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白の魔法騎士。2

 黒いコートを羽織り、女は屋上で微笑んだ。


「くくくっ、これが島全体の魔力っ! 流石、低脳だけあるな」


 女は夜空に向けて、手を掲げる。

 すると、雲に向けて魔力が昇るように解き放たれた。


「……それにしても、これだけの魔力。よくもまぁやってくれたものだ、大和も馬原もそこそこ有能だな。最も、まさか海斗にやられるとは思わなかったが」


 くくくっと再び笑い、掲げている手を地面に叩きつける。

 落雷のような音が響く。

 魔法科大学屋上の床がひび割れ、魔法陣が浮かび上がる。

 そこから現れるのは、一振りの剣。

 女がその柄を握ると、剣は呼ばれたかのように浮かぶ。


「ふむ、ようやく引き抜けたか。これだけの魔力を使用しなくては現れないとは、まためんどくさい能力をした聖剣(・・)だな」


 黄金に煌めく刃。女の身の丈を超え、かつ細い聖剣。

 ありとあらゆる魔法を受け止め、その魔法を自由自在に跳ね返すことができる。


 その名も――――。


「聖剣レーヴァテイン。第一の犠牲者は誰かな? くくくくくっ!」


 女が仮面を抑えながら笑うと、魔法科大学の屋上に何者かが下から飛び上がってきた。




 ◆




 海斗は魔法科大学の屋上まで、階段を使っていったわけではない。自分の脚力だけで屋上まで登りつめたのだ。

 聖剣から溢れる魔力を全て身体能力上昇に回しているからこそ、できる動きである。本人は特に意識はしていないが。

 屋上に辿り着くと、そこには馬原と同じ黒いコートを羽織った女が立っていた。


「……来たか、海斗」

「僕の名前を呼び捨てだなんて、らしくないですね、馬原先生」


 海斗は不可解な点があることに気がつく。

 先ほど、安良里が言っていたのは大量の魔力に、精霊魔法が使われているかもしれないということだっだ。

 しかし、その屋上とやらに到着すると、大量の魔力は消え、精霊の姿は見えず、 見慣れない剣を持っている馬原と思われる女が一人。

 大量の魔力は何の為に集められたのだろうか。


「馬原 秀歌か。レベル八の人間にしては弱い気がするな」

「……あなたは一体……」


 女はクスリと笑い、剣を向ける。


「知りたければ、力づくで来い。貴様ならばそれができる筈だ、海斗」


 海斗も聖剣を両手で握り構えた。


「何が目的だ」

「目的? くくくっ! 私の剣を見てわからないのか?」


 仮面の女は笑いながら、聖剣で空を斬る。


「私の目的、それは七醒伝説聖剣しちせいでんせつせいけんを集めているのだ」

「七醒伝説聖剣?」

「ああ、君の持つ聖剣エクスカリバーを含んだ七種類の聖剣。この世の理を覆す力。そう、私は全てを手に入れ七醒伝説聖剣の真理に辿り着くことが目的なのだ。そうすれば、私だけが未だ前人未到のレベル十の扉を叩く存在になれるかもしれないのだ」


 海斗は思わず生唾を飲み込んだ。


「もしかして、あなたはそんな研究意欲だけで人を……こんなに酷い目に遭わしているんですか!」

「酷い目? 何を言っているかわからないな。まだ誰も私は殺しいていないぞ、海斗」

「殺す殺さないの話じゃない! 魔法科大学を崩そうとしてるじゃないですか!」

「崩す、か」


 女は雰囲気を変え、剣の刃を海斗に再び向けた。



「私は魔法科大学など興味はない。だが、ここに眠る聖剣に用事があっただけだ。その為に、他の学区も襲わせてもらったのだ」

「他の学区にも聖剣が……」

「何も驚くことではない。この島、魔法学園島は今から数十年前に、東京都の東にある海を埋めたてて作った土地だ。その島に、世界各国から集められた聖剣を隠す為に作られた、いわば宝の山なのだ。君とて例外ではない。政府の連中に気づかれれば、すぐにでも命を狙われるだろう」

「命を……狙う?」

「さぁな。私はただ真実を語っているだけだ。君の未来は二つ、私に殺されて聖剣エクスカリバーを託すか。それとも政府の連中に殺されて聖剣エクスカリバーを渡すか。選べ」


 海斗は口を開く。


「そんなの決まってる。僕は誰かを守る為になら死んだっていい。だけど、それがあなたのような野蛮な人間に渡すわけにも、嘘か真実かわからない話に乗るのも嫌だ。僕は、僕の家族を守る為に、戦うッ!」


 屋上のひび割れた床を蹴飛ばす。ロケットスタートをしたかのような速度で、海斗は仮面の女に飛びかかる。

 風を斬りながら進む海斗。移動中に聖剣を振りかぶる。

 仮面の女が握る剣は、海斗に向って刃が走った。

 両者の聖剣は空を斬る音を放ち、降り注がれる。

 海斗にも女にもお互いの攻撃は当たらず、聖剣と聖剣の刃が交差した。

 鍔迫り合いになった海斗と女。

 二人の足元に蜘蛛の巣のようなヒビが入る。

 途轍もない魔力がお互いの剣から放たれ、海斗は顔をしかめた。

 二人は距離を置き、一度体制を整える。


「……それも聖剣なんですか」

「無論だ。君の持つ聖剣エクスカリバーは、魔力を吸収する魔力を持つ聖剣。だが、私のは違う」


 海斗はもう一度攻撃を開始した。

 仮面の女と距離を縮め、聖剣エクスカリバーを振りかぶる。

 しかし、海斗は目の前の光景に少なからず驚いた。

 女は海斗の攻撃に対して、生身の腕をかかげるだけ。つまり、このまま海斗が聖剣を振り下ろせば、女の腕は吹き飛ぶ。

 何をする気なんだ。海斗がそう思った頃には聖剣は振り下ろされていた。

 くくくっと笑った仮面の女の腕から、黄金の魔力がチラつく。


「君はやはり優しいな」

「え!?」


 聖剣エクスカリバーが女の腕に降りかかった。

 しかし、刃は仮面の女に通らず、まるで壁にでも触れたかのように動きを止める。

 だが、その瞬間に驚くべきことが起こった。

 海斗の身体に巨大な剣で斬られたかのような傷が生じる。


「がはッ!?」


 海斗を襲う謎のダメージ。

 女の聖剣はピクリとも動いていない。

 海斗はなんとか後退したが、一度片膝を着いた。


「くくくっ! 何が起こったのか、わからない顔をしているな」

「……」


 息を上げた海斗は、図星だ。

 斬ったら斬られた。見えないくらい速い剣術でももってるのかと一瞬は考えたのだ。だが、海斗の身体能力は極限まで上がっている。

 今まで無解放状態だった聖剣エクスカリバーは、海斗の手に握られることにより、白の魔力は身体能力を上昇させていた。その上でもちろん、移動速度も動体視力も上がっている。

 そうなると、必然的に見えない剣術とやらは海斗にはない筈だった。


「言ったであろう、聖剣を持っていると。私の聖剣レーヴァテインは、聖剣エクスカリバーとは違い、白の魔力ではなく黄金の魔力を宿した聖剣。黄金の魔力、それは全ての攻撃を跳ね返す魔力だ」

「全ての攻撃を、跳ね返す!?」


 くくくっと笑った女は、リストカットをするかのように聖剣レーヴァテインの刃を己の腕に振るった。

 瞬間、黄金の魔力が海斗に刃の如く振り注ぎ、ダメージが届く。

 海斗の頬にかすり傷が生じる。


「くくくっ! どうだ?」

「こ、これは……」

「君の白の魔力は、全ての魔力を吸収する。だが、色つきの魔力は別のようだな」


 仮面の女が笑う。

 海斗はどうすればいいかを真剣に考察した。

 相手に攻撃すれば、それは全て跳ね返る。今のを見る限りであれば、攻撃の威力全てを返すというよりかは三分の一を流すようだ。

 黄金の魔力がダメージとなり、海斗に斬り傷が入ったことから、跳ね返すという概念ではななく、受けたダメージの矛先を向けることができると言った方が良さそうである。

 それに対し、海斗の白の魔力、聖剣エクスカリバーでは、魔力を吸収する力を持っているが、どうやら全ての魔力を吸収できる感じではない。

 海斗は静かに呼吸し、迫り来る痛みをなんとか無視することに成功した。

 未だに痛みは消えないが、それでも立つことは可能だ。海斗は聖剣エクスカリバーを構え、仮面の女を睨む。


「まだやるというのか」

「やらなければ、あなたはこの島を崩壊に導くでしょう」

「なぜそう言い切れる」


 海斗は瞳を細める。


「あなたは力を手にしたら、試したくなるような人間だ。もしここで僕が死ねば、あなたは全ての聖剣を手に入れ、必ず魔法学園島を滅ぼそうとする」

「……よく相手を分析する性格は変わらないな」


 ふと仮面の女から殺意が途切れた。

 海斗はその隙を逃さずに、走り出す。

 聖剣での攻撃を跳ね返すということは斬撃を跳ね返すということ。

 つまり、何かしらの単発ダメージを与えるような動作ではなく、持続的かつ徐々に痛みを上げる技をかければいいのだ。

 海斗はできる限り、走る速度を上げて突っ込む。


「何をしようと無駄だ!」


 仮面の女は聖剣レーヴァテインを振るう。

 だが、海斗はそれを躱し、仮面の女の背後に回りこむ。

 そして、海斗は仮面の女の首を絞めた。


「あがっ……ぐぅっ!」

「……これなら跳ね返しようがない」


 眼光を鋭くさせ、仮面の女の首を絞める海斗。

 海斗の指が、女の華奢な首に減り込む。

 白い首は血液の循環が悪くなり、徐々に肌は青く染まる。

さすがに人を殺すのには抵抗があったが、これ以上好きにさせることはできない。 運が良ければ、意識が落ちるだけで済むだろうと考えていた。


「あ、あぅがっぁぁぁぁぁぁぁ!」

「苦しいか? ……これはあなたが、皆にやったことの償いだと思え」


 首を絞める力が強くなる。

 海斗の腕は力が更に入り、そして白の魔力が身体能力を上昇させた。

 絞める力は増し、やがて女の首など片手で捻れるほどの腕力に上がる。

 海斗は無表情だ。そのまま、一気に首を絞めて殺そうとした。


「……死をもって償え」


 海斗の理性は既に消えている。

 今は、全ての怒り赴くままに女の首を絞めていただけだった。

 だからか、最後に女の首を握り潰そうとした瞬間に、海斗の鼻腔を何かがくすぐったのだ。


「――――っ!?」


 それはとても懐かしくて、海斗の怒りを休ませてくれる、心地のいいものだった。そして、海斗はこの香りを放つ人を知っている。

 我に返ると、女の首を絞めていた手は離していた。

 激しく咳き込み、息を整える仮面の女。

 くるりと振り返り、海斗を聖剣レーヴァテインで殺そうと滑らせてきた。

 だが、海斗は後方に飛び退き、刃を避ける。


「あ、あなたは……」


 海斗の頭は、ある人物のことでいっぱいだった。だが、その人が目の前にいると思うと、どうしても信じられないでいたのだ。

 そんなことあり得ない。なんで。という気持ちが胸を募らせて行く。


「小石川ぁぁぁぁぁ海斗ぉぉぉぉぉぉぉッ!」


 しかし、仮面の女は怒りに満ちている。

 自身が死の境目に連れて行かれたことにより、まるで赤鬼の如く怒りで赤く染まっていた。

 だが反対に海斗は、相手が誰なのか気になって仕方が無い。


 今度は、仮面の女が聖剣を振りかぶりながら、襲いかかる。


「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 一直線に、光のように、襲いかかる聖剣。

 海斗は聖剣エクスカリバーで防ぐ。


「くっ!? あなたは、一体誰なんですか!」

「私は私だぁぁぁぁっ! 海斗、私はお前を殺す為にここにいるんだぁぁぁぁぁぁっ!」

「!?」


 海斗は力負けし、屋上から吹き飛ばされた。

 その瞬間、仮面の女は片手を掲げ叫んだ。


炎塵(フレアリアル)()光線(レーザー)ッ!」


 女の手から炎が溢れ、それが螺旋を描きながら掌に収まると、まるでレーザーのように海斗に襲いかかる。

 海斗は目を見開き、片手で魔法を吸収しようとした。


「くそっ!」


 あまりの高出力の魔法は、魔力に変換するのに時間がかかる。

 海斗は顔をしかめながら、吸収を開始した。

 まるで吹雪に耐えるかのように身を震わせる海斗。

 やがて、全てが魔力に変換されると視界が晴れる。

 瞬間、目の前に仮面の女がいた。


「死ね」


 その時、海斗の腹部に聖剣レーヴァテインの刃が刺さった。

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