現実と実感
もう一体の機甲兵に向けて、3台の軍用バイクは唸りを上げてアスファルトを滑るように走り出す。
ヤマも不慣れながらも機甲兵を無力化出来たことによって自信を持ち、先ほどよりも積極的に機甲兵に向かっていく。
強襲隊の存在に気づいた機甲兵も機銃掃射でこちらを撃ち落とさんとするが、高速で動く上に小回りが効く軍用バイクにはかすりはするものの直撃を与えることはできない。
ヤマは小刻みに震えるスロットルを腕力で無理やり押さえつけ、バイクを掠める銃弾の音を聞きながら巨大な鉄くずの足元へと接近する。
流れる景色を目の横で捉えながらタイヤを滑らせるように減速し、
機関短銃を構える。
その瞬間。
ヤマは目撃する。
減速する際、車体のバランスを一瞬崩した柴田に機甲兵は躊躇なく散弾銃の銃口を向けた。
直後に柴田の肉体は散弾銃によって四散し、アスファルトの染みになる。
人が戦死する瞬間。
ほんのわずかなミスによって人が簡単に肉塊に変わる瞬間をヤマは目撃する。
銃口を向けられた瞬間の柴田の絶望に満ちた顔。
銃弾によって半壊し吹き飛ぶバイク。
そして機甲兵の足元ににかかる返り血。
今まで自分は何をしていたんだろう。
自分は何故こんな危険な行為を平気で行っていたんだろう。
こうなる事は分かっていたはずだ。
人は簡単に死ぬ。
自分も。
これらの事実がヤマの戦意を刈り取る事は容易であった。
スライド減速するための態勢を保ちきれなくなったヤマの体は
バイクから投げ飛ばされ固いアスファルトに強く叩きつけられる。
直ぐに起き上がろうとするも、四つん這いの状態から立ち上がることができずそのままヤマは嘔吐してしまう。
受け入れていたはずの現実。
少し考えれば簡単に想像できたはずの結末。
戦死した柴田の姿を見てようやくヤマは自分が戦死するという未来を本当の意味で想像した。
手足ががくがくと震え、思うように動かない。
動かなければ自分も柴田のようになる、と分かっていてもだ。口からはレーションが混ざった吐瀉物が、目からは恐怖からくる涙がぱたぱたと落ちる。
何者かが怒号を放っているがヤマにはそれをはっきりと聞きとる思考は存在していなかった。
全身が死への実感と恐怖で塗りつぶされる。
これが戦場。
自分が立っている場所。
ゆっくりとヤマは顔を上に上げる。
見えたのは、曇り空を背に機甲兵がこちらへ機関銃の銃口を向けようとしている光景だった。
向けられた銃口。
吸い込まれるような巨大な黒い穴に睨まれて動けなくなったヤマは自分の死を覚悟した。
反射的に銃口から目をそらすように目を瞑る。
巨大な音がした。
その音に驚いて目を開けると、視界に飛び込んできたのは今にも倒れ込みそうな機甲兵と空中高く吹き飛んでいるフロントが潰れたバイク。
そして地面に弾かれながらこちらに転がってくる増田であった。
増田はヤマが撃たれる直前、自身のバイクを機甲兵に体当たりさせてバランスを崩したのだ。
増田はヤマの前まで転がってくると全身の力を込めて自身の回転を止め、小銃を倒れ込んだ機甲兵のパイロットに撃ち込んだ。
小銃の弾丸を数発受けたパイロットは、
モスグリーンの戦闘服を血に染めながら息を引き取った。
「おい!桐山上等兵!聞こえるか!意識はあるか!」
ヤマは増田の問いかけにも答えることができず、ただ震えていた。
これが戦場。
一瞬の判断が生死を分ける地獄。
作戦開始から僅か1時間。
自分は油断していた。
自分は死なないと過信していた。
この誉れある部隊の隊員だと信じ、緊張しながらも心の奥底でたかをくくっていた。
目の前に突然訪れた戦場の現実にヤマの思考は完全に固まっていた。
死ぬ。死ぬ。
自分は死ぬんだ。
一瞬にも満たない速さで。
虫のように死-----
がん、とヤマの顔面に強い痛みが走る。
我に帰るとそこには右拳を振り抜いた増田の姿があった。
「怖くてもう動けないのか!ならそこで一生小便漏らして這いつくばってろ!だがな、この戦場に立っているものは例外なく全員恐怖を感じているんだ!
敵も!味方も!機甲兵のパイロットも!俺も!お前も!」
増田がぐっ、とヤマの胸倉を掴む。
「なんのためにこの戦場に立っているのか思い出してみろ!
復讐か!名誉か!金か!栄光か!愛する家族か!
なんでもいい、何故お前が糞塗れの鉄屑を潰せるための力を欲したか思い出せ!そしてそのために戦え!それこそが兵士の原動力だ!」
はっ、とした表情をしたヤマの瞳に光が戻り、
決意と憤怒の色がが混じりあった顔つきとなっていく。
そうだ、俺は何のために強襲隊に入ったんだ。
あのデカブツを地獄へ叩きつけないと、俺の人生に意味は無くなってしまう。
やらないと。
やるんだ。
やってやる。
体の震えは既に止まっていた。
増田はヤマの胸倉から乱暴に手を離すと、
「もう一度聞く、行けるか」
と言った。
「はい、大丈夫です。行けます。」
そう言って立ち上がったヤマの顔に、恐怖はもう1片もなかった。