行方不明と進軍2
二日間。ミスター・ケイの命令により馬原は、浜辺周辺に待機している社員達とコンタクトをひたすら取っていた。二日間かかったのは想定外だったが、ただ連絡を取るために時間をただ消費したわけではない。
さすがに楢滝の暴走や、学生寮の爆破などで平和ボケした魔法学園島の人間も焦り出したのか、警備や調査員を多く浜辺に配置していた。当然、見つかるわけにもいかなくて、馬原は隠密行動をとっていたが、魔法を扱って捜査されれば簡単に見つかってしまう。
そこで馬原は杉沢のように脅して人を使うのをやめて、今回は調査員達はまとめて捕らえて人質に使うことにしたのだ。
調査員を捕獲し、ミスター・ケイの派遣した部隊と連絡を取り続けて、結果二日経ったのである。
馬原はただミスター・ケイの用意した派遣部隊と話し合っていたわけではない。彼女に連絡をしたミスター・ケイは、あらかじめ戦力になりそうな人材を集めておくと話していたので、馬原は見極めていたのだ。そのうちの貴重な戦力は、なるべく一箇所に留めておくことにしていたのである。
晴れた海で、待機している潜水艦に連絡兼人員調査を終えると、馬原は中央にそびえる魔法科大学の百階層もあるタワーを見つめた。
この魔法学園島の覇権を、馬原が握るのも最早時間の問題だ。
『馬原教諭。ミスター・ケイから伝令です』
「はい」
通信機で連絡を取る馬原。相手は二十代くらいの男性だ。
『今夜、二十一時より、聖遺物大量奪還作戦を開始しますので、一度本艦にお入りください』
「わかりました」
馬原はいよいよ始まる計画に、身震いをする。これで、全て、終わるのだ。高レベルの魔法少女共を倒し、馬原が新たな魔法王女となる。
馬原は海に向かって歩き始めた。
◆
今回の事件が大事になり、海斗達一同は、警備科の総監督教授の部屋に呼び出された。
総監督教授とは、簡単に言えば第三学区で一番偉い人間のことだ。当然ながら魔法少女ではレベルが高いからといってなれるわけではなく、およそ政府の大臣になるくらいの頭脳が必要である。
現状報告をしていた安良里は、総監督教授の部屋に海斗達を案内した。
「……総監督教授ねぇ。アタシは苦手なんだよね」
紅葉が歩きながら、苦笑する。
その言葉に海斗は少なくとも首を傾げずにはいられなかった。紅葉は基本的に人当たりが良くて、誰からも親しまれるような性格で苦手な人なんていないものだと海斗は思っていたから不思議だったのだ。
すると、桜子も苦笑いする。
「確かに、第一学区の総監督教授は私も苦手です。ですが、第三学区なので少しはマトモなんじゃないですか?」
そんな姉妹の会話に、杉沢が言葉を挟む。
「噂では、とてもとーっても怖い人だと聞きましたです。なんでも、魔法少女を襲おうとした人を、魔法を使わずに蜂の巣になるまで刀で刺し続けたとか……です」
「それは怖いというか、軽く犯罪者じゃないかな」
杉沢の言うことが本当ならば、海斗は怖気ずにはいられない。それこそ、海斗は一般人だからといっても殺されないという保証はどこにもないのだ。
そんな海斗に安良里が囁く。
「海斗君。彼女は君のような人間が大っ嫌いだから気をつけたまえ」
「それはどういう意味で、ですか?」
「簡単に言うと、殺されないように気をつけろっていうことさ」
「魔法を使う人間相手にどうやって気をつけろって言うんですか……」
そんな文句を募らせながら、海斗達は遂に到着した。
目前にそびえる、高級そうな木製の扉。ドアノブは金色でよく磨かれている。かなりの掃除好きなのか、ドアノブを触っただけでも怒られそうだ。
安良里は、二回ノックをすると、扉の向こうから「どうぞ」と声がかかる。そのまま、扉を押し開いて安良里が入ると、海斗達も続く。
「失礼します」
全員がそう言いながら入る。
海斗のイメージでは部屋は、どこかの社長部屋みたいなのかと思っていた。だが、現実は違くて、玩具箱をひっくり返したかのような部屋だ。玩具と言っても、ほとんどが縫いぐるみなのだが。
部屋の隅には本棚があって、資料が並べられていた。そこらへんは総監督教授だということか。
奥にある高級そうな、一人掛けの革ソファがくるりと反転すると、そこには総監督教授の女の子が座っていた。
海斗は一瞬、身体を拳銃で貫かれたのかと思う程の威圧感を感じる。
少女は紫色のゆるふわウェーブのかかったショートスタイル。瞳はペリドットのような翡翠で、目つきは猫目なのだが鷹の爪のように鋭い。初対面の海斗は幼いと感じただろう。しかし、そんな女の子が羽織ってるのは、漫画に出てきそうな船長の白いコートだ。
あまりの威圧感に一同が黙っていると、総監督教授が口を開いた。
「……お前らが余計なことをしなければ……」
ボソリと呟かれた言葉に、安良里が顔を強張らせる。安良里の所属する第三学区で頂点に君臨する人間なのだ。怯えもするだろう。
だが、この女の子の成せる技は常識外れだ。海斗、桜子、紅葉、杉沢の四人までも、たった一言で身を震わせた。
海斗達は、百獣の王が目の前にいるかのような警戒をする。冷や汗が浮かび、背筋を伸ばすが、身体全身が強張っていた。
しばらくして、安良里が重い口を開く。
「……す、すいませんでした……」
丁寧に四十五度腰を折る安良里。それに続き、海斗達も自然と頭を下げる。
しかし、海斗達の謝罪が甘いのか、総監督教授は目尻をつり上げて、ギロリと安良里を睨みつけた。
「……謝って済むのなら、我々のような第三学区は必要ない。このような事態になったのだ、それ相応の処分は逃れられぬぞ!」
怒りが滲み出て、机をドンっと叩く。すると、机は真っ二つに割れる。
その光景を見た海斗は、生唾を飲み込み、案外蜂の巣になるほど刺されるというのは真実だったのだと自覚した。
人生終了のお知らせが海斗達に届く。
のそりと亀のように立ち上がり、総監督教授は、ぬいぐるみの山から身の丈以上もある刀を取り出した。
「……許されることではないぞ! 貴様の首を今から斬り飛ばしてくれるッ!」
まるで獲物を見つけた恐竜のように瞳を光らせた総監督教授が歩み寄ってくる。
このままだと殺される、そう感じた海斗だったが、安良里は土下座を始めた。
「私も迂闊でした! レベル九を頼ってしまった挙句、教え子に怪我を負わせ、一般人にまで迷惑をかけたのは私です! 斬るのなら、私だけで……」
必死に謝る姿は、凄まじい。安良里の精一杯の謝罪に海斗は感動した。だが、誰がどう見ても極道ものの映画のワンシーンだ。
すると、総監督教授は首を傾げる。
「……負傷? 何を言っておるのだ」
わけがわからない。そういった様子で、総監督教授は怒りを一度鎮めた。
すると、扉がノックされると、クルクルパーマをかけた金髪の女性が焦った様子で入ってくる。
「ごめんなさいっ! 連れてくる人間違えましたぁ! 美里ちゃん!」
「丁度いいところに来た。此奴らは我のプリンを食べた人間じゃないのか?」
首を傾げた総監督教授。
安良里の同僚らしき人物は、焦りながらも首を横に振る。
「違いますよっ! その人達は――――」
「じゃあ、我のレアチーズケーキを食べた奴か? それとも我のイチゴを食べた奴か? それとも葡萄の粒を一つ持ってった奴か? どちらにしろ、此奴らは打ち首決定じゃああああぁぁぁっ!」
刀を振り上げた総監督教授。
慌てて海斗が飛び出し、安良里を斬ろうとする総監督教授を止めようとした。
だが、その同僚は呑気に息を整えている。
――――あんた、僕達を助ける為に来たんじゃないの!?
内心でツッコミを入れた海斗は、間近に迫る刀に息を詰まらせた。
死ぬ、そう思った瞬間に、安良里の同僚らしき人物は笑って答える。
「その人達は、美里ちゃんの朝食を食べた人じゃないですよっ!」
それを聞いた美里、と呼ばれた総監督教授はピタリと刀を止め、女性に視線を移した。
「それは本当か!?」
「はい! だから、すぐに人を斬る癖を直してくださいっ」
海斗は助かったと思いながら、肩の力を抜いた。
安良里も頭を上げ、桜子達も溜まっていた息を吐き出す。なんだか、一気に疲れた気分だった。
しかし、美里はまだ不機嫌だ。
「……おい、美舞。お主こそ、我をちゃん付けで呼ぶでないっと、常々言っておるじゃろうがぁぁぁぁあ!」
「あ、ごめんなさい! 美里ちゃん」
「直せと言っておるじゃろうがぁァァァァッ!」
怒った美里に、美舞と呼ばれる女性は蹴られて吹き飛んだ。
何の茶番なんだろうか。そう思った海斗だったが、何も言わないでおいた。
余談だが、美舞の口元にはレアチーズケーキとプリンと葡萄の食べカスがついていたのを、美里を除いて皆知っていた。




