら」
「……別に構わねえよ」
いきなりメシをたかるのは唐突過ぎるから緩衝材として質問をしてきたのではないか。
言われたコーダや周りで見ているドワーフたちがそう思うほど、茜の態度は厚かましく、あっけらかんとしていた。
「じゃあエルフ帝国は海にたどり着くまでまだまだほかの国を攻めたり降伏させたりする予定があるのかしら」
「東に進んで行けば、あと二つ三つの国を降すだけで海には出られるな。上手く行きゃあ、の話だが」
「そうなんだ。もうすぐなのね。ところでこれ美味しいわ。もっと貰っていい?」
「好きにしてくれや……」
不思議と怒る気にはならないコーダであった。
もちろん今回は「いい商売」をするためにベル村を訪れている。トラブルを起こさないよう、自制しているということもある。
「普段はあたしもこんなに食べる方じゃないのよ。でもコーダさんが何も考えてなさそうに、美味しそうにガツガツ食べてるから。ついつい気分良くなって、ついでに食欲もわいちゃって」
「何も考えてねえとは失礼な言い草だなオイ」
「あらごめんなさいね。でもご飯を美味しそうにモリモリ食べる人って素敵だと思うわよ。なんて言うか、純粋な生命力の強さと美しさを感じるじゃない」
コーダが料理を咀嚼する様子を見て、本当に楽しそうにニコニコする茜。
茜の目を見るとコーダは不思議と体の中が温かく、そしてむず痒くなるように感じ、話題を変えた。
「ところで嬢ちゃんは迷子だって言ってたな。すぐにこの村を出て行くつもりなのか?」
「早く帰りたいのはやまやまなんだけど、なにをどうすれば帰れるのかもわからないのよね。人間がたくさんいる国ってのに行ってみようかしら。ここから遠いの?」
茜が軽い思い付きで出した言葉に、コーダは少し真剣みを増した口調で返す。
「遠いし、やめといた方がいいな。しばらくここの村に居とけ」
コーダはエルフ帝国領内で「今後、何が起きるのか」を多少ながら知っている。
正確に言うと「何かを起こそうとしている勢力」を知っているし、コーダ自身も間接的にではあるがその動きに関わっている。
その流れの中で異邦人の女がエルフ帝国領内を突っ切って西側に旅をするのは危険が過ぎると思い、制止の意見を述べた。
コーダ個人としては見知らぬ人間族がどこで行き倒れようと知ったことではないのだが、この村に商売で来ている間は「気のいい商売人、話の分かる親分」という立ち位置を貫くつもりでいた。
突然村に来た人間の女と、やはり突然来た巨漢の獣人が一見和気あいあいと食事している。
その状態が珍しいのか村のドワーフたちが宿の一階に集まり、その数は次第に増えていつの間にか宴会が始まっていた。
「いかつい獣人が来たから最初は怖かったんだけどな。これからもよろしく頼むよ」
「俺は隣村のもんなんだけどよ。時間があれば寄ってってくれ。腰から提げる革の小道具入れとかで中々おしゃれなのがあるぜ」
「バクチに使う駒や札なんかもたくさんそろってるが、獣人さんはバクチはたしなむかい?」
コーダを囲み、やいのやいのと話しかけるドワーフたち。
茜が最初に突貫したことで村人たちがコーダと話しやすい雰囲気を作ったという効果があったのだろう。
しかし宿の中が騒がしくなったころに茜は姿を消し、自分にあてがわれた小屋に入ってさっさと寝てしまった。
朝になり、コーダはドワーフ自治区内の別の村と商談をするために宿を出た。
「買ったものは俺の部下があとで取りに来るからよ。そいつらに渡してくれや」
そう言ってコーダは村長に代金を先払いし、割符の片割れを渡して次の商談へと向かった。
コーダの部下が割符のもう片割れを持っているので、そのときに商品を渡す段取りだ。
「なあ村長。この金で労役に出ちまった他のドワーフも何人か戻せるんじゃないか? 獣人の親分さんはこれからもどんどん矢じりや靴を作ってくれって言ってたぜ。手はたくさんあった方がイイだろう」
ドガは村長にそう提案した。
「そうじゃな。この金を村が貸すということにして、滞納していた税を払わせれば労役は免除されて生産の方に労働力を回せるのう」
コーダが先払いを申し出てくれたからこそ使える手段であった。
後払いの取引だったならベル村にまだ金銭がないことになり、滞納した税を一括で払い村人を村に戻すことはできない。
ベル村のドワーフたちはコーダに深い感謝をしつつ、生産フル稼働の体勢に入った。
茜がベル村に来てから10日が経った。
3日くらいは一生懸命版画制作に取り組んでいた茜だったが、その後飽きてトーテムポールのミニチュアを作り、やはり飽きて今は石や堅い木を使って数珠のような腕輪や首飾りを作っている。
そのベル村にエルフ帝国領内警邏、新米兵卒のヨシュアが荷馬車を引いてやってきた。
「ぎゃあ、魔女がいる!!」
茜の姿を認めるなり、腰を抜かして今にも逃げ出したい気持ちになるヨシュア。
「へ? ああ、あなたあのときのエルフね。呪いの調子はどう? 頭が痛いとか体がだるいとかあったら、それはあたしがかけた呪いの効果よ」
「や、やっぱりか! なんか最近疲れやすいと思ったんだ! ドワーフたちを任地に送る手配は問題なく済んだよ! 早く呪いを解いてくれよ!」
反応が面白いので真実は伏せたままにする茜。
「うちの村になにかありましたかのう?」
「査察はまだ先のはずだぜ」
村長やドガが、なぜここにエルフの兵隊が来たのか訝しがって質問する。
ドワーフは自治を許されているものの、エルフ帝国領民として帝国に税を払う立場である。
その税を計算するために年に2回、村には査察が入るのだが今はその時期ではない。
茜の存在が気になるものの、ヨシュアは自分の仕事を全うするために気を取り直し、かしこまって言った。
「お、おほん。まずこの村のドワーフ6名は滞納していた税の支払いが確認されたので労役を免除されて後日、村に戻って来る。それを報告する」
おおお、と周囲にいた者に歓喜の表情が浮かぶ。
更にヨシュアは続ける。
「それは別件として、これから告げることが本題だ。我らが偉大なる指導者にして精霊神さまの生ける代理者、神聖エルフ帝国皇帝陛下はエルフ以外の種族にも絶対至高の精霊神さまのご威光を広く知らしめたいとのお考えである」
ヨシュアがそう言った途端に、ざわわ、とドワーフたちの間に懸念の空気が広がった。
「そ、それはエルフと同じように光の精霊神を崇めて、この村にも神殿を作れとか、何日かに一回は神殿で説教を聞けってことですかい?」
ドガの質問にヨシュアは肯定も否定もせずに答えた。
「これは強制ではない。我らが皇帝陛下はドワーフ及び領内の獣人、またはほかのさまざまな種族が持つ文化風習を理解し存続させることを認めている。ドワーフたちがドワーフの信じる神を崇め続ける自由は、自治領民が持つ当然の権利として保障されている」
じゃあいったいどういうことなんだ、と疑念の顔が話を聞くドワーフたちの顔にありありと浮かんだ。
「強制はしないが、ドワーフ自治区内で唯一絶対の精霊神崇拝に改宗する者がいれば、その者は帝国元老院の下部組織である帝国領民議会への参加権を得ることができる。要するにこの自治区から帝都中枢の議会に代表者を送ることができるということだ」
ヨシュアは荷馬車に積んでいた木の札を村の中央広場に立てた。
そこには先ほど説明した、改宗すれば自治区から代表権を持った者を議会に送り出せるということが書き記されていた。
神殿を村の中に建てる際は、帝国政庁がその資材費や労務費を全額負担するとも書かれている。
茜はこの世界の文字が読めない。
しかしヨシュアの言ったこと、そして周囲のドワーフが口々に言っている情報を拾い、唸った。
「……あえて税制に不満を持たせておいて、このタイミングで議会に代表を送れるって話を持ちかける。気に入らないけど上手いやり口ね」
茜はドガの手を引っ張り、小声でささやく。
「ねえ、ドガはこれをどう思うの?」
「え、うーん、悪い話じゃあ、ねえと思うぜ。だって議会に代表を送れるってことは、税のこととかも変えて行けるかもしれねえんだろう? そうすれば村のみんなは大助かりだ。俺が改宗するかどうかは別の話として、改宗したいってやつが出てくるのは、理解できるかな」
好印象のようだ。
しかし茜は直感した。これが帝国の狙いなのだと。
ここですんなりドワーフたちが納得するように、あえて今まで「厳しく問題のある税制でドワーフたちを縛り付けた」のだと。
ムチを振るって打ちまくった後に飛びきり甘い飴玉を差し出してきたも同然である。
「海側までの領土進出の野望……不満を持っていたドワーフ……自治区の懐柔……獣人による多量の物資購入……」
茜は今まで見聞きした情報を頭の中にめぐらせる。
そして一つの答えにたどり着いた。
「ドガ、きっと近いうちに大きな戦争があるわ」
茜がいきなりそんなことを言うものだから、ドガは仰天して目を白黒させた。
「な、なんでそんなことがアカネにわかるんだよ。そもそも帝国に喧嘩を売ろうなんて国や勢力はどこにも……」
「エルフは海に接している土地をどうしても獲りたい。でもその相手にしてる国か勢力か知らないけど、それを降伏、恭順させる段取りが上手く行ってないんじゃないかしら。だから全面戦争になるかもしれないけれど、その間にドワーフ自治区に絶対に反乱を起こして欲しくないのよ。だから今になってこんな美味しい懐柔策を出してくるんだわ」
この村に来たばかり、迷子の異邦人少女が爪を噛みながら思案する。
その様子がやけに真実味があるので、ドガは異論反論を唱えることができなかった。
そう言われてみればそう思える、という不思議な説得力が茜の言葉にはあったのだ。
「じゃ、じゃあこの村は一体どうすりゃいいんだよ……」
「あたしにいい考えがあるわ。あの下っ端エルフがいなくなったら、村の偉い人を宿屋の一階に集めてちょうだい」
考えすぎならいい。むしろそうであってほしい。
モノ造りを真摯に続ける平和なドワーフの村が、血みどろの争乱に巻き込まれる未来。
それをぼんやりと予測し、茜は自分の考えが的外れな勘違いであってほしいと強く思った。




