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聖遺物1

「ご協力ありがとうございます」


 フェリー乗り場で警備員にそう言われた小石川(こいしかわ) 海斗(かいと)は、愚痴を五時間に渡って聞き続けたかのような弛んだ顔をして乗船した。

 中背中肉だが、青い髪が目立つ海斗は人の目に止まることも多く、また警備員には必ずと言っていいほど捕まるような人間である。かといって目つきや顔立ちが悪いわけではない。むしろ、整っている方だと周囲には思われている。


「やっと出発か……」


 数時間前にフェリーに到着したのに、何たる厳重なチェックなのだろう、と海斗は思いながら自分の部屋に入る。

 船で一泊する為、海斗は個室を予約していた。元々乗船手続きには時間がかかると思っていたから、到着が明日になるのは予定通りといえば予定通りだ。

 個室内には簡易ベッドにテレビと小さな机だけ。丸い窓からは外の景色が伺える。

 海斗はその窓から海を眺め、背伸びをした。


「さーて! 夏休みの課題も全部終わったし、何しようかなー!」


 呑気にそんなことを呟きながらも、海斗は何をするか既に決まっていて、持ってきたリュックから本を取り出す。

 題名は『魔法における聖遺物の重要性について』である。正直、本というより論文だが、海斗の義理の姉妹は皆魔法少女である為、理解し難い部分はない。

 魔法少女は今や国のエキスパートだ。警察や消防隊は存在するが、現場は魔法少女が斡旋していた。それだけ魔法少女というのは偉大なる存在に昇格しているのだ。

 そんな魔法少女の姉妹を持つ海斗の夢は、魔法少女が魔力を上げる為に使う聖遺物の開発である。

 聖遺物は開発できる物ではなく、古来より存在した武器が力を秘めているのだ。誰にでも扱える、そんな聖遺物を造り出し、世の中に貢献するのが海斗の夢でもある。

 一通り目を通した海斗は本を机に置いて、時計に目を配った。時刻は夜の二十二時。


「もうこんな時間か……。そろそろ寝ないとなぁ」


 海斗は本をリュックに収めると、そのままベッドに身体を預けた。

 瞳を閉じると、桜子や大学生の姉である紅葉の顔が浮かぶ。


 ――――皆元気かなぁ。


 姉妹達に会うことを楽しみにした海斗は、意識を夢に移した。




 ◆




 第七魔法学区の学生寮にて、黒いコートを羽織り仮面をつけた女性が複数枚の紙を手にして溜息を吐く。

 パサパサと置かれた紙に目を通すと、さらに溜息が吐かれる。

 部屋の照明は消えていて、デスクトップ型パソコンの画面だけが手元を照らす明かりだ。女性はそのまま、パソコンに向かうとマウスを握った。

 インターネットではなく、女性はテキストファイルを開く。そこには、物の名前と備考が書かれている。

 大量の名前が羅列されたテキストファイルに目を通すも、女性の目は止まらない。

 下にスクロールしていく中、その名前は止まった。


「ん、これは……」


 目に止まった物の名前は、聖剣エクスカリバー。かつてアーサー王が使用し、世界の覇権を握ったという伝説は最早神話に近い。

 彼女はそのまま聖剣エクスカリバーの備考に目を移す。


「……聖属性の究極版の聖遺物であり、ありとあらゆる攻撃を無効化する……」


 そのまま読んでいると、彼女は口角をつりあげ、ニヤリと笑った。

 ありとあらゆる攻撃を無効化する武器。面白い、そう感じた彼女は次に【聖遺物感知プログラム】を立ち上げた。

 検索の欄に躊躇いもなくカタカタとタイピングをし、データが検索を始める。

待つこと数秒。

 パソコンに、データが現れた。


「……ほぅ、これは面白い」


 女性は顔を手で覆い、笑いをこらえる。

 そこに現れたデータを脳内に焼き付けた。


「小石川 海斗。年齢十七歳。過去に海外旅行に出かけた際に迷子になり、聖遺物を体内に宿した……。それ以後、自身では気がつかずに人生を送っている、か」


 彼女は自分の目的を再確認するように瞼を閉じる。

 今から遡ること数ヶ月。彼女は将来魔法少女として未来が明るい成績の持ち主であった。だが、入学試験の時。桜子は現れた。

 試験の内容は、筆記に実技。当初、神童とも言われていた彼女は、桜子の実技試験で相手をすることになった。もちろん、戦う前は桜子などまだ魔法少女としては赤子程度だと油断していたのもある。

 けれど、一言で表すのなら桜子の魔法少女としての力は凄まじかった。

 風属性を操る桜子は、まるで自らのしもべのように風を自由自在に操り、彼女を追い込んだ。結果、桜子は実技、筆記共に満点合格し、その数週間後行われたランキング戦では優勝し、レベル九と認められた。

 彼女は悔しかったのだ。神童と崇められた己が軽く倒され、その女は魔法少女として学生なのに頂点に君臨したことに。

 許せない。いつしかその気持ちは強くなり、桜子を負かすことが彼女の中では目的となっていた。

 だが、己の力だけでは勝つことは不可能と悟り、諦めかけていた彼女だったが、聖遺物の存在を知ったのだ。それ以来、彼女は聖遺物を探り、その威力を試す為に、学園警備生であるレベル八の人間で試していた。

 毎回使う聖遺物はランクE。しかし、今見つけた聖剣エクスカリバーはランクSだ。これさえ手に入れれば、桜子を倒せる。

 彼女は小さく笑い、小石川海斗の情報を徹底的に調べて始めた。




 ◆




 第一魔法学区の学生寮の風呂場で、桜子は泡風呂の中で四肢を入念に磨く。既にスベスベしていて、細長く綺麗なのだが桜子は己の洗浄を怠らない。

 現在、風呂に入ってから数時間は経過している。しかし、桜子にはそれだけ身体を磨く必要があった。

 明日には、大好きな兄――――海斗が会いに来るのだ。二人が離れ離れになって数ヶ月が経ち、海斗もそれなりに寂しさを感じているのだろうと思っていた。

 桜子は今年、魔法少女となるべく魔法学園島にて寮暮らしをした新一年生である。反対に海斗は実家から近い高校に通う二回生だ。当初、実家を出て学園島で暮らすことを途轍もなく迷った。どうしても、桜子は大好きな海斗の傍を離れることができなかったのだ。

 しかし、魔法科学者の第一人者である父と伝説の魔法少女だった母からは実家にいることを猛反対され、一時は家族戦争が勃発するほどだった。

 だが、そんな桜子に海斗は言ったのだ。必ず長期休暇になれば会いに来ると。

 その言葉を信じ、桜子は魔法少女として学を積み、必死に鍛錬し、誰にも負けないレベル九として成長したのだ。

 そんな自分を褒めて貰いたくて、桜子は数ヶ月頑張った。

 とりあえず、会ったら頭を撫でてもらって、ハグしてもらって……その後は。と考えるとニヤケが止まらない。


「お兄様、私に最初に会いに来てくれるかしら……」


 そんな桜子にも悩みはあった。この学園島には幼馴染でありレベル九の人間もいるし、現代魔法少女最強と謳われている姉の紅葉(もみじ)もいる。

 この二人のうち、誰に最初に会いに行くのだろうと考えると、桜子の脳内はモヤモヤしてきた。


「……義理の姉も、幼馴染もいなかったら、素直に喜べるのに……」


 ぶくぶくと水面に泡立てる桜子。

 このまま考えていても仕方がないと思い、再び己の身体を磨き始めた。


 風呂から出ると、桜子はバスローブ姿でパソコンの前に座る。メールを確認すると、レベル八の警備生から一週間前のお礼メールが届いていた。

 一週間前、聖遺物を握る女と出会ったのだ。彼女は最近密かに噂されている聖遺物を多数持って突然襲う暴女として有名だった。その女がレベル八の警備生と戦っていた時に遭遇し、桜子が退治して見せたのだ。その時に、桜子は女性の腹部に痣となるくらいの攻撃を仕掛け、翌日の調査で腹部に痣がある者を探そうとしたが、結果は残念に終わっていた。

 それからレベル八の警備生達は、必死に探し回っていたのだが、ここ最近は彼女が現れることもなかったし、事件は謎に包まれたかに思われている。


「それにしても、聖遺物か……」


 桜子は聖遺物を所持する人間を二人知っていた。そのうちの一人が海斗だ。

 今から数年前、再婚した父と母が浮かれて家族皆でキャンプをしに行った時。桜子達姉妹が男勝りで冒険をしていたら野生の熊と遭遇し、三人姉妹は怯えて動けなくなった。

 しかし、海斗は何故かその時に聖遺物を召喚し、熊を退治してみせたのだ。なぜ持っているのか今も謎で、どこにあるのかすらもわからないままである。

 聖遺物の存在はその後知り、海斗が通常の人間ではないと教えられたが特に深い追求はしなかった。


「お兄様のが盗まれないように注意しないと」


 桜子は画面上を睨みつけたまま、海斗の聖遺物を守ると誓う。そんな呟きをしていると、新たにメールが届く。


「ん?」


 件名もメールアドレスも空白。これでは誰かわからずに迷惑メール行きだなと思いながらも、桜子はメールをクリックした。

 そこには、堂々と大きな文字を使ってある事が書かれている。


「……小石川 海斗の聖遺物、聖剣エクスカリバーは我が手にする。我の怒りを受けるが良い……? なんだか意味のわからないメールですね」


 わけのわからない宗教っぽいメールに苛立ちを覚えた桜子は素早くかつ乱暴にメールの返信を打つ。


『あなたが何者で、何を目的としているのか分かりませんが、お兄様に指一本触れて見なさい。あなたの家族全員を生き埋めにしてあげるわ』


 返信を送ると、すぐに返ってきた。


『面白い。貴様に聖剣エクスカリバーを手にした我を止めることができるとは思えぬが』


 桜子は負けじと返信をする。


『その前に殺してあげるから大丈夫よ』


 そう送ると返信は帰ってこなかった。

 それどころか、メールアドレスは消え、メールを送ること自体不可能となる。

 これは悪戯なのか、それとも聖遺物所持の女の仕業なのか。思うところはあるが、とにかく今は様子を見るしかないと考え、桜子はベットに身体を預けた。

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