ドワーフ自治区編 決起 03
アクセスありがとうございます
楽しんでいただければ幸いです。
怒声を上げて弓に襲いかかって来たドワーフたちの群れに、エルフ兵は驚き立ち尽くすことしかできなかった。
「その汚い手をアカネから離しやがれッ!!!」
「ぬわっ!?!?」
ドガの体当たりを受けて吹っ飛ばされたエルフ兵は、茜を拘束していた手を離し地面に倒れ込む。
「き、貴様らこんなことをしてどうなると……もがーーーっ!?」
そしてドワーフたちが一人、二人、三人、四人とエルフ兵の体の上にのしかかり、肉ピラミッドの有様で身動きが取れなくなる。
低い背丈、栄養失調気味なことから少し痩せ衰えているドワーフたちと言ってもやはり数の力は強大である。
「た、隊長どのっ!!」
上官の危機を目の当たりにして駆け寄ろうとする若年兵のヨシュア。
しかしその動きは残りのドワーフたちに完全に取り囲まれることで封じられた。
70人のドワーフたちは上官エルフに覆いかぶさる者、ヨシュアを包囲して動きを封じる者、そして茜を取り囲んでその身を護ろうとする者に三分し、威嚇の唸り声をあげている。
「ま、待て! 冷静になれ! とりあえず話を聞け!」
おしくらまんじゅう状態でドワーフに密着され凄まれて、剣を抜くこともできないヨシュア。
エルフ二人が制圧される中、ドガをはじめとしたドワーフたちが憎々しげに吐き捨てた。
「お前らはアカネが何を言っても聞く耳を持たなかったじゃねえかっ!」
「そうだそうだ! その長い耳は飾りか!?」
「自分たちの状況が悪くなった途端に話を聞けなんて、虫が良すぎるんだよッ!!!」
ドワーフたちは皆が皆、頭に血が昇っている状態でまともに話ができない。
ヨシュアはそのことを苦々しく思った。
支配される側のドワーフが自分たちに反抗したからではない。
彼は前々から自分の上官、隊長の行動に問題があることに苦い思いをしており、いつかこういうことが起きるのではないかと危惧していたからだ。
エルフ帝国はその領内にドワーフや獣人たちの村、コミュニティを多く抱えている。
それはもちろんエルフ帝国がそれらの部族、種族を恭順させた、あるいは戦いに勝って支配下におさめたからだ。
そのほとんどは「自治区」として種族ごと、部族ごとの自治権をある程度認められた支配だった。
明確に厳しく締め付けているのは税制と、基本的な法を破った際の罰則くらいのものである。
その税制に大きな問題があったのだが、種族が持つ文化、生活習慣などを強制的に奪ったり変えさせたりはしておらず、建前として自治区のドワーフや獣人とエルフは対等の権利を持った同じ民という扱いだった。
もっとも、最後まで頑強に抵抗し敵対した旧ザハ=ドラクの土地と住民だけは自治を許されずに帝国直轄領となった。
その中でさまざまな文化や風習を強制的に変えさせられた、禁止されたという例もある。
建前上は対等であるとしても、自分たちがドワーフや獣人の支配者であり他の種族は被支配者であるという階級意識を持つエルフは多い。
ヨシュアの上官はまさにそう言う思想を持つエルフであり、たびたび自治区に住む者をを威圧し、些細な罪をとがめて脅し、見逃す代わりに賄賂を要求するなどしていた。
まだ歳若く、国を守り秩序を守る警邏兵という仕事に理想や情熱を持っているヨシュアにとって、最悪の上司だったと言っていい。
とはいえ上司は上司であり、法は法である。
このままドワーフたちが怒りに任せて暴走し、自分も上官も被害を受け、ドワーフたちも厳罰を受けるというのは最悪の筋書きだ。誰一人として得をしない。
ドワーフ自体に何ら差別感情も憎しみも持っていないヨシュアにとって、その展開はなんとしても避けたいものだった。
その状況を打破したのは茜の一声だった。
「そ、そこまで! あたしは無事だし、なによりこのエルフとかいう連中に逆らうとマズいんでしょ!? 大事になる前にやめなさい!」
「けどよおアカネ……」
「こんな腐れエルフ、一度痛い目見た方がいいに決まってるぜ」
血気盛んなドワーフたちは、上官エルフの武器を取り上げて両手足を抑えつけている。
「いいから! あたしに考えがあるから! 任せて!」
そうは言うものの、実のところ茜に何も考えなどない。
この場を収めるために勢いで言ってしまっただけだ。
「ま、魔女めぇ、許さんぞ……! 町についたらどんな手を使ってでも……!」
組み伏せられている上官エルフがなにごとか怨嗟の言葉を口にしているが、茜はそれを無視して考える。
数秒。わずか数秒だけ必死の思いで思考を巡らし、これだというアイデアにたどり着いた。
「そうよ! よく見破ったわね!!」
胸を張って、芝居がかった大声を出す茜。
「あ、あたしはエルフを滅ぼすためにこの国にやって来た美しき魔女、アッカーネさまよ! こんなにすぐ正体が知られたからには仕方ないわ、出直すとしましょう!!」
「ア、アカネ……?」
突然何を言い出すのかとドガたちドワーフは困惑した。
しかし身動きの取れない状態で、その言葉を聞かされた二人のエルフ兵は少なからぬ衝撃を受け、顔色を変えた。
目の前の女が、エルフを滅ぼす魔女だと告白している。
自分たちは拘束されていて、圧倒的に不利。
多少の動揺を相手に生じさせることができた。もう一押しすれば行ける。
茜はそう考え、こそこそとスマホを操作して音楽ファイルの中から「ホラー映画効果音、絶叫音声集」というフォルダ内のファイルを再生する。
茜のスマホからおどろおどろしい音楽や環境音、ビュウウと寒風が吹きすさぶ音やガラスの割れる音、女の悲鳴、カラスの鳴き声など不吉な音声が立て続けに鳴り響いた。
「ななななな、なんだ!? どこからこんな音が!?」
不快音声をがなり立てているスマホを後ろ手に隠しながら、茜は続ける。
「あ、あんたたちエルフ二人に呪いをかけたわ! このドワーフさんたち70人が、なんのお咎めもなく無事に防壁? 城壁? だかの工事現場にたどり着くように手配しないと、全身の穴という穴から血や臓物が噴き出して死ぬ呪いを!!」
「な、なんだと!?」
「ヒィィィ、お、お助けェぇぇ!!!」
茜の言葉に上官は顔を蒼白にし、ヨシュアは恐怖で泣き出した。
「あたしを辱めようとした罰をその身に受け、恐怖して過ごすと良いわ!! 呪いを解きたいならさっき言ったように、そのドワーフさんたちをつつがなく労役の現場まで送り届けることよ! それしかないわ! そうしないと死ぬわよ! ちょっと! そこに突っ立って泣いてる下っ端のエルフ!!」
「ひゃ、ひゃいっ!?」
突然指名されて上ずった声を出すヨシュア。
「あんたが今すぐに、この70人を連れて町だか政庁だかに行って、なんかいいように手配しなさい! もちろんあたしについて余計なことを喋ったら、その時点で死ぬからね! そう言う呪いだからね!」
なんかいいように、とはずいぶん曖昧な命令である。
しかし茜自身がこの世界、この国の行政機構をよく理解していないのでそうとしか言えない。
「あ、あわわわわ……」
ヨシュアが答えに窮していると、茜のスマホから狼の遠吠えが無数に放たれた。
オォーン、ウォォーン、と鳴り響くその咆哮がヨシュアの勇気や理性をすべて吹き飛ばし、絶望の淵に叩き込んだ。
ヨシュアは狼が苦手なのだ。そのことをもちろん茜が知っていたわけではなく偶然による効果だが、この場面において茜にとって有利に働いた。
「わかったの!? わからないの!? 今すぐ地獄の門番、三つ首狼を召喚してあんたにけしかけるわよ!? いいの!? いろんなところいっぺんに3つもかじられて、超痛いわよ!!」
「わか、わか、わかりましたぁ!」
恐怖心の虜となり、茜の命令に従うヨシュア。
「あたしにいやらしいことをしようとしたエルフは、人質としてここに縛っておくわ! ちゃんとドワーフさんたちの手続きが終わってから、下っ端が迎えに来てやりなさい!」
「な、ななななにを!」
反駁する上官エルフを茜はひと睨みし、そのタイミングで黒板を爪でひっかいたような、耳をつん裂く摩擦音がスマホから放たれる。
「口答えするんじゃないわよ! 今すぐ殺されたいの!? あんたにされたことの恨みは忘れてないわよ!?」
黒板ひっかきの音はまだ続いている。茜自身、鳥肌が立ってたまらない。
「あ、ああああ、ああああ……」
上官エルフは失禁した。
「ほ、ほらドワーフさんたちも、ちゃっちゃとその下っ端エルフについて行く! 町に着いたらあたしのことは忘れなさい! いいわね?」
急な展開に混乱しているドワーフたちだったが、茜に怒鳴り散らされて一人、また一人と立ち上がり、ヨシュアと共にこの場を去ろうとする。
しかし多くのドワーフが察していた。
「お、おいドガよう。アカネの手……」
「ああ、わかってる。アカネは俺たちに咎が行かないように、芝居を打ってるんだ……」
茜がエルフから見えないように後ろに隠しながらスマホを持っている右手。それが小刻みに震えている。
茜も恐怖しているのだ。
こんなことを言って、こんなことをしでかしてしまって、自分の身にこれからどんな厄災が降りかかるのかと。
後先考えずに行動する茜ではあるが、基本的には18歳の女の子である。
70人のドワーフを無事に任地に送り届けるためとはいえ、自分がなにかものすごくマズいことをしているということくらいは理解している。そのことに恐怖で震えているのだ。
それでも茜は、ドガたちの力になりたいと思った。
見過ごすことはできないと思った。
だから震える手を必死で隠し、自分のついている嘘に没頭し、大声を出して自分を奮い立たせている。
そんな茜の心情をドワーフたちは理解し、その気持ちに報いなければいけないと強く思った。
そしてヨシュアを呼びとめて、こう質問する。
「エルフの兵隊さんよ。滞納している税を今からでも政庁で払えば、労役は免除されるのか?」
今までわけのわからない展開のただなかにあり混乱の極みだったヨシュアだが、自分の知っていることを質問されてわずかばかりの冷静さを取り戻した。
「えあ? た、確かに税さえ収めれば労役は免除になる。だが期日を過ぎている場合は割増しになるぞ。そもそもお前たちは払う金がないから労役に出されたのだろう……」
その説明を聞き、一人のドワーフが言った。
「俺たち70人全員が持っている小銭をかき集めるから、その金でここにいるドガって男の労役を免除するように取り計らってくれねえか」
「お、お前ら……!」
なけなしの手持ち金を全員が出し合う様子に、ドガは驚いて目を見開いた。
合計するとドガが滞納していた税の額を上回った。
「勘違いするんじゃねえよ、ドガ。おめえさんはこの金で解放される。そして、アカネのそばにいてやるんだ。あの嬢ちゃんを一人にしちゃあ、ダメだ」
ドガも同じ考えであった。
茜が何者なのかはわからない。どこから来てどこへ行くのか、ドガたちは知る由もない。
それでも、茜を一人にしてしまうと危なっかしすぎる。
少ない時間の接触で身にしみて分かった。
無茶をする女で、無茶苦茶なことを言う女。
誰かがそばにいてやらなければならず、そして、不思議とそばにいたいと思うような女の子だと。
ドガは決心し、ヨシュアに言った。
「俺はこの金でたまってた税を払うことにする。政庁での手続きはエルフの兄さん、あんたと連れのドワーフに任せるよ。俺は魔女さまの手下として付き従わなきゃいけないもんでね」
魔女の手下と言われ、恐怖がぶり返しなにも言えなくなるヨシュア。
「とりあえずベル村にアカネを連れていく。お前らも労役が終わったらベル村に寄ってくれよ。この恩は忘れねえ。俺たちは、仲間だ……」
ヨシュアに聞こえないよう小声でドワーフたちに囁いて、ドガは70人の輪から外れた。
ドガには男の兄弟しかいない。
しかし茜を見ていると、うるさくて手のかかる妹を持ったら、きっとこんな感覚なんだろうなと思った。
上官エルフは先ほどの場所に、縛られて放置され、うーうー唸っている。
ヨシュアが迎えに来るまでずっとこの有様なのだろう。
「おーーーーい、アカネーーーーーーっ!!」
ヨシュアに連れられたドワーフ集団たちと反対方向に街道を歩いて去ろうとする茜の背中を、ドガは呼び止めた。
茜は自分たちに勇気と希望をくれた。
今度は自分が茜を守るんだと、ドガは心の奥底で呟いた。




