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聖剣紛失2

「さて、始めようか。私達の下剋上を」


 燃え盛る学生寮を背後にして、聖剣エクスカリバーを握った女は呟いた。

 女の目標は達成したのだ。小石川 桜子を抹殺するという彼女の憎悪がそれを遂に成したのである。だが、目標を果たした女は、聖剣エクスカリバーを返すつもりなどなかった。

 彼女には新しい目標が生まれていたのだ。

 それは下剋上。レベル九の魔法少女を全員倒すという欲望が理性を奪って行く。これだけの力を手にし、女はただ返すだけでは勿体無いと考え、さらなる目標を見つけたのだ。

 彼女の果てなき欲望は進み、レベル九のリストを洗い出す。


「魔法学園島のレベル九の排除……。さて、次は……」


 彼女が思いつく限りだと、桜子と紅葉は同じ学生寮に住んでいた。恐らく、桜子の住むロイヤル・ナイツを爆破した時点では、それは完了しているのだ。ならばと考えると、学園が認めるレベル九の一人が思い浮かぶ。

 その人物を殺すならば、全家族を殺すことになる。だが、好都合だと女は考え直し、その手にある聖剣エクスカリバーを握り締めた。


「レベル九が勢揃いする小石川家抹殺。いい計画ね」


 女はその足で魔法学園島のフェリーに向かう。




 ◆




 爆発直後の第三学区警備魔法高校の監視カメラ確認室にいた桜子と安良里は、数時間前に聖剣を盗んだ部屋に侵入した人物を映像記録していたので、調べていた。

 監視カメラに映る黒コートの女に、桜子と安良里は目が細くなる。


「……やはり、この女の仕業でしたか」

「だろうな。ここ一週間現れなかったが、ここに来て聖遺物を盗む輩といったら、こいつ以外はいないだろう」


 桜子の呟きに、安良里が返した。

 一週間前、いやもっと前に聖遺物が盗難されてから既に一ヶ月。夏休みに入る前に突如聖遺物がなくなったのだ。当初は監視カメラなどで犯人を調べていたのだが、全ての監視カメラに黒コートの女は映っていなかった。

 しかし、聖遺物が二つ目を盗まれた時。桜子と黒コートの女は接触したのだが、結局は逃がしてしまったのだ。考えれば、その頃から変ではあった。

 彼女は自らの魔法を使わず、いつも聖遺物の力を使っていたのだ。恐らくレベルは低くない筈だが、どのレベル帯の人間か、特定は難しかった。


「そういえば、楢滝の暴走はどうなってるんですか?」

「ああ、魔法陣の発動が確認されていないのに滝が暴走したやつか。確かに、楢滝の事件もあってから、数時間しか経ってないな」

「さすがに聖剣エクスカリバーの盗難の方が、事態の深刻さが高過ぎるんですね」

「そりゃあそうだろう。ランクSの聖遺物が魔法学園島に放たれれば、それこそ多くの生徒達が慌てるし、最悪の場合は魔法学園島の崩壊だってあり得る」


 桜子と安良里は厳しい口調で話す。

 楢滝の暴走と聖剣エクスカリバーの盗難。二つの事件が重なったのは、ただの偶然なのだろうかと桜子は考えていた。

 頬杖をついて考えようとした桜子。その時、安良里が桜子の肩を叩いた。


「なんですか?」

「桜子……。これを見ろ」

「はい?」


 今まで監視カメラに異常はなかったが、遂に黒コートの女が現れた。女は片手を鍵に掲げる。その瞬間に、ロック錠が簡単に外れた。

 桜子はジト目で安良里を睨む。


「……ロック錠って、簡単に外れるんですよ?」

「はぁ? ロック錠を解くのが難しいんじゃないのか!?」


 桜子は呆れて溜息を吐いた。安良里は桜子の態度に反抗できず、口を尖らせて拗ねる。だが、これ以上安良里を責めると、うるさそうなので桜子は監視カメラの映像に集中することにした。

 しばらくすると、緑川がやってきて何やら吠え始める。


『……私は、レベル八っ! 九の次に強くなくてはならないッ! だから、同じレベルのあなたには……負けないッ!』


 桜子は眉根を上げた。

 同じレベル八? だから負けられない? それって相手はレベル八だっていうことなの?

 その疑問は安良里も同じく受けたらしく、静かに映像を眺めていた。


「桜子、レベル八って学園に何人いるんだ?」

「……私よりも安良里先生の方が知ってるんじゃないですか?」

「そうだな。学園に二十人近くいる筈だ」

「二十人……」


 桜子は静かに考え始める。

 今は夏休み中で、レベル八の特定は難しくない。海斗の聖剣エクスカリバーを取り戻せるのは時間の問題となった。

 すぐに安良里と桜子は立ち上がり、レベル八の人間を調べようとする。だが、その時、二人の足元を轟音が揺らす。


「な、地震!?」

「違う! 地震ならば、この魔法学園島は、探知魔法が仕掛けられてるから事前に特定ができる筈だ! これは――――」


 安良里が話す前に、館内放送が流れた。


『只今、第一学区学生寮ロイヤル・ナイツにて、謎の爆発が発生しました。ただちにレベル四の生徒は、消火活動にあたってください』


 その放送に、桜子は目を見開いて立ち上がる。まるで鬼のような形相をした桜子に、安良里は叫ぶように呼び止めた。


「桜子ッ! どこに行くつもりだ!」

「決まってるじゃないですか! お兄様のところです! 私の寮にいたはずなんですよ!? もしかしたら――――」


 桜子が最悪のシナリオを思い浮かべる。何故、聖剣を盗んだ人間が、桜子の寮を? そう考えると、自分の守るべき存在をみすみす囮にしてしまった自分に憤りが吹き上がる。

 いてもたってもいられなくなった桜子は、片足を地団駄するように踏みつけると、蜘蛛の巣のようにコンクリートの床がヒビ割れた。

 瞬間、桜子の周囲を風が踊る。


風塵・脚光エアリアル・ライトスピードッ!」


 魔法を発動した桜子の足を、魔法陣が囲む。そして、まるで鳥のように空に羽ばたいて行った。

 桜子の怒りに、唖然とした安良里は顔を横に振り、現場に直行しようと動き出す。

 その途中に携帯電話を取り出して、杉沢に連絡をする。


「杉沢か? 私だ。今すぐにレベル八の人間を集めろ」


 すぐにパトカーの運転手に乗り、安良里はアクセルを吹かせ、ハンドルをきった。




 ◆




 第一学区の学生寮、ロイヤル・ナイツ。大雨の中、炎に包まれた学生寮の地面には、海斗が仰向けになったまま、動かなかった。

 海斗は瞳を閉じ、呼吸はしている。別に死んだわけではなかった。だが、意識はないままで、早く第五学区の医療魔法科のところに連れて行かなければならない。

 しかし、紅葉は今、しなければならないことがあった。それは、この火災――――学生寮を爆破した人物の特定だ。


「……許さないッ!」


 海斗の身体をお姫様だっこして、紅葉は立ち上がった。黄金と銀の双眸には涙が浮かんでいる。

 愛する弟を、ボロボロした人物を紅葉は握り潰したくなるほど、怒っていたのだ。

 片手を雨空に向けて上げ、紅葉は叫ぶ。


炎神・赤竜召喚(フレア・ドラコ)ッ!」


 紅葉が叫んだ瞬間、分厚い雨雲から炎を纏った龍が顔を覗かせ、赤毛の紅葉の近くに寄り添う。

 グルルルゥと唸る炎の龍に、紅葉は視線を移す。


『どうされた、我が主』

「今すぐ、ここ近辺にいる人間を全員燃やしなさい赤竜」

『御意』


 赤竜は天に向かって浮かび、口を大きく開き、炎を溢れさせた。

 そして、赤竜は大地に向かって炎の海を吐く。

 第一学区全域を巻き込むほどの炎が大地に降り注ぐ。

 炎はロイヤル・ナイツ近隣にある森を焼こうとした瞬間、まるで瞬間移動したかのように消えた。

 紅葉は瞳を鋭くさせて、赤竜の吐いた炎を消した人物を睨む。


「なんだ、生きてたんですね」


 その声を発する人物は、黒いコートを羽織っている。髪の毛は赤い二本の束がチラっと姿を晒す。

 身長は高くない。むしろ小柄なほうだ。

 しかし、紅葉は手加減するはずもなく、むしろ本気で殺すつもりで、叫んだ。


炎塵・光線フレアリアル・レーザーッ!」


 炎を凝縮した光線が、黒コートの女に放たれる。その勢いは、銃弾と遜色ない。

 黒コートの女は、ずくに何かを振るった。

 瞬間、炎に水をつけたかのような音が響き、さらに紅葉の魔法も打ち消す。

 黒コートの女の剣が姿を見せる。しかし、それは聖剣エクスカリバーではなかった。

 紅葉は瞳を細くして、睨む。


「アタシの魔法を打ち消し、かつその剣。先日、喪失した聖遺物ランクEの巨大魚の剣じゃないか」

「あら、情報はレベル九の最高峰、最強の炎使いの小石川 紅葉さんのところにも来てましたか」


 レベル九の最上位、つまり魔法学園島最強。紅葉は現在の魔法少女と呼ばれる人間の中では最強の称号を与えられていた。

 挑発まがいの言葉を受け、紅葉の怒りは遂に頂点を迎える。

 海斗を地面にゆっくりと下ろし、紅葉は空に待機している赤竜に向かって叫んだ。


「赤竜ッ! アタシの剣となれ!」

『御意』


 赤竜はゆっくりと降下し、その身を茜色の長剣に姿を変える。刀身は紅葉の丈と同じくらいで、振り回すのは力が必要そうだ。

 だが、紅葉はそれを片手で構えると、眉間に皺を寄せながら言った。


「今から、その聖遺物がゴミだってことを教えてあげる」


 黒コートの女は、紅葉が何をするか分からず構える。

 しかし、紅葉は気がつくと、長剣を構えるのを終えていた。

 一息吐く紅葉。脱力しているようにも見える行動。

 だが、紅葉はニコリと微笑みながら言葉をかける。


「……アタシの赤竜を、剣に変換するとね、斬った対象を燃やすの。大体温度はマグマと同じくらいかな」

「何が言いたい」


 水色の刀身を持つ剣を構えたまま、黒コートの女は問う。

 すると、紅葉は勝ち誇ったかのような笑みを浮かべ、言った。


「もう終わったわよ。第三学区一学年、警備科所属レベル八の杉沢 愛理(あいり)さん」


 瞬間、黒コートが斬られ、丸裸になった杉沢。赤いツインテールを揺らしながら、胸と股間を隠しながら、崩れ落ちる。

 紅葉は瞳を細くして、刃を杉沢の顎に刃をつきたてた。


「さぁ吐きなさい。あなたがここ数日間、聖遺物を根こそぎ奪って、あろうことかアタシの海斗に手を出そうとした犯人ね?」


 そう問うと、杉沢は震えながら答える。


「…………はい。全て悪いのは私です。だから、どうか聖遺物の回収はしないでください」


 紅葉は丸裸なのに、闘志をむき出しにする杉沢が気に入らない。それにこの言葉は、反省している犯人から漏れる言葉ではなかった。

 それに聖剣エクスカリバーを所持していない。この一連の事件には裏がいるのだと、知った。


「…………バカね。正直に話せば、命はあったのに」


 紅葉は冷酷な視線を杉沢に向ける。

 両手で握った茜色の長剣が持ち上がる。刃は雨を滴り、肉体を斬るにはタイミングがとても良い。

 杉沢は丸裸で、紅葉から視線を逸らす。その雰囲気は、公開処刑寸前の大悪党だ。


 海斗が全て。

 その海斗の意識を断つほどの爆発を起こした杉沢。もし、爆発を起こしても海斗が無傷ならば、殺すほど憤りは感じていなかった筈だ。

 紅葉は溢れんばかりの怒りと、杉沢という残念な人間を今すぐ斬りたいという衝動にかられていた。


「レベル八なのに、バカねぇ」


 酷く卑下するような視線を浴びせ、紅葉は刃を振り下ろす。


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