聖遺物4
「お兄様ぁぁぁっ!」
息をあげ、扉を叩くように桜子は開いた。
そこにいたのは、パイプ椅子に座る警備生二人と、魔法科警備学科の担当教諭の安良里だ。
三人は桜子を目にして、溜息を小さく吐いた。
「……待っていたぞ、第一学区魔法科高校一学年、トップのレベル九。小石川桜子」
「私のお兄様はどこにいるんですか」
安良里が桜子の名前を冷静に言うが、気を荒くしている桜子の前では逆効果で、さらに桜子の気を荒くする。
肩で息をする桜子の前に安良里が歩み寄り、落ち着かせるように肩に手を置こうとするも、桜子は乱暴に薙ぎ払う。
「落ち着け桜子。君の兄、海斗君は無事だ」
「じゃあどこにいるんですの」
「安心しろ。今は私の部屋で寝かせている」
「それが一番問題なんですけど」
桜子の眉間に皺が寄ると、取り調べ室の壁に亀裂が走る。
「焦るな! 私の部屋は防音で、爆発が起きても平気な壁なんだぞ! まるで要塞のような部屋だから襲われる心配はない!」
必死に安全な所にいると伝えようとしても、桜子の機嫌は悪くなる一方だ。壁に入った亀裂は、再びピシシシッとさらに走った。
そのまま桜子は、安良里の胸ぐらを掴み、三十路近くの瞳を睨む。
「あなたという女の部屋に閉じ込めて何を安心しろと言うんですか!」
「あのな、私は教師だぞ? 変なことはしない」
「三十路近くのおばさんが、かっこ良くて逞しくて優しくて頭も良くて私だけに惚れているお兄様を部屋に入れるなど、サメの水槽に小魚を入れるようなものです!」
そこで、安良里は一度黙り、瞳を閉じる。
「待て。それではまるで、男に対してサメのように雑食なのが私ということになるのだが気のせいか」
「気のせいじゃないです。私のお兄様は何も知らないウサギさん……。三十路近くのおばさんサメのあなたに食われないか心配なんです」
「……桜子。戦争したいのか」
両者は睨み合い、無言が取り調べ室を支配した。桜子の怒りを表現するように壁に入った亀裂は進行し、安良里の怒りは徐々に空気を重くする。
このままだと、二人は喧嘩しかねない。そう予感したのだろう、二人の警備生が桜子と安良里の距離を離した。
「ちょっと落ち着いてください! 桜子さんが暴れたら、島が消えちゃいますよ!」
「安良里先生も! 先生の方が胸は大きいじゃないですか! 焦ることありませんよ! 晩婚化だって進んでますし!」
緑川と杉沢の二人が喧嘩を仲裁すると、桜子と安良里はフンっと言いながら、距離を取る。二人の警備生は飽きれた溜息を吐いて、二人を席に座らせた。
レベル九の桜子は、本来レベル八の警備生と話すことはない。だが、ボランティア精神豊富な桜子は、ちょくちょく魔法学園島の警備を手伝うこともあるのだ。
それゆえに、桜子は安良里や緑川、杉沢と面識があった。
「話は簡潔に済ませてください。こっちはお兄様に一秒でも早く会いたくて、パンツがビショビショなんですから」
「あははは……」
緑川が桜子の下ネタに苦笑いする。
今回、楢滝が暴走した件について、桜子が呼ばれたわけではない。
兄の海斗が聖剣エクスカリバーを所持していたことに関して、身内を調べていたら桜子の名前がヒットしたのだ。他にも身内はいるのだが、面倒ごとになるので安良里は桜子を呼ぶことにしたのだが、結局は同じようだった
気もしていた。
桜子は海斗からのメールが途絶え、もしかしたらメールし過ぎて嫌われたのかもしれないと思い、落ち込んでいたところに安良里からの連絡が入って大急ぎでやってきたのだ。
「……桜子。君は海斗君が聖遺物を持っていたことは知っていたのか?」
安良里の問いに、桜子は静かに答える。
「……ええ。知っていましたよ。お兄様が聖剣エクスカリバーの所持者であることは」
「いつからだ?」
「それは知りません。私達兄妹は、連れ子同士ですから、最初から一緒にいたわけではありません」
「だとすると、一体なぜ……」
安良里は顎に手を置いて考えた。
聖剣エクスカリバーが紛失してから、およそ十何年。世界はありとあらゆる情報網や機動隊を駆使しても発見には至らなかった。それが、今回レベル九の義理の兄が所持していたのだ。
上層部に連絡をすれば大騒ぎになる為、安良里は緑川と杉沢と馬原にしか、この事は言っていなかった。
「で、聖剣エクスカリバーをお兄様が持っていたから、どうするんですか? もし、処刑だとか言うのでしたら……」
桜子は過去見たことのないくらい怖い顔をして、安良里を睨む。
「私が世界でも何でも相手にしてあげますよ」
瞬間、安良里と緑川、杉沢の三人は、寒気が走った。まるで、大量殺戮を犯した人間を前にしたかのような恐怖だ。すぐに三人は、桜子だけは敵に回してはいけない存在だと再確認した。
そんな怖い桜子を無視するかのように、一度咳払いをした安良里は、首を横に振る。
「安心しろ。聖剣エクスカリバーがもし日本にあると他国に知られたりしたら、それこそこちらにも被害が出る。口外するつもりはない。だが……」
安良里は顔色を暗くして、桜子から視線を逸らした。
「……楢滝の件で、直接的に聖剣エクスカリバーが関わっているとは思えないが、それでも、海斗君をこのまま野放しにするわけもいかない」
「そんな……」
桜子は泣き出しそうな顔で、安良里を見つめる。その姿に、緑川も杉沢も何も言えなかった。
「ではお兄様は、どうされるんですか!」
「海斗君は、とりあえず、独断だが我々魔法学部警備学科の第三学区に留まってもらう方がいいと思ってるんだ」
「お兄様を魔法学園島に滞在させる、そう言ってるんですか?」
「ああ、ダメか?」
桜子は顔を俯かせる。
外部である日本本州に戻すよりも、この魔法学園島にいた方が安全だという考えが桜子に伝わったのかどうかは、わからない。
ただ、妹として兄がただ一人、血肉に飢えた女達がいる空間には置いておきたくないだろうと安良里は考えていた。
それこそ、桜子からすれば兄を、こんな血生臭い世界に巻き込みたくはなかった筈だ。
安良里も、緑川も杉沢も、無言を貫くと室内が静まる。
そんな中、桜子は顔を上げた。
「それって……かなり良い事では?」
「は?」
突然明るく言った桜子に、安良里は首を傾げてしまう。
「だって、お兄様が私と一緒に暮らすんですよ? 毎朝、お兄様にご飯を作れて、毎朝一緒に学校に出かけて、毎日私が作ったお弁当を食べて、毎日スーパーに夕飯の食材を買いに行って、毎日夕飯を済ませて、毎晩一緒に同じ布団で寝る……。新婚生活が味わえるんですよ! 最っ高じゃないですか!」
「え、あ、うん」
ハイテンションで話す桜子についていけなくて、安良里は呆然としてしまい、返事をしてしまった。
これは、海斗を魔法学園島に留めておくのは問題がないかもしれないが、海斗と桜子が一緒に住むのは考えた方がいいなと思う安良里だ。
「安良里先生も、融通が効きますね。早速夫のところまで案内してください」
「桜子、誰も君と海斗君を共同で住まわせるとは言ってないぞ」
「兄妹が同じ屋根の下で暮らすのは当然です。もちろん、同じ布団で熱い一夜を過ごすのも」
「万年発情期の桜子。少し落ち着こうか」
緑川と杉沢は、普段の桜子とはかなり違うギャップに唖然とすることしかできないでいた。反対に安良里は溜息しかでてこないくらい呆れている。
安良里は、発情中の桜子を引き連れて、部屋を出た。
◆
安良里が去ったのを見て、女性は部屋の外へ出る。
颯爽と聖剣エクスカリバーが保存されている部屋へと駆けつけると、扉には施錠がされていた。
魔法道具の一つ、ロック錠である。解除するのには設定された暗証番号を入力するだけの簡易型の南京錠。以外にも、魔法学園島では定番中の定番の鍵だ。だが、この女は暗証番号を知らない。しかし、暗証番号を知らなくとも、女は解除するのは容易だ。
この魔法学園島では、ロック錠が安全道具だと思われがちだが、決してそのようなことはない。むしろ、魔法を扱う人間にとっては、この上なく解除の簡単な施錠だ。
片手を掲げ、彼女は呟く。
「……本当にバカね」
魔法を唱えると、不思議とロック錠は分解されるかのように、壊れ始める。床へと部品が散らばる音が響く。
扉が自動で開き、女はゆっくりと歩を進めた。
室内は暗い。それこそ、牢屋と変わらない雰囲気を醸し出していた。だが、牢屋と違うのは、中央に堂々と存在感を放つ、聖剣エクスカリバー。
真珠のような白身の刃、黄金の鍔、何よりも世界全てを飲み込むかと思うほど溢れる魔力。その全てに見惚れていると、自然と生唾を呑み込んだ。
「これさえあれば……」
小石川 桜子にデカイ顔をされなくて済む。
まるで食事に飢えた動物のように、片手を伸ばした女性は、聖剣エクスカリバーの柄を握ろうとした。
「待ちなさいっ! あなた、そこで何をしてるんですか!」
女が振り返ると、そこには翡翠色を放つショートカットのレベル八警備生、緑川が立っている。彼女は女の顔を覗き込もうと、睨みつけ、魔法を放とうと構えていた。
くるりと振り返った女は、フフフっと気色悪い笑みを浮かべる。
「……あなた、実験台になりたいんですの?」
「その声は――――」
瞬間、女は聖剣エクスカリバーを握ると、緑川の背後に回りこみ、聖剣を振るった。
だが、殺気を感じた緑川は、すぐに前方に転がり回避する。しかし、攻撃を完全に避けきることはできず、頬に微かな切り傷が生まれていた。
緑川が顔を上げると、女の顔が鮮明に写る。
すると、緑川はまるで幽霊でも見たかのように目を見開く。
「な、なんで、あなたが聖剣エクスカリバーを……」
「フフフ。もちろん目的があるからよ」
女は聖剣を両手で握り、大きく振り上げた。
「緑川さん。私は小石川桜子を殺すべく、聖遺物を探り続けてきた。そして、遂に辿り着けたのよ、この聖遺物の最上級に」
悪魔のような瞳を見据え、緑川は魔法を発動しようとする。
この女が聖遺物を今まで盗み続けてきた女ならば、逃がすわけにはいかない。
緑川は掌を広げ、言葉を発しようとした。
「私の糧となりなさい」
瞬間、緑川の魔法は発動する。
だが、発動した筈の魔法は打ち消された。
振り下ろされる聖剣に、緑川は肩を斬られ、意識を失いそうになる。
鮮血が溢れるが、緑川は魔法警備生としての誇り、悪を見逃すわけにはいかないという正義だけで、倒れなかった。
「……私は、レベル八っ! 九の次に強くなくてはならないッ! だから、同じレベルのあなたには……負けないッ!」
「もう眠ってなさい」
立ち上がった緑川。しかし、腹部に鉛の鉄球が打ち込まれたかのような感覚が襲う。
気がつけば、腹に女の拳が減り込んでいた。
緑川は遂に意識を飛ばし、膝から床に倒れる。
その姿を目にして、女は呟いた。
「……力は絶対。緑川さん。私がそれを証明してあげるわ。桜子に」