聖遺物5
これは夢なのか。
中央には、白い髪をして白い布を着て白い瞳をして白い肌をした、全身真っ白な女の人が立っていた。
真っ暗な場所で、海斗と白い女性の二人だけ。海斗はこの人誰だろうという疑問で頭がいっぱいだ。
そうこうしているうちに、女性は呟く。
「……薄情な男ね」
いきなりそんな事を言われ、心外だなと思った。そもそも、薄情とか言われるほど親しくないわけだし、初めて会ったのだが。
海斗はどんな反応で返せばいいのか分からず、苦笑いしてしまった。
「……なんてバカなの」
「いや、バカだのなんだのって言われる筋合いはないと思うんだけど」
「いえ、ほんとバカよ。あなた」
「…………」
おかしいな。頭は良い方なんだけど。海斗はジト目で女性を見つめる。
「まぁ、起きてしまった事は仕方ないわ。とりあえず、あなたがしなきゃいけないことを教えるわ」
「しなきゃいけないこと?」
首を傾げた海斗は、自分に何かしらの義務があっただろうかと考えるも、出てこない。
「そう、今のあなたは、聖剣エクスカリバーが抜かれた状態なの」
「なんでそれを!?」
いきなり言われた秘匿情報を言われ、海斗は驚く。
「当たり前じゃない。私はあなたと何十年の付き合いだと思ってるのよ」
「はぁ……」
知らないんだが。
「ここで私が何者か言っても分からないだろうから、別にいいけど。でも、あなた、私――――聖剣エクスカリバーが抜かれてると、死んじゃうのよ?」
「はい?」
「だから、聖剣エクスカリバーが抜かれたあなたは、このままだと死ぬの! 分かってるの?」
「僕が……死ぬ?」
「そこから説明しなきゃいけないの……」
呆れて溜息を吐いた女性は説明を始めた。
海斗の身体は、本来魔力を必要としない男性だ。だが幼少期に、昔はまだ知られていなかった魔力の吹き出る土地、魔力噴水を浴びたことにより、身体が魔力中毒となってしまっている。
ゆえに、何者かが単体で魔力が永遠に溢れる聖遺物、聖剣エクスカリバーを海斗に差し込むことによって、生き永らえていたのだ。
その聖剣エクスカリバーがないとなると、待っているのは魔力を失ったことによる禁断症状。
その禁断症状が、女の子に対して見境なく襲うことだという。
「……ま、まぁ、私としては? 私が完全復活するまでは、禁断症状を迎えてほしくないわけだけど」
「なんで禁断症状が、そんなことなんだろう……」
「あら、知らないの?」
「え?」
「魔力が主に何であるかと、それがなんで女性にしかないか」
考えてもみなかったな、と海斗は思った。
この世界では、女性だけが誰でも魔力を持ち、男性は無力なのだ。ゆえに、最近では女尊男卑な社会の国がほとんど。
よく考えれば、魔力が何か気になる。聖遺物科学者を目指している海斗にとっては、知っておいた方がいい情報だろう。
「魔力は、女の子のエロい力のことを言うのよ」
「冗談でしょ?」
「そう思ってるがいいわ。女の子はね、男の子が思っている以上にエロいのよ」
人差し指を海斗の唇に押し付け、片目を閉じた女性。その仕草に思わずドキッとした。
「……それに、男の子は魔力を持っていないのはね、大体思春期になると外に出しちゃうからなの。魔力は貯めて貯めて出来上がるエロの塊なの」
「……」
海斗は何となく恥ずかしくなった。まさか、男に魔力がないのは、そんな自慰行為が関係しているとは思えなかったのだ。少なからず、海斗もそんな男性の一人である。
だが、そこまで考えると、海斗は魔力を持つ数少ない男性なのだ。色々と辻褄が合わない。
すると、女性は全てを説明してくれた。
「あなたの場合、幼少期に魔力を大量に浴びたせいもあって、体内に魔力が溜まる仕組みになったの。つまり、禁断症状が出るというのは、あなたが無性に誰かとエッチしたくなるということよ」
「はぁ!?」
「ちなみに魔法少女は、常に魔力を溜める為に自慰行為してるのよ」
「聞きたくなかった……」
俯いた海斗。もう色々ショックな事が多過ぎだった。しかし、改めて考えてみると死ぬことにはならないような気もする。
「僕、それだったら死なないんじゃ……」
「いいえ、結局、あなたは男性だから、徐々に魔力がなくなっていくわ。溜めることもできず、無性にしたくなって、最後は幻覚が見えてくるの。何もかもが変になって、魔力が完全に消えて、死ぬ」
「……酷い末路だな。僕何かしたのかな」
「……魔力がないと生きられない身体だから、仕方ないわ。早いとこ、聖剣を取り戻さないと、変質者になるのよ。それが嫌だったら、すぐに体内に戻しなさい」
「すぐってどれくらい?」
「できれば急いで欲しいけど、死ぬまでには一週間あるわ。必ず取り戻してね」
「う、うん……」
なんだか大変なことになったな。と他人事みたいに考えた。
海斗の身体は、本来魔力を必要としない身体。だけど、大量の魔力を浴びたことにより、常に魔力を蓄えていないと死ぬ存在なのだ。
これは早いとこ安良里さんを説得しないとな。そう考えた海斗は、自分の禁断症状が出ないのをひたすら祈った。
◆
目が覚めると、海斗はベットで眠っていた。どうやら、聖剣を抜かれた後は違う部屋に運ばれたようだ。
警備学部の部屋はどこも、鉄製の壁のようで、少々息苦しくさを覚えながらも起き上がる。
「お兄様ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「うわっ!?」
すぐにベットに再び押し倒された海斗。誰かが飛び込んできたようで、視線を押し倒した人物に向けると、そこには桜色の髪をした女の子が抱きついていた。
鼻腔をくすぐる花の蜜のような匂い。海斗は見覚えのある可憐な少女を見て微笑む。
「……桜子、久しぶり」
「お兄様っ! 会いたかったですっ!」
「よしよし。いい子にしてたか?」
頭を優しく撫でると、桜子は嬉しそうに頬擦りを海斗の胸でする。
この桜子を見ていたら、数ヶ月前までは一緒に生活していたのに、とても懐かしくなった。
「お兄様は、寂しかったですか?」
嬉しさのあまり泣いている。少々予想外だったが、可愛い妹に海斗の頬が緩む。
「寂しかったかな。桜子がいないとさ、僕と雪那の二人だからさ」
「そうですよねっ! お兄様は極めて形を大事にするタイプなので、雪那のぺちゃぱいまな板じゃあ物足りないですよねっ!やっぱり、私の方がお兄様にとって……」
「うん、相変わらずの桜子さんだね」
何も変わってないじゃん。
海斗はそう思いながら、内心で溜息を吐いた。
昔っから、桜子は何かあれば海斗海斗と呼んで、自分では何もしないような子だったのだ。それはそれで嬉しいのだが、それがエスカレートすると、いわゆる極度のブラコンになってしまい、今でも将来の夢はお兄様のお嫁さんなのである。
それが少しは変わるかなと思ったが、何も変わらなかった。
さらに言えば、桜子――――いや小石川家は、海斗を除いて、極度の下ネタ家族なのだ。やはり、これは小石川家の呪いに違いないと感じた瞬間であった。
桜子は頬に両手をあてて、嬉しそうに顔を左右に振るう。
「それは私が相変わらず可愛いって意味ですか? お兄様の女ったらし〜」
「そのわりには嬉しそうだね」
「お兄様に可愛いだなんて言われても、嬉しくないんですから〜」
「だったらその微笑みは何なんだろう?」
桜子と海斗のやりとりを見て、付き合いたてのカップルを思い出してイライラした安良里が咳払いする。
「コホンっ。とりあえず起きたことだし、聖剣エクスカリバーの事を説明してもらいたいんだが」
「え、あ、ああ……」
安良里の鋭い目線を向けられて、海斗は夢の中にいた美女が聖剣を取り戻せと言ってたのを思い出した。どこまでが本当の話なのかは分からないが、取り戻さなきゃ危なそうではある。
だが、美女が言っていた禁断症状とやらはでていないようで海斗は一安心していた。
「君は何故、聖剣エクスカリバーを持っているんだ」
「アレは僕も詳しくは知りません。詳しいことが分かったら教えるので、今は返してもらえませんか?」
「それは私には教えられない、そういうことなのか?」
安良里の厳しい表情に、海斗は思わず扱い辛い人だなぁと思う。
「……僕自身、知らないことだらけなんです。今分かるのは、聖剣エクスカリバーがないと僕は、誰彼構わず皆を襲ってしまうのと死んでしまうことくらいです」
「「え」」
桜子と安良里は意外にも驚いているようだった。二人とも、それから少しの間黙り込み、何かを考えていたようだ。
「……お兄様が私を襲う……」
「間違っても桜子だけは襲いたくないなぁ……」
「海斗君が私をむちゃくちゃに……」
「なんだか自力で理性を保ちたくなってきた……」
二人とも思春期なのか、バカなことを呟いている。だが、二人に構ってる暇はあまりない。
「とにかく、僕は急がないと死んでしまうんです。元に戻してからでもいいでしょうか?」
「え、あ……どうする? 桜子」
「迷いますね……。お兄様が私を襲うというのは、願ってもない結果ですね。惜しいというか」
「二人とも叩くよ?」
とりあえず、妄想を広げる二人を説得した海斗は、溜息を吐きながら保管してある部屋に向かった。
「叩くことないだろう。私は君よりも年上なのに……」
「お兄様のツッコミも久しぶりです。本当にツンデレなんですから」
「二人ともいい加減にしてくれないかな」
海斗は二人の悪ふざけに付き合っている余裕はない。何があるかわからない以上、聖剣を早く取り戻したいのだ。桜子や安良里を襲うだなんて冗談じゃないと考えていた。
安良里も桜子もそりゃあ、街に出れば視線を釘付けにするほどの美人だ。特に桜子はモデルにスカウトされてもおかしくない。これは海斗の贔屓目とか抜きの話だ。
以前、都心に出かけた小石川一家は、義母、姉、桜子、妹と全員がナンパをされ、モデルにスカウトされていた。もちろん、海斗と父親は何も無いわけだが。
それも悲しいと海斗は思ったものだ。
とにかく、二人は美人だからこそ、海斗よりいい人が絶対にいるので、手を出したくないのである。
廊下を進むと、夏休み中だからか、やけに静かだった。先ほどいた緑川と杉沢は姿を消しているので、帰ったのだろうかと海斗は考えながら歩く。
「ん?」
安良里は途中で足を止め、遠くを見つめる。
「……緑川さん?」
「桜子、すぐに第五学区の教諭を呼んでくれ」
「もしかして……」
僕も遠くを見つめると、そこには誰かが倒れていた。よく見ると、そこら辺は血だらけだ。
「緑川さんが……!?」
桜子と安良里は顔色を変えて、駆け出す。
海斗もその後を追いかける。
桜子が緑川を呼び覚まそうと支え、安良里が部屋に視線を移す。
「な、ない……」
安良里は幽霊にでも会ったかのように肩を震わせた。
「ないって、何がないんですか……?」
桜子が問う。
安良里は恐怖を感じたかのように身を震わせて、口を開いた。
「聖剣エクスカリバーが盗まれた……」