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聖剣紛失1

 聖剣エクスカリバーを握った女は、第三学区から第一学区を繋ぐ道を歩いていた。その道は大通りではあるが、車は当然ながら走っていない。

 免許を持たない生徒が多く存在するこの島では、車を見かけることなどまずレアであった。

 女は第一学区に向かい、今すぐにでも目的を果たしたかったのだ。彼女の目的は、小石川 桜子を倒すこと。彼女は、先ほど聖剣エクスカリバーの腕試しをする為、同レベルの緑川と戦闘を行った。

 結果は、溢れる魔力が女の身体能力を飛躍させ、さらには聖剣自体の力も情報通り魔法を打ち消す能力があり、申し分がない。

 この聖剣エクスカリバーを手にし、能力を知った今、彼女は桜子以上の力を手に入れたと確信していた。

 そして、現在。その力で桜子を倒す為に、桜子の住む学生寮目前に足を止める。


「……さぁ、出てきたところを襲ってあげるわ」


 女が不気味に微笑むと、夏の空は大雨が降り出した。




 ◆




 レベル八の緑川の応急を済ませる為、海斗と桜子、安良里は三人で第五学区へと向かう。

 第五学区は魔法科救護学部の生徒が揃う地帯だ。そこに学園島が認めたようなレベル九はおろか、八もいないが生徒は皆回復や医療に長けた魔法を扱う生徒が多くいる。

 桜子の風魔法で第五学区の病棟まで運び、その間安良里が緊急手術の用意をさせて事なきを得た。

 桜子と安良里の絶妙なコンビネーションによって、一命を取り留めた緑川だったが、現在もまだ目を覚ましていない。傷が深かったせいで、起きるのは三日後くらいだと予想された。

 安良里は大事な教え子が攻撃されて、悔しそうな顔をする。桜子もまた、友人のような緑川が襲撃されたことに関してショックを受けていた。

 病室で先生から安良里が話を聞いている間、海斗と桜子は病室の外で待機する。


「……桜子、さっきから緑川さんが倒されたってことで色んな人が騒ついてるけど、そんなに強いのか?」


 病室に運ばれるまでの間、緑川の知人や全く知らない人間までもが、緑川の名を呼び、信じられないものを見るかのように怯えていたのだ。

 不思議に思っていた海斗聞くと、桜子は口を開いた。


「……ええ。緑川さんは、この学園島でレベル八の強さを持つ一年生です。魔法のスタイルは詳しく知りませんが、この魔法学園島ではレベル六に上がるのも難しいんですよ」

「レベル六に上がるのも難しい……?」

「はい。大体の場合、在学中にレベル六まで辿り着けた人は、政府から一目置かれる存在になります。つまり、一年生でレベル八に到達した緑川さんは、かなりの実力者でエリートなんです」

「そうだったのか……」

「実際、魔法の戦闘も警備生だけあって、センスも優れていると思います。その緑川さんが倒されたとなると……相手はかなりの実力者です」

「…………」


 この学園もレベルの概念はシビアなのだ。だが、その話をしている桜子もまた、レベル九に一学年の前期で到達したエリート中のエリートである。


「だとすると、必然的に僕の聖遺物は……」

「はい、十中八九、緑川さんを倒した相手が持っていますよ」


 暗い顔で桜子が答えた。

 それだけ、事態は深刻なのだ。聖剣エクスカリバーを所持した何者かが暴れれば、魔法学園島の生徒達にも被害が出る。

 まだ緑川はレベル八だから良かったものの、レベル一の生徒が狙われたら、それこそ死んでしまう。

 海斗は俯いた。


「気にしてても仕方がない。とは言いにくい状況ですね。学校側の上層部は聖剣エクスカリバーのことなんて知りませんし、放置していたところで第二の被害者が出ることは想像に難しくないです。それに、お兄様の命も危ないとなれば、私も野放しにするわけにはいきません」

「……ごめん」


 桜子は突然謝った海斗に対して、キョトンとした顔で見つめる。


「お兄様が謝る必要がどこにありますか? そればかりは仕方ないです。お兄様が悪いわけではありませんから」

「……だけど、僕がしっかりしてたら、こんな事態にならずに済んだのかな……て考えちゃうよね」


 海斗は落ち込んでいた。もし、安良里に無理矢理聖剣を抜かれていなかったら、緑川がボロボロになることもなかったし、迷惑をかけることもなかったのだ。自分の命がどうとか言ってる場合じゃない。

 そんな海斗を包み込むように桜子がぎゅっと抱きしめる。


「安心してください。お兄様のことは私が絶対に死なせはしません。だから、お兄様は私の家で待っててください。すぐに片付けますから」

「……ありがとう、桜子」


 優しい桜子を見て、海斗は亡き本当の母を思い出したが、何も言わずに桜子の抱擁を黙って受け続けていた。


 海斗に地図を渡して、桜子は安良里を待つ。しばらくすると、安良里が緑川の病室から現れ、難しい顔をしていた。


「緑川さんの容態は?」

「芳しくない。先生の話だと、途轍もない魔力を秘めた聖遺物による攻撃だと言われた。間違いなく聖剣エクスカリバーを盗んだ張本人による仕業だな」

「……やはり、盗んだ人が緑川さんを……」

「海斗君のことは話していない。このことは上にも報告できないし、緑川がやられた以上私だけが犯人を探す」


 安良里は険しい表情で桜子に告げる。多分、安良里自身も聖剣エクスカリバーを没収した責任・管理を怠ったことを責めているに違いなかった。さらには教え子の負傷で、憤りも感じている筈だ。

 桜子は安良里の決意に対して、首を横に振るって否定した。


「レベル五の安良里先生じゃ、返り討ちにあって死ぬのは目に見えてますよ」

「安心しろ。それを帳消しにするだけの聖遺物を私は持っている。桜子、君にも勝てるくらいのな」


 安良里の言葉に再び首を左右に振る桜子。


「私の力以上の能力がある聖遺物を持っていようがなかろうが、私も協力します」


 その言葉に安良里は目を疑った。

 桜子は魔法学園島の事件にこれまで、ボランティア活動として、暇潰しや寄り道で参加したことはあったが、自発的に協力するような人間ではなかったのだ。

 だが、海斗のこともあるのだろう。そう考えた安良里は頬を緩ませて、首を頷かせた。


「桜子がいれば心強い」

「……お兄様の命が懸かってるんです。早いとこ犯人を捕まえましょう」

「ああ!」


 互いに頷いた桜子と安良里は病院を後にして、犯人を探す為第三学区に戻る。




 ◆




 夏の雨が大地に降り注ぐ中、海斗は第一学区の桜子の住む学生寮にやってきた。周囲は夏休み期間だからか、人の気配はなく寂れている。

 傘を閉じて桜子の住むアパートに入ると、エントランスに入った。天井にはシャンデリアがあり、黒革の三人掛けくらいのソファも置いてあり、お金がかかっていることは学生の海斗にでも判断できる。

 オートロックの自動扉を、桜子から貰った合鍵で開く。

 廊下を突き進み、正面のエレベーターを呼び出すと、丁度降りてきた人とすれ違いそうになる。中なら現れたのは、赤髪のツインテール、杉沢だ。


「あ、小石川 海斗さん……でしたよね?」

「あ、うん」


 杉沢は挨拶を済ませると、丁寧に頭を下げる。


「もしかして、桜子様の家族なんですか?」

「うん、よくわかったね」


 桜子様と呼ぶ杉沢に不思議な感覚を覚えながらも、海斗は返事をした。

 緑川のことを聞いていないのか、杉沢は普通通りだ。聖剣の話をしようと思った海斗だが、変に巻き込んでも悪いので、起こった事件については何も話さないことにした。

 少し躊躇った海斗を怪訝に思ったのか、杉沢は首を横に傾げる。


「……どうか、したんですか?」

「いや、なんでもないよ。それより、何してたの?」


 海斗は気を取り直して会話を続けようとすると、杉沢は不意の質問に少々驚いたようで、あたふたした。


「な、なんでもないですっ」

「え? 桜子に用でもあったのか?」

「え、あ、はいっ! そうなのですっ!」


 焦ったようにも見える杉沢。だが、海斗は桜子を様づけで呼ぶような人だから、海斗とどう会話をしたらいいか困っただけだろうと思い直した。


「ごめんね、桜子は今いないんだ。僕は休んでてくれって言われたから、ここに来ただけなんだ」

「そ、そうなんですか……」

「これからも桜子をサポートしてやってくれ」

「はいなのです」


 杉沢と別れ、海斗はエレベーターに乗り、上昇を始めるまで手を振る杉沢に微笑んだ。


 エレベーターが上昇を始め、海斗の姿が見えなくなると杉沢はボソリと呟いた。


「……桜子、様……」


 杉沢は微妙な顔をしながら、三階の郵便受けを見つめる。

 そこには、小石川桜子。小石川紅葉と書かれていた。


 エレベーターから降りた海斗は、桜子の部屋がある三階の廊下を歩く。色々な名前の表札が並ぶ部屋を通り過ぎると、海斗は途中で立ち止まった。


「え?」


 表札は『小石川 紅葉(もみじ)』。海斗は思わず息を飲み込んでしまう。

 その名前は、海斗にとって姉にあたる人物の部屋だった。だが、海斗が覚えてる限り、紅葉は大学生であって話に聞く限りだと寮を引っ越したと聞いていたのだ。

まだ、高校の寮に住んでるとは思ってもいなかったが、海斗の記憶では紅葉と桜子は犬猿の仲と言われるくらいに仲が悪かった筈だった。

 仲直りしたのだろうか。そう考えながら、海斗は通り過ぎようとした。

 あまり、紅葉に会ってもいい記憶がない海斗は素通りしようとしたのだが、タイミングが悪いことに、紅葉の部屋が開く。


「あ」


 思わず声を吐いてしまった海斗。

 目前には、とっくの昼過ぎなのに寝起きなのか、ブルーのボーダーパンツと白のキャミソール姿の紅葉が現れた。

 長い髪の毛は健在で、いつもポニーテールなのに現在は何も結んでいない状態だ。極めてレアな寝起きお姉様だった。


「海斗っ!」

「お、おはよう……もみねぇ」

「ちょ、来るなら来るって連絡してよ! 化粧も何もしてないし、こんなはしたない格好で……あーもうっ! 海斗っ!もう一回やり直して」

「何をやり直すの!?」


 どうやら紅葉は、寝起き姿を海斗に晒したのが気に食わないのか、今のシュチュエーションをもう一度やれと強要してくる。

 だが、格好とかはともかく、化粧は必要ないと思った。紅葉は小石川家三姉妹の長女にあたる美女だ。

 杉沢の炎のような赤髪とは違う、ルビーのような紅玉色の髪に、富士山が二つあるかと思うほど巨大な胸。四肢はくびれは最早芸術品かと思うほどだ。

 顔だってそこらへんのモデルなんて敵じゃない。黄金と銀の双眸は、変わってるけど見る者を魅了する。

 まぁあえて言うなれば、海斗にとって自慢の姉なのだ。


「……とりあえず、なんで連絡なしに来たのか説明して。あと、なんでこんなに遅かったのか。作文用紙五万枚で許してあげる」

「もみねぇ、それはないよ。そもそも作文用紙五万枚なんてあるの?」

「ん? あるけど」

「本当に書くの?」

「もちろん!」


 オフモード全開の紅葉は、どちらかというと可愛らしい。そんな紅葉を久々に見た海斗は溜息を吐きたい気持ちになったが、変わらなかったことで呆れるのは免除しようと思った。


「それより、折角来たんだから入って入って!」

「え、もみねぇっ!」


 海斗は紅葉に連れ去られるように室内に入る。中に入ると、意外なことにキッチンは綺麗だ。だが、リビングに入ると相変わらずというべきか、黒革のライダースーツが何着も飾ってあり、さらに床にはジーパンが埋め尽くされているようにも見える。

 この紅葉という姉は、基本的に白のタンクトップに黒革のライダースーツでジーパンにブーツという格好しかしないのだ。ファッションを統一し過ぎて、いつ会っても同じ格好に見えて仕方がない。

 紅葉はパソコンの前に座ると、ちょいちょいと手招きをする。


「ほら、かいとー! こっちに来な!」

「僕はもみねぇの子供じゃないっての」


 海斗にが紅葉の近くに座ろうとすると、紅葉は首を横に振って座らせようとしなかった。

 一体何をさせたいのか、わからない海斗は怪訝な顔をして文句を言う。


「近くに座れって意味じゃないの?」

「違うよ。膝枕してあげるって意味に決まってるじゃん」

「決まってるとか言われても、わかるわけないじゃん!」

「ほら早くぅー」

「……わかったよ」


 文句を言いながらも海斗は、紅葉の近くに腰を置いて紅葉の膝に頭を預けた。

 柔らかい感触が海斗の思考能力を奪うかのように恥ずかしくなってくる。だが、何か文句を言うと、それこそ紅葉の思うつぼなので、黙ることにした。


「さて、ちょっと真面目な話をしようか」

「え?」


 膝枕をしながら紅葉は話を始める。


「海斗、エクスカリバーはどうした?」


 すぐに海斗は肩を跳ね上げた。紅葉が唐突に言い出したことに海斗は少なからず驚き、起き上がろうとしたが紅葉に止められる。


「なんで、そのことを……」

「お姉ちゃんだからね。冗談はさておき、海斗。アレがないとどうなるか知ってるよね?」


 ゴクリと生唾を飲み込む。

 海斗は先ほど真っ白な女性に夢の中で教えられていた。聖剣エクスカリバーが紛失したままだと海斗の身体は禁断症状で女の子の身体を求め、貪り尽くしてしまう。さらには、一週間後は死ぬのだ。

 冷や汗が浮かぶのを感じながら、海斗は静かに首を頷かせた。


「……やっぱり知っちゃったんだね。それなら話は早い」


 そう言うと、いきなり紅葉は海斗に覆いかぶさる。

 突然の行動にも海斗は息を呑む。


「もみねぇ……?」

「海斗、禁断症状が出るんだろ? ……だったら、アタシで済ましていいから」

「え、それは……」


 正直なところ、禁断症状は出始めていない。それを言うか言わないか迷う。

 だが、禁断症状が出たとして、紅葉という姉にそういう行為をしていいのかと海斗の理性が働く。

 いや、よくない。海斗は首を横に振った。


「大丈夫だよ、もみねぇ」

「強がらないで。海斗の初めてで最後はアタシだけになってあげるからさ。もちろんアタシの最初と最後も海斗だけだから安心して。ずっと海斗と一緒になるから」


 頬を赤くさせて唇を尖らせる紅葉。その表情は好きな異性にキスをしようとしている女の子そのものだ。

 紅葉から香るフレグランスに、海斗は惑わされそうになる。トロンと溶けた瞳は、寝起きだからではなく、単純に緊張しているからだろう。

 海斗は瞳をゆっくりと閉じた。それは意識してではない。紅葉の年上お姉さんというキャラが海斗の行動すらも支配していたのだ。

 決して、理性が本能に負けたわけではない。だが、海斗自身、姉に甘えるのが何よりも良いのだと考え始めていた。

 お互いの唇が近づき、接触しそうになる。海斗の心臓は、姉だというのに爆発寸前のダイナマイトのように鼓動が高鳴っていた。

 いよいよ、海斗と紅葉の唇が触れそうになった時。

 部屋全体が揺れた。


「――――え!?」


 爆弾が放たれたかのような轟音。続く、大地震かと思うほどの揺れ。

 海斗は突然の爆発に目を開けた。

 その時、壁が炎に包まれながら吹き飛ばされる。

 一瞬だった。

 紅葉の部屋――――いや、この学生寮三階全域を巻き込んだ爆破は、海斗と紅葉を吹き飛ばす。


「海斗ォォォッ!」


 紅葉の部屋から、一体どれだけの距離を吹き飛んだのだろう。海斗は宙に投げ出され、手を伸ばす紅葉を見つめた。

 紅葉は無傷だったのか、汚れも傷もない。

 双眸に涙を浮かべ、紅葉は必死に手を伸ばすも、海斗には届かなかった。

 海斗は静かに瞼を閉じて、落ちる。



 そして、海斗の身体は、鈍い音をたてて、動かなくなった。






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