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聖剣紛失3

 空を駆けるペガサスの如く、速度を上げていく桜子。雨雲を貫く桜子の全身は豪雨により、風呂に入ったかのようにびしょ濡れであった。


 しかし、そんな事など気にしていられなかったのだ。


 現在、桜子の住むロイヤル・ナイツという学生寮が襲撃されたのである。普段ならば、姉や他の生徒だけが犠牲になるので、ここまで急いで帰ったりはしない。しかし、今はそこに兄の海斗がいるのだ。

 もし、海斗が爆発に巻き込まれていたら、そう考えると桜子は涙が浮かびそうになる。

 第三学区から第一学区まで距離は、自転車で五分くらいだ。その間をおよそ飛行機と同じ速度で移動する桜子だったが、到着するまでの時間が無限のようにも感じていた。

 何度も何度も浮かびそうになった涙を数回拭うと、やがて一人の女性が視界に映る。

 鮮血のように赤く長い髪を揺らした女性は、一言で表すのならこの世が生んだ芸術品。

 その人物が他人であれば、桜子は見向きもしなかっただろう。だが、残念ながらその人物は実の姉の紅葉だった。

 しかも、紅葉は赤竜の変形した姿の長剣を振りかぶっている。その先にいたのは、赤毛をツインテールにした少女、杉沢だった。

 彼女はレベル八の警備生。姉が杉沢を殺そうとしてるのは一目瞭然だ。だが、レベル八の警備生を今ここで死なせてしまえば、後々海斗の聖剣エクスカリバー捜索に支障が出る。その為、桜子は眼の色を変えて、紅葉の目前に急降下した。


「お姉様ッ! やめてくださいッ!」


 急降下した桜子は、紅葉の太刀筋を止めるかのように立ちはだかる。

 急に降ってきた桜子を目に入れた紅葉は、咄嗟に剣を振るうのを止めた。


「桜子……? 何してるの? そいつはアタシの愛しい海斗を殺したのよ?」


 目が笑っていない紅葉。口が微かに動くが、とても精神状態が安定しているようには見えない。

 だが、桜子自身もその言葉を聞き、目を見開き、驚愕する。

 壊れた歯車のように、ゆっくりと振り返った桜子。その瞳は、まるで携帯のバイブレーションのように揺れていた。


「す、杉沢さん……?」


 杉沢は黙りこみ、黒いコートを羽織ってる。

 桜子は目を疑った。紅葉の証言、黒いコート、さらに一週間前に消えた聖遺物。

瞬間、桜子は悟った。聖遺物連続盗難事件の犯人は杉沢であり、さらに海斗をロイヤル・ナイツごと爆破した人間だと。

 クスリと笑った杉沢は、桜子に刃を向ける。


「クククッ……。小石川 桜子と小石川 紅葉。まさかこの魔法少女学園島のトップとナンバーファイブに出会えるとは……」

「まさか、本当に……?」


 桜子は口を動かすと、杉沢は満面の笑みを見せた。まるで、手品が成功して喜ぶマジシャンのように。


「気が付かなかったの? 全部私の仕業に決まってるでしょ! 聖遺物の管理をしてるのは私達、警備生よ? 外部の人間が奪取できるとでも思ってたの? 小石川 桜子」

「な……」


 桜子は返す言葉もなかった。確かに、聖遺物を盗めるとしたら第三学区警備生ならば、簡単に実行できるだろう。

 続けて杉沢は言った。


「それに気が付かずに、チンタラチンタラ……。私はとっとと小石川 桜子。あなたと決着をつけたかったのよ。学園順位戦のね」

「…………」


 学園順位戦。それは魔法少女学園島で行われる行事の事。

 年二回開かれるその大会は、人物のランキングを決める為に行われる魔法少女の皆にとっては一大イベントなのだ。

 その大会にて桜子は確かに杉沢と対決をしていた。だが、それはあくまで公式の大会の話である。

 既にレベル八確定が決まっていた二人は、激突したが結局開始数秒で桜子が圧勝したのだ。

 その恨みを思い出すように、杉沢は剣を握る力を強める。


「忘れもしない、簡単に私を跪かせたアナタの瞳。あれは人間のする目じゃないわ」

「……人間じゃない?」


 俯いた桜子が呟く。

 両手が震えながら拳を作り、桜子は涙が浮かんだ双眸で杉沢を睨みつけた。


「一般人を巻き込むようなあなたが人間を容易く口にするなぁぁぁぁぁぁッ!」


 瞬間、桜子の足元を中心に蜘蛛の巣のように裂け、竜巻が桜子を中心に発生する。

 密度の高い竜巻が発生し、杉沢は後方に跳び退き距離を取った。

 だが、その瞬間に紅葉が動き出している。

 紅葉は、赤竜が姿を変えた長剣の刃で串刺しにするかのように、杉沢の後方に現れていた。


「アンタは死んでも死ななくても許さない。絶対に殺してみせるッ!」


 寒気が走り、紅葉の攻撃を防ぐ杉沢。

 だが、紅葉の剣は、まるで石壁のように硬く、巨人でも叩いたかのように重く動かない。

 逆に杉沢が弾き返されてしまった。


「きゃっ!?」


 吹き飛んだ杉沢は、紅葉に視線を集中させる。レベル九――――いや、最早レベル九を越え、魔法少女として最強ランクに位置する十に届き得るポテンシャルを秘めている紅葉から視線を逸らすなど、自殺行為同然だと直感した。

 だが、杉沢は死神でも取り憑かれたかのような寒気を感じ、桜子に視線を移す。

 そこには、両手を広げ、掌を杉沢に向ける桜子の姿があった。


「……あなたは人間失格。計画も失敗。あなたの敗因、それは私の兄を巻き込んだことよ」


 瞬間、桜子の掌に撒き散らされていた風が集まる。全てを飲み込むブラックホールのような空間が桜子の掲げた両手からは放たれていた。

 風に靡く桜子の美しい髪。

 全身の魔力が掌に集約されるのを感じながら、桜子は叫んだ。


絶風(ア・エアル)(バン)魔砲(ヴァンナード)ッ!」


 絶。それは魔法最上位クラスである事を証明する術式。

 杉沢は目を見開き、瞬時に聖遺物である剣で身を守るように構える。

 風が止み、一瞬時が止まったかのように思える空間。

 そして、桜子の両掌から、まるで全てを破壊する大砲から発射されるかのような轟音が響いた。

 宙に浮く杉沢は、すぐに眼を見開く。

 防御が剣だけでは手薄だと感じたのだろう。

 だが、既に遅い。

 最上位クラスの威力では、セーブして島国の破壊。全力で大陸の破壊である。

 つまり、人間など容易く消してみせるのだ。

 杉沢は死を迎え、絶句した。




 ◆




 骨が折れた。


 そう思いながら、海斗は立ち上がる。

 あまりの激痛に海斗は一瞬、息をするのも辛くて我慢していた。だが、ようやく立ち上がれるようになると、凄まじい光景が広がっていたのである。

 空を覆う限りなく黒に近い灰色の雲。そこから叩きつけられる大粒の雨に、枯れ葉が舞い、まるで台風がやってきたかのよう。しかし、今もまだ燃え続ける桜子と紅葉の住む学生寮に、三人の魔法少女。

 そして、今、桜子があり得ないほどの魔法を発動した。

 その魔法は全てを吹き飛ばす。そんなの見れば容易に判断できた。

 放っておけば、この島ごとどうにかなってしまう。そう思った時には、海斗の身体が動いていた。


「桜子ぉぉぉッ!」


 叫びながら走る海斗。

 不思議な事に、足や腕の骨が折れているのに走れた。

 人は本当の危機を迎えると、動くものなのだなと頭の隅っこで思う。

 両手を伸ばし、杉沢の元へと向かった。

 このままであれば、桜子の多分最強クラスの魔法を喰らう事になる。

 だが、気にしている余裕などなかった。今は杉沢を救わないといけない。

 桜子や紅葉の言葉を聞く限りだと、二人とも聖剣エクスカリバーを盗んだ人物は杉沢だと勘違いしている。

 海斗の義理の姉妹に言えることだが、頭に血が昇ると全員思考回路が停止するのだ。よって、簡単な事に気づいていない。

 杉沢が犯人ではないのだ。よって、今ここで杉沢を殺してしまえば、桜子と紅葉は捕まることになる。

 それがもしかしたら、犯人の本当の狙いなのか。それとも、ただ偶然なのか。

 海斗は思いっきり叫んだ。


「杉沢さんッ! 僕の胸に飛び込んでッ!」


 叫ぶと、杉沢は背後にいる海斗を視界に入れる。

 振りかえった彼女の瞳から、雫が溢れていた。それが涙だと判断するのは、一秒もいらない。

 杉沢の前には、桜子の魔法が迫っている。

 このままであれば、海斗も一緒に姿諸とも消えてしまう。


「お兄様ッ! 避けてくださいッ! 今すぐに避けてくださいッ!」

「海斗っ! 何で生きてるんだッ! 早く、逃げろッ!」


 二人の叫び声が聞こえる。

 しかし、海斗は二人に見向きもせずに杉沢に両手を伸ばす。

 杉沢は振り返り、まるで迷子になった子供が親を見つけたかのように海斗の胸に飛び込んでくる。

 そして、彼女は口を動かした。


「……怖かった……ですっ……」


 海斗は優しく微笑み、杉沢に言葉をかける。


「安心していいよ。僕が一緒に謝ってあげるからさ」


 そう言うと、海斗と杉沢の二人を桜子の魔法が、包んだ。

 二人の姿を絶風・魔砲によって覆い尽くされると、桜子と紅葉は電池が切れた機械のように倒れ込む。




 ◆




「クククッ……杉沢 愛理が、よくやってくれたな」


 東京都内千代田区にある高層ビルの一角。その屋上にある社長室にて、男は呟いた。

 グレーのジャケットに、黒のシャツ、赤いネクタイを締めた男は、リアルタイムで流れる映像を前に、笑みを止められずにいる。

 彼が笑っていると、電話が鳴り出す。


「――――私だ」


 彼が電話を取ると、電話の向こう側から女性の声が聞こえる。


『どうかしら? 結果は、どうあれ小石川 桜子と小石川 紅葉の両者の心を折ってあげたわ。次はどうすればいいのかしら?』


 女性の声は凛としていて、まるで男の秘書のようだ。

 男は口角を上げて言う。


「現在、魔法少女学園島にいるレベル九の二人があの状態になった。その島に我々の〝商品〟を持った社員が待機している。早速出動させる予定だったが、しばらくは穏便に行動してくれ。大事なサンプルを壊されては困るしな」

『承知しました。ミスター・ケイ』


 それだけ告げると、電話は切れた。

 ミスター・ケイは、社長席から立ち上がり高層ビルの屋上から東京を一望できる窓を見つめる。

 その先には、魔法少女学園島があるのだが、その島だけ分厚い雲が覆っていた。

 ミスター・ケイは、デスクに戻り秘密裏に集めていたテキストデータを確認する。


「……Sランク聖遺物、聖剣エクスカリバー所持者、小石川 海斗か」


 その名を呟き、ミスター・ケイは微笑む。


「君の夢は、俺が叶えてあげるから待っていてくれよ」


 ミスター・ケイは立ち上がり、社長室を後にした。

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