白の魔法騎士。3
「破壊し尽くしてやれ!」
手榴弾が投擲される。ピンが外れた手榴弾は激しい音を上げ、魔法少女を目指す者達の学び舎へと飛んでいく。
熱帯夜の魔法学園島に多くの爆発物が飛び交う中、爆発物を投げた男達はキャンプファイヤーを思い出しながら笑う。
だが、手榴弾は学び舎に触れても爆発しなかった。多くの手榴弾は、突然凍りつき、そのまま地面へと転がり落ちる。
第九学区の学び舎付近にて、男達は首を傾げながら、凍った手榴弾を眺めた。
その刹那、気がつけば、男達は凍りつき、身体の自由を奪われる。頭部だけが凍らず、わけがらからないといった様子だ。
「下劣ですわ」
不意に気品漂う声が男達の耳に届く。周囲に目線を配ると、そこには白銀の髪を揺らした、真っ白なドレスを着た中学生くらいの女の子がいた。
その隣にはルビーのような紅い髪の毛を一本に束ねたポニーテールの女性が立っている。彼女は巨乳でスタイルも抜群であり、誰もが生唾を飲み込むほどの美女だ。
「なんとか、アタシ達は間に合ったが、九学区には被害者がいないようだな」
「ええ。まぁ第九学区にはレベル一の生徒くらいしかいませんからね。魔力が少ない生徒は、皆帰省してるのでしょう」
「能力が弱ければ、皆普通の人間だからな」
二人は任務が完了した兵士のような表情をして、疲れをとっているようだった。
「それよりも、お兄様と桜子お姉様の方は大丈夫でしょうか?」
「まぁ、桜子がいるなら大丈夫だろ。なにせ、桜子は聖遺物は持ってなくても、扇子があれば最強だからな」
「お姉様も、扇子を持った桜子お姉様には勝てないのですか?」
紅葉は頬を膨らませて、答える。
「何言ってるんだ雪那! アタシは最強だから、扇子を持った桜子くらいどうとでもなる!」
「やはり、その目を使わなければ相手にできないくらい強いのですね」
「雪那だって、あれを使えば、それなりにいい勝負になるだろう?」
「そうかもしれませんわね」
クスリと微笑んだ雪那。
男達はあまりの美少女と美女に目を奪われていたが、本来の自分達の仕事を思い出したかのように口を開いた。
「お、お前ら! 魔法少女か!」
突然かけられた言葉に、雪那は首を横に振り、紅葉も手で否定する。
「アタシは魔法少女じゃない。魔美女さ」
「私は魔法少女ではなく、魔法嫁ですわ」
「あ、そのフレーズいいな。だが海斗はやらないぞ」
「紅葉お姉様にこそ海斗お兄様は私ませんわ。どれだけ、海斗お兄様の性欲を奪われるかわかったものじゃありませんから」
二人がごちゃごちゃと話しているのを見て唖然とする男達。また、思い出したように口を開く。
「バカめ! この島はもうすぐ希華様によって葬られる! お前達はモルモット同然なんだよ!」
「希華様? 誰だそりゃ」
「希華……様?」
二人とも希華という人物の名を知らないようだった。
だが、男は言葉を続ける。
「全知全能の神様みたいな魔女さ! 社会からゴミのように扱われた俺たちをかくまってくれた、恩人で美人なのさ!」
「なんとも言い難い人物ですわね」
「それにあのお方は言っていたんだ! 全ての聖剣を手に入れて、世界を変えると!」
その言葉に紅葉と雪那は反応し、鋭い眼差しを向けた。
「今、なんと仰いましたか?」
「お前ら、聖剣がどうたらこうたらとか言わなかったか?」
男は怯まずに言う。
「聖剣全てを集めると言ってたんだ! そして、この島を――――むんごっ!?」
「情報提供に感謝する。だが、息絶えろ」
「ひぃ!?」
男は紅葉に顔を鷲掴みにさえる。
紅葉の綺麗な手からは炎が溢れ、男の顔を焼き尽くした。
他の男達の顔は青ざめ、皆紅葉を恐れる。
だが、二人は他の男など目もくれない。
「希華、か。初めて聞いた名前だが、大和と馬原の仲間なのか?」
「私にはわかりませんわ。ですが、あの二人よりは強そうですわね」
「それに、その希華とかいう奴は、この島の秘密まで知ってやがる」
「聖剣エクスカリバーを除いた全てが、ここにあることをご存知のようですわね」
「どちらにしろ、桜子と合流した方が良さそうだな」
「はい」
すると、雪那の携帯が鳴り響く。
雪の結晶の柄が満遍なく入ったケースをつけたスマートフォンを取り出し、雪那は電話に出る。
「はい」
『雪那!? 今、どこにいるんですか!?』
「私達は今、全ての学区を周り終えましたわ」
『急いでください! 屋上で何者かが精霊魔法を使用したのかわかりませんが、大量の魔力を消費して――――お兄様と戦ってます!』
瞬間、雪那の顔が険しくなる。
隣にいた紅葉も桜子の声が聞こえ、瞳を鋭くした。
「わかりましたわ。海斗お兄様を何故一人で行かせたのかは詳しく聞かせてもらいますが、今はそれどころではなさそうですわね」
雪那と紅葉は頷き、電話を切る。
魔法科大学を睨みつけ、第九学区から二人は飛び立とうとした。
だが、その時拍手が響く。
気配はなかった。雪那と紅葉の二人は警戒しながら、背後に目を配る。
「美しいね。これが兄妹愛って奴かな?」
「大和……。まだ生きていたのか」
「やだなぁ紅葉ちゃん。君と桜子ちゃんと雪那ちゃんと結婚するまでは死なないよ」
「史上最悪のストーカーですわね」
二人の前に現れたのは砂でだいぶ汚れた大和。好みではないが整った顔が曲がっている。多分、海斗にやられたのだろうと雪那と紅葉は直感した。
ニッコリと気味の悪い笑みを浮かべた大和は、光線系魔法が放てる拳銃の形をした聖遺物を構える。
「二人の足止めを頼まれたんだ」
「希華って奴にか?」
紅葉が問う。
「あ、そっか紅葉ちゃん達は知らなかったよね。俺達三兄弟の母親のこと」
「海斗お兄様のお母さん?」
雪那が首を傾げる。
「真崎 希華。結婚して苗字が小石川になった、母のことだ」
「海斗の本当のお母さんは死んだと聞いてるぞ!」
はぁっと深い溜息を吐く大和。すると、瞳を鋭くして、大和は紅葉を睨みつけた。
「死んでない。勝手に死んだことになってるけど、母さんはしっかりと生きてるよ。そんでもって君達三人姉妹とその母親にして現代魔法学の最先端にいる人間、海音を毛嫌いしている」
「私達家族を?」
「雪那ちゃんも例外じゃない。だから、俺は結婚しようと言ってるんだ。俺と結婚するのなら、君達の命は守れるんだ」
紅葉は奥歯を噛み締めて笑った。
「バカ言うなよ、鬼ストーカー! アタシ達は墓参りにだって行ったんだ! 海斗の母親は生きちゃいない。それに急いでるんだ、そこを退け」
「海斗お兄様のピンチなんですわ。そこを退かないと怒りますわよ」
紅葉と雪那は大和を睨みつける。
だが、大和は先ほどとは違う雰囲気を醸し出して答えた。
「全く困った子猫ちゃん達だ。だが、そこもいい! 俺の言葉を無視するというのなら、俺の愛を全力で受け取ってくれ!」
大和が手を広げる。
すると、大和を中心にして竜巻が生じた。
「こ、これは……魔法!?」
「ちょっと違うよ、紅葉ちゃん。これは魔法じゃない。俺は男だから魔法は使えないよ。けれど、聖遺物だったら使える!」
「なるほど、聖遺物を体内に埋め込んだのですわね」
「さすがは雪那ちゃん! 俺の愛を聞けぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
荒れ狂う竜巻。
紅葉と雪那はお互いの視線を合わせて、頷いた。
それを合図と言わんばかりに、紅葉は片目を閉じ、雪那は自身に手を当てる。
「こんな奴に時間を割いてる暇はねぇ。大和は多分、ランクAの風の幅霧を体内に埋め込んでる。注意しろよ、雪那」
「注意とは、失礼ではありませんか? そういう紅葉お姉様は本気を出そうとしてるじゃありませんか」
「そういう雪那こそ」
二人は笑って叫んだ。
「金色魔力解放ッ!」
「大人化ッ!」
レベル九。それは、多くの魔法少女が目指す最高レベル。十は幻とも言われ、現在は存在しない。
世界には七人のレベル九が存在する。
一人は桜子。
一人は紅葉。
一人は雪那。
この三姉妹がレベル九に認定されるのには、それぞれ扱える魔法が多いからではないし、戦闘スキルが優れているからではない。
レベル九に認定されるにはもちろん、戦闘スキルも扱える魔法も多くなければならないのだ。
だが、それだけではない。
レベル九になるのには、圧倒的強さがなければならないのだ。
紅葉は、全てを弾き返す魔力、金色の魔力を所持し、銀の魔力まで持つ異才。
雪那は、年齢が若く絶対的な魔力量は少ないが、そのポテンシャルは凄まじい。その年を埋める為に、彼女は一定時間の間、年齢を上げる魔法を持つ、前代未聞の少女。
二人は大和の前に立ち、微笑んだ。
「大和。お前は勘違いしてるぜ。アタシを捕まえていい気になってんのか知らねぇが、アタシはお前なんかに収まる人間じゃねぇ。アタシは魔法少女学園最強のレベル九。欲しいものは全部自分で手に入れるんだよッッッ!」
瞬間、紅葉は自らに炎の海を浴びせた。
「私はあなたのような下劣な男は嫌いですわ。ですが、さっきは海斗お兄様の為に全力は出さないでおきましたの。本気であなたを潰しますわ」
大和は大声で叫ぶ。
「こっちはランクAの聖遺物を埋めて貰ったんだ! 君達に負ける筈ない! 竜巻を浴びろぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッ!」
紅葉と雪那に竜巻を槍の如く尖らせ、二人に走らせた。
「くだらない」
紅葉が呟く。
槍のように尖った竜巻が紅葉に衝突する。
その瞬間、竜巻は消えた。
同時に大和の身体に鉄球が激突したかのように吹き飛ぶ。
「かッはッ!? 何ぃぃぃぃぃ!?」
宙に浮く大和。
髪の毛が地面に着くほど伸び、スタイル抜群かつ超巨乳になった雪那は、片手を掲げ、呟く。
「バカですわね。金の魔力は全てをその威力のまま跳ね返す魔力。おバカさんはそのまま眠るといいですわ。氷天・豪氷城ッ!」
雪那を中心にして、氷が次々と上昇し、やがて巨大な氷城と変わり果ててゆく。 刹那、宙に浮いた大和は雪那の城に飲み込まれ、身体を氷漬けにする。
「アタシ達に――――」
「私達に――――」
やがて氷の城が爆発したかのように砕けた。
「喧嘩を売ったのが間違いだったんだよ」
「喧嘩を売ったのが間違いでしたのよ」
二人が言葉をハモらせると、大和は地面に倒れ、泡を吹いて意識を失ってるかのようだ。
そのまま、二人は大和に目を配ることもなく、魔法科大学に足を向けた。




