ドワーフ自治区編 決起 05
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「ねえドガ、あのでっかい人は商売に来たっていうけど、この村に来てなにか旨味とかあるものなの?」
ドワーフ自治区、ベル村の中央広場。
突然訪れた巨漢を中心に村の幹部が集まってなにごとか話している。
その様子を遠巻きに茜とドガは観察していた。
「作ったけど売れなかった製品の在庫がけっこうあるから、それを安く買いたたきに来たんじゃねえかな」
ドワーフの村々が神聖エルフ帝国領に組み込まれることで、行商人は手数料を今までより多く負担することになった。
そのためにこの界隈を訪れて商売をする旨味が減り、いくつもの村が売れない在庫を抱える状態が続いている。
在庫が膨れ上がった各村ではその処理に悲鳴を上げている状態だ。
足下を見られて、あり得ないような安い価格を提示されても今の村人たちなら渋々うなずいてしまうかもしれない。
そう言うタイミングを見計らって商人が来たのではないかとドガは推察した。
「ドガは村にいたとき何を作ってたのよ。あなたの商品も安く買いたたかれたら悔しい?」
「俺は他の村で作られた鉄とか、他の村で切り出された石とか、あとはこの辺で伐採された樹を削ったり磨いたりして形を整える仕事をしてたんだ。倉庫に行けば見れるかな。悔しいかって言われると……売れないよりはいいんじゃねえかって思うな」
そう言ってドガは茜を村の倉庫に連れて行き、顔なじみの倉庫番に挨拶した。
「ドガじゃねえか。まさか労役から逃げて来たんじゃねえだろうな。って、なんだそっちの、けったいな格好の女は……」
「ちゃんと金を工面してたまってた税を払ったんだよ。こっちの女の子はあれだ。旅をしながら諸国を見て回ってるらしい。それよりちょっと中を見せてもらうぜ」
軽い口を叩きながら茜を倉庫に案内し、中にある様々な加工品を紹介するドガ。
「ここにある矢じりとか小刀は俺が研いだんだ。他の村で製鉄された原料を買って、うちの村が刃物や農具、鍋とか釘に加工して商人に売ってたのさ。鉄製品でそのまま税を納められるなら、俺たちもそんなに苦労しなくて済むんだけどな」
大量の矢じりが無造作に木の箱に入れられている。
「ずいぶんたくさん作ってたのね」
「獣人やゴブリンが狩りに使ってたから、前はよく売れたんだよ。でも帝国がこの辺の国境線をガチガチに定めちまったから、付近で狩りをする種族自体が減っちまった。境界線がどうのこうのと帝国に因縁つけられるのを嫌がったんだろうな」
獣人やゴブリン族に商品が売れなくなったのならば、同じ領内のエルフ相手に商売をすればいいだろうとドワーフたちは考えたが、そうも上手くはいかなかった。
エルフは剣や鎧、矢じりなどの金属製品を強化する魔法を使うことができる。
しかしその魔法が高い効果を発揮するのは鉄製品ではなく、銅や青銅、金銀で作られた品物なのだ。
魔法の効果が得にくい鉄製品をエルフ族は積極的に使いたがらなかった。茜に狼藉を働こうとしたエルフ兵上官の着ていた鎧も鉄ではなく青銅製である。
大規模な銅の鉱山はエルフ帝国の直轄地になっており、銅製品を作ろうとした場合は帝国が専売している銅を原料として購入する必要がある。
ドワーフたちにとっては原料が割高な上、自分たちは銅を強化する魔法を使えないので銅製品を増産するメリットが乏しい。
「そこまで文化が違うドワーフさんたちをどうしてエルフ帝国は自分の勢力に入れたかったのかしらね」
「さあ……」
ドガを案内役とし、ベル村倉庫にて生産品の社会見学をしている茜。
その二人のもとに、突如として大男がにゅっとあらわれて口をはさんだ。
「そりゃあ、やっこさんたちは海まで自分たちの領土を広げたいと思ってるからだろうさ」
狭い倉庫の通路に突然現れた巨漢に、ドガも茜も心臓が止まるほど驚いた。
先ほどまで村の中央広場にいたコーダが、倉庫の中を見に来たのである。
「おうおう、売れもしねえ品物がわんさかたまってやがるな。もったいねえもったいねえ」
楽しそうに倉庫内の物品を見て回り、これもいいな、あれもいいな、と陽気に騒ぐコーダ。
「あんた、その体どういうことなのよ。なにを食べたらそんなにでっかくなるのよ」
いかにも太くて頑丈そうな骨格、それを覆う筋肉の質量に圧倒され、茜が感嘆の疑問を漏らす。
聞かれたコーダは茜の風貌をしげしげと眺め、答えた。
「お嬢ちゃんは人間族のメスか? その割には胸もケツも小せえなあ。俺の知ってる別の女はもっとこう、プリッとしてムチッとして、美味そうだったぞ」
「ほっといてよ!! 訴えるわよ!」
コーダの知る人間の女性に、もっと胸や腰回りの肉付きが良い者がいた。それと比較しての発言である。
それはもちろん茜の義姉にして最愛の親友、玲奈のことであったが茜は知る由もない。
「ず、ずいぶん名のある獣人の親分さんとお見受けするけど、こんな辺鄙なドワーフの村に一体何を買いに来たんだい」
コーダの威容にすっかり気圧されたドガが質問する。
「特別なものを買いに来たわけじゃねえよ。普通に弓矢、あとは靴や手袋、馬具なんかをな。このあたりの鉄製品、革製品の小物類は評判がいいらしいじゃねえか」
「はあ……」
そう説明されてもドガは釈然としないものがあった。
わざわざそんなありきたりなものを買いに、高い通行料や通商許可を帝国に払ってまでドワーフ自治区に来る利益があるのだろうかと思ったからだ。
その疑問に応えるように、ベル村の村長が倉庫に続けて入って来て言った。
「なんでもコーダさんの部族では近々、規模の大きい狩りの祭りがあるそうなんじゃ。しかし一度にたくさんの弓矢や道具を調達するのが難しい。ドワーフ自治区に在庫が溜まっていると聞いて、それならばと来てくれたんじゃよ。ありがたいことじゃあ」
村の幹部も次々とコーダの近くに集まり、礼を述べて笑顔を浮かべている。
「とにかく準備する日数が足りなくてな。あちこち回って値比べして買い集めてる暇がねえんだ。もちろんこの村に売ってもらうとしても多少の勉強はしてもらうが、損臭い値をつけねえようにこっちも考えるからよ。これを機に仲良くして行こうや」
コーダたちの部族が活動している土地はドワーフ自治区からやや北方に離れ、馬を全速で駆けても数日はかかる距離だという。
今まで深い付き合いのなかった両者だが、困ったときはお互いさまの精神でこれからよしみを深めて行こうという話だった。
村長は続けてドガに言う。
「在庫を売っただけでは間に合わん分を、これから周辺の村々と協力して増産せねばならんかもしれん。ドガが労役を免除されて帰って来たのはちょうどよかったわい。明日から研ぎの仕事に回ってもらうがいいかの?」
いきなり仕事を押し付けられてドガは多少驚いた。
しかし売れることが決まっている商品を作るために仕事が忙しくなるのは、ドワーフにとって喜びである。
ドワーフにとっては自分たちの技術を用いて物を作り、それを使ってくれる人が喜んでくれるのが何よりの幸福なのだ。
「そりゃあもちろん願ったりかなったりだけど、アカネの面倒を誰か見てくれるかな……」
ドガが連れてきた見慣れぬ人間族の女の子、茜に一同の注目が集まる。
「一体何者なんじゃい、そのおなごは」
「簡単に言うと迷子よ。家に帰る方法がわからないの」
村長の疑問に対して茜は短くも的確な言葉で答えた。
少なくとも本人の中では的確な表現だったと思っている。
「そりゃあ可哀想にのう」
「腹は減ってないか。林檎食うか?」
「空き家になってた小屋があるはずだ。しばらくそこを使えばいいんじゃあないか」
茜の境遇になにか同情するところがあったのか、ドワーフたちが集まってやいのやいのと世話を焼き始める。
「みんな親切なのね」
「働きが悪いやつには厳しいけどな」
ドガの言うように、ドワーフは勤勉な種族であるが故か勤労に意欲的でない者はすぐに後ろ指を指され、コミュニティ内でも冷たく扱われる。
今は珍しいお客さんとして優しくされている茜も、時間が経てばどうなるかはわからない。
また、コーダが大きな商談を持ってきたことで村のドワーフの気持ちが上向いており、他者を憐れむ余裕が出ているのかもしれない。
「ふうん、迷子ねえ」
この時コーダは、フラウの陣中で知り合った人間族の男女と目の前の人間には何かつながりがあるのではないかと思っていた。
しかしフラウたちは身を隠して潜伏しながらエルフ帝国に復讐を企てている立場である。
余計な情報を拡散しないためにも、コーダは融や玲奈の話を茜に振ることを避けた。
コーダが村の重役と話を詰めるために倉庫を去った後。
「じゃああたしも村の名物になるような小粋な一品をなにか作っちゃおうかしらー。自慢じゃないけど図工も技術家庭科もずっと成績良かったのよね」
茜はドガを無理やり引っ張って作業場まで案内させ、そこにある道具を駆使してなにやら夢中になって工作を始めた。
茜は器用貧乏なタイプである。これと言って大得意な分野を持っていなかったが、大概のことは何でもそつなくこなす。
茜はそこらに転がっていた石版の表面に炭で絵を描き、ノミでその線をなぞるように掘った。
ムンクの「叫び」に似た石版画が完成した。
厚かましいことに、端っこに「茜」という名前まで入れている。
「な、なんかよくわからんが凄く不吉に見える絵だな……」
出来不出来はともかく、見ていて精神が不安定になる作品だとドガは思った。
「版画なら原板一つで何枚も印刷できるわ。これを村の名物になるようにじゃんじゃん刷ってバンバン売りましょう」
「こんなの売れるのか……?」
半信半疑ながらも何枚かの羊皮紙や麻布に試し刷りをしてもらい、茜の作品は出来上がった。
「あ、でっかいお兄さんにも1枚あげるわ。方々で宣伝しておいてね」
話し合いを終えて村に用意された宿に入ろうとするコーダ。
茜は彼を呼び止め、ムンクもどきの版画をプレゼントする。
正直いらない。そう思ったコーダは顔をしかめるが、絵の端に記された見慣れぬ文様を見て茜に問いかけた。
「これはお嬢ちゃんたちの部族で使われている文字かい?」
「ええそうよ。あたしの名前。いつか茜印の石版画がこの世界全域で大人気商品になれば嬉しいわね」
「まあ、せいぜい頑張ってくれや」
コーダは不気味な絵が印刷された羊皮紙を荷物の中にしまう。
次にフラウたちのところへ行ったときに、人間の兄妹にこれを見せてみようと思っていた。




