油と鉄の世界
ここは、現在とはまた違った未来を歩んだ地球。
それは太平洋戦争中、度重なるアメリカ軍の攻撃から疲弊した日本軍が発見した地下鉱脈と、
【枯渇しない石油穴】、そして【油に酷似した液体】によるものであった。
***
石油穴と地下鉱脈の発見によって急速に物資を蓄えることが可能になった日本軍は、
徐々に形成を逆転、戦争は日本の勝利へと近づいていた。
しかし、その石油穴は連合国側であるアメリカ・ロシアや、枢軸国側であるドイツ・イタリアなど、
世界各国で発見されるようになり、
元々物資が豊富であった連合国側と急速に物量にものを言わすようになった枢軸国側の戦況は混乱を極め、
お互いに多大なる損害を被ってしまった。
そのため、第二次世界大戦は対等な立場での終結となり、日本は軍事国家として残るものの、
一時は世界に平穏が訪れた。
それから数年。
世界は鉄を組み上げ、石油穴から吸い上げた石油を原動力とした内燃エンジンを
完全なるエネルギー源として発展していった。
機械は全てエンジンで動き、街には動力チューブが複雑に絡み合い、煤と石油がこびり付いている風景が当たり前となった。
そんななか、各国のある兵器研究者たちの集団が後の歴史に変革をもたらす大発見をする。
発端は、毎朝散歩に出かける研究者の一人が、
必ず研究所の砂浜に細かな鉄鉱石が漂着していることに気付き、暇つぶしに海底を様々な計器で
計測した事からである。
すると、小規模な海底地震が発生するたびに鉄鋼石が漂着している事が発覚する。
急いで研究者たちが肉眼で視認できる観測機で調べると、目を疑う光景がそこにあった。
それは、深海の海底に存在する超広大な鉄鉱平野であった。
第2次世界大戦の終結によって兵器の使用機会が激減してしまった事に不満を感じていた研究者達は、
領地、金、兵器・武器運用が理由で自分達と同じように戦争終結に不満を持っていた資産家達を取り込み、莫大な資金を使って鉄鉱石掘削装置を完成させた。
そして装置で得た莫大な鉄を元に、
だだっ広い海原である鉄鋼平野の真上に鉄で構成された超巨大大陸を作り上げたのである。
その大陸は「ヘパイストス大陸」と名付けられ、
「自由と力と金が手に入る」と呼びかけを起こし、
老若男女問わず世界中のならず者や凶悪指名手配犯その他を積極的に移民させ、
全世界の約3分の1を取り込み、
完全なる軍事大陸として成長した。
そして誕生から2年、へパイストスは全世界に向け宣戦布告。
その牙を世界へと向けた。
対する既存各国は同盟を結び、協力して新たな敵
ヘパイストスへの徹底抗戦を表明した。
こうして、後に【屑鉄戦争】と呼ばれる戦争が勃発した。
***
「まったく、オイラのめでたい初陣が防衛戦だなんてお偉方もオイラの事を何も分かっちゃいないな!」
1956年、7月15日 日本
蒸し暑い熱気が体を襲い、鋼鉄特有の金属臭が仄かに漂う輸送トラックの中。
そこには、筋骨隆々な肉体を紺と黒が入り混じった野戦服と鉄帽に身を包み、
両手に木と鉄で出来た小銃を携えた6人の日本兵たちが、
轟音を唸らせガソリンを吐き散らす大型軍用バイクに跨り、
血と鉄と油の臭いのする戦場へ今か今かと待ち構えていた。
その一番奥に位置している、小柄な男。
男は、その肉体には似つかわしくないふちのない瓶底眼鏡をふるふると揺らし、
意気揚々と猛弁を奮っている。
「ヤマ、オイラにはもっと前線でずががーっとヘパイストスの糞蠅機甲兵共を蹴散らしている方が似合うだろ?」
と、男は小刻みに小銃を動かし銃を撃つ真似事をした。
ヤマと呼ばれた、180はあろうかと思われる長身の男はその問いに対し、
「いや、チビは後方で震えながら縮まっている方が似合ってると思うぞ」
と答え、その体を丸めるように笑った。
「なんだよ、そんなに笑うことないだろ!オイラだってきっと活躍できるに決まってるさ!」
「いや、無理だね。きっと小便漏らすに決まってる。おかあちゃーん、怖いよーって」
その言葉に憤慨したチビは、バイクに跨ったままヤマに掴みかかろうと------
「おい!!桐山上等兵!!知尾上等兵!!何をしに来たと思ってる!!ピクニックじゃないんだぞ!!」
輸送トラックの外にまで轟きそうな怒声が響き渡ると、ヤマとチビは即座に戯れあうのをやめ、
「「はっ!!申し訳ありません!!増田軍曹!!」」
と、背筋に鉄の棒でも入れられたかのような姿勢で前を向いた。
増田軍曹と呼ばれた先ほど怒声を放った褐色髭面の男は二人を刺さるような目で睨みつけると、
兵士たち全員を見回し、
「もうすぐ防衛地点へ到着する。到着したら自分の身は自分でしか守れない。貴様らが機甲兵の尻で潰れてひっつく糞になろうが構わんが、そうなりたくなかったら死ぬ気で戦え!!いいな!!」と言い放った。
すぐさま兵士たちは「はっ!!」と返すと、各々装備の最終確認を行い始めた。
ヤマとチビも急いで手持ちの武器の最終点検を始めた。
機甲兵とは、ヘパイストス大陸創設者である研究者集団が生み出したエンジン動力による機械兵器である。
全て有人機であり、肉眼による有視界戦闘しか行えないが威力は絶大であり、様々な機種が存在する。
その上、複雑な構造と設計図は全てヘパイストス独自の暗号によって書かれているため鹵獲しても再現が困難である。
ヘパイストスは生身の歩兵と戦闘機、戦艦等の通常兵器のと共にこの機甲兵を用いる。
このため、ヘパイストスは圧倒的な戦力で世界相手に戦局を有利へと進めていった。
対するこちらの装備は太平洋戦争末期に開発されたが、日の目を見ることはなかったセミオートライフルである四式自動小銃を対機構兵用に実用化・改良した「二九自動小銃」と、これまた一〇〇式機関短銃を対機構兵に改良した「一〇〇式機関短銃改」である。
あと武器になるものは少し大型のアーミーナイフぐらいのものだろう。
一見絶望的に見える装備だが、彼らにはある切り札があった。
それは、日本軍の最後の発見である、【油に酷似した液体】である。
「防衛地点到着!!降ろすぞ!!」
輸送トラックの運転手が叫ぶ。
ヤマとチビの緊張も一瞬にして高まる。
彼らにとっては初陣である。
何しろ彼らは二ヶ月もの訓練を受けたとはいえ新兵なのだ。
初めての戦場でいきなり死ぬことだってある。
機甲兵によって四肢を割かれる想像を腹の底に飲み込み、二人も他の兵士と共に開閉ハッチを睨みつけた。
「降下開始五秒前!四!三!二!一!」
「特殊駆動強襲部隊、降下!」
油にまみれた動力チューブによって開かれたハッチに向けて二人はスロットルを思い切り捻った。
バイクが獣のような雄叫びを上げる。
さあ、地獄へ。