聖剣紛失5
大雨の中、第五学区魔法救護学科の人間が到着し、海斗達の傷を魔法で癒した。
第五学区の病院に運ばれた海斗、桜子、紅葉、杉沢の四人だったが、海斗だけが重症で入院となる。
雨も今や止み、夜風が窓から流れ込んできた。
そんな中、海斗の病室では多くの人間が集まっている。
壁に背を預けた安良里に、パイプ椅子に腰かけた桜子と紅葉。その視線を集めているのは杉沢だ。
安良里は、爆破されたロイヤル・ナイツでの出来事を聞くという事で海斗の病室にいる。
ロイヤル・ナイツの事だが、あの場にいた学生は紅葉以外は帰省してるらしく、怪我人はほんの数人だけに留まったのだ。
重苦しい空気の中、杉沢が口を開いた。
「……皆さん、まずは迷惑をかけてすいませんでした」
落ち着きを取り戻した杉沢が頭をぺこりと下げる。
その姿を見た海斗以外の一同は、依然険しい表情を崩さない。
誰も言葉を発さなく、杉沢は頭を上げると話しだした。
「……信じてもらえないかもしれないですけど、全部、馬原先生にお願いされた事なんです……」
か細い声で告げた杉沢。
しかし、厳しい口調で安良里が間髪いれずに言葉を挟む。
「馬原がそんな事をするとは思えない。苦し紛れの言い訳をするのなら、もう少し考えてくれ」
続いて桜子、紅葉が言う。
「そうです。誰だか分かりませんが、先生を犯人に仕立て上げるのは小学生のすることですよ」
「海斗に免じて、証言をさせてやってるんだ。少しは本当の事を言ったらどうだ」
桜子と紅葉の服装は、第五学区の医療魔法生の制服、ナース姿である。多分、私服が燃えてないのだろう。しかし、紅葉はキチンと身だしなみを整えていた。
そんな三人が責めるので、杉沢の瞳が揺らぐ。
海斗は慌てて、説明を始める。
「ちょ、ちょっと待ってくれないかな! 皆、杉沢さんを責めるのは筋違いだよ!」
「ですが、お兄様。どう考えても嘘にしか見えないんですけど」
「桜子。そう言いながら注射を出すのは止めようね」
ナース姿で注射を弄る桜子。確かに美人、美人なんだけど、それは今必要ない筈だ。
海斗は気を取り直して説明を始める。
「皆、考えてみようよ。もし、自分が最強の聖遺物という名の武器を手に入れたら、使いたくなるよね?」
「ええ、まぁお兄様に立派な姿を見てもらう為に、とりあえず学園最強のお姉様を殺します」
「ああ、アタシも生意気な妹をぶっ殺すと思う」
「二人ともいい加減にしてれないかな……」
早くも喧嘩ムードの桜子と紅葉。
だが、安良里は真剣に考えていたようで、真面目に返す。
「……確かに見せびらかしたいし、本当に力があるのか試すだろうな」
「ですよね」
安良里は、だが、と付け足す。
「もし、聖剣エクスカリバーを持っている事を知られたら、それこそ桜子や紅葉に殺されるのは目に見えている。だから、私だったら使わない」
「それもありますね」
「何年教師をしていると思ってるんだ」
偉そうに笑いながら安良里は胸を張る。その姿が気にくわないのか、桜子と紅葉の視線は安良里に向かった。
「皆、僕はハッキリ言います。間違いなく犯人は馬原先生だと思っています」
桜子と紅葉、安良里の三人は、杉沢を庇ったのかと思い溜息を吐く。
「お兄様、悪いですが、どうしてもそのようには思えないのですが」
「桜子はあの場にいなかったから、わからなかったと思うんだ」
「あの場?」
桜子は首を傾げる。紅葉も同じように首を曲げた。
安良里はマズイ事を思い出したように、冷や汗を浮かべている。
「僕が、先生に聖遺物調査をされた時だよ。あの場にいたのは僕と先生、それに緑川さんと杉沢さんだったんだよ」
「でも、それだけだと犯人は馬原先生だってわからなくないですか?」
「いいや、そうとも限らないよ」
海斗は微笑みながら、説明をした。
「馬原先生と僕、それに緑川さんと杉沢さんは、楢滝の暴走で取り調べ室に呼ばれたんだ。その時、安良里先生は楢滝の暴走は、魔法陣が出てないことから聖遺物の仕業だと思ったんだ。その判断は正しくて、さっきの杉沢さんの聖遺物を見ていると、多分水属性を操る事から同じものの筈なんだ」
「……はい、確かに馬原先生から、聖遺物を使えと言われ、渡されましたです……」
杉沢が小さく呟く。
その様子を見た紅葉は、先刻の戦闘を思い出しているようだった。
「多分、それで楢滝の暴走も杉沢さんが犯人で片付けるつもりだったんだよ。それで、僕達が取り調べ室に連行されて、聖遺物がっていう説明をされて、まず僕が調査されたんだ」
「……調査されたからって、犯人が分かるとは思いませんが」
桜子は相変わらず謎に首を傾げている。
「違うよ、桜子。僕の身体から聖遺物――――聖剣エクスカリバーが取り出された後の話だよ。多分、安良里先生は僕が犯人だと、その時は確信したんだろうね。部屋に残った三人に、帰っても良いと告げた筈だ」
「よく分かったな」
「安良里先生の性格なら、そうすると思ったんで。で、肝心なところはその後で、つまり僕の身体から聖遺物か探知されたって言ったって事は、安良里先生は遠回しに僕から聖遺物が取り出されたって教えた事になるんだ」
桜子と紅葉が再び安良里をじーっと睨む。
冷や汗が滝のように流れる安良里は黙っている。
「それで、多分馬原先生は、保管場所を探して、盗んだんだよ」
「だけど、それは杉沢さんも同じようにできるんじゃないの?」
紅葉が問う。
海斗は頷いた。
「確かにこれだけじゃ、杉沢さんも犯人だという容疑は晴れない。けど、ここからが問題で、もし、僕が犯人だったら、桜子ともみねぇが住んでる家に爆弾なんて仕掛けないかな」
「え? 何でですか? 爆弾の方が威力が高い場合もありますよ?」
「違うよ。そうじゃないんだ。僕が犯人だった場合、桜子ともみねぇを殺す事を条件とするなら、まず、爆弾じゃ殺せないと判断するよ。何せ、二人はこの魔法少女学園島でもトップクラスだからね」
「「え、えへへ」」
紅葉と桜子は、照れて髪の毛を弄る。その動作が全く一緒で、本当に血の繋がった姉妹なんだなぁと思わずにはいられない海斗と安良里。
「今回のロイヤル・ナイツの爆破は、多分、桜子ともみねぇを狙ったと見せかけて、犯人を杉沢さんに仕立て上げる為の行動だったんだよ。本当に桜子ともみねぇを殺すのなら、それこそ聖剣エクスカリバーか、聖剣レーヴァティンくらいしか不可能だと思うよ」
「……それもそうだな」
安良里が呟く。
「安良里先生、杉沢さんが奪った聖遺物はいつ盗難にあったんですか?」
「え? あ、えーっと……」
突然質問をされた安良里が悩んでいると、桜子が言った。
「一週間前です」
「だよね、なら犯人が杉沢さんだったら、もう少し賢い使い方をしたと思うんだ」
「「「賢い使い方?」」」
桜子、紅葉、安良里の三人が口にする。
「ああ、最期の桜子の魔法。杉沢さんが実力的に敵わないところもあっただろうけど、それだけじゃない。僕から見て、杉沢さんは聖遺物の使い方を知らないようだったんだ。多分、実際知らないでしょ?」
「は、はい」
「犯人だったら一週間前に使ってるんだから、色々と使いようがある筈だよ。レベル八の杉沢さんなら尚更だよね」
説明を終えると、桜子、紅葉、安良里は気まずい顔つきになった。
そんな三人を見つめて、海斗は溜息を吐く。
「とりあえず、謝ったらどう? 皆」
「……で、でも、お兄様を傷づけたのは変わらないですし……」
「……海斗を守ったのはアタシなのに、何で責められてるんだ……」
「……海斗君が初めから止めなかったのがいけないんだ……」
文句を次々に言う三人。
海斗は二コリと笑って、桜子に視線を向ける。
「桜子。謝らないんなら、君の趣味を言うけど?」
「ひっ!」
「もみねぇに言っても良いんだ? あ、それとも雪那に言った方が効果的かな?」
「や、やめてくださいっ!」
「さーって、謝らないなら雪那にメールしちゃおうかなぁ。えーっと、桜子の秘密の部屋には――――」
「ごめんなさいごめんなさいっ! 謝りますから雪那にだけは言わないでくださいッ!」
必死になって謝り続ける桜子。
海斗はニコっと微笑むと次に紅葉に向く。
「もみねぇ。言ってもいいのかな」
「お、脅し? か、海斗にしてはやるね」
「何で、もみねぇがライダースーツ以外を買ったり着るのを拒むのか」
「ひっ!?」
「いいんだよね? 実はもみねぇって、自分の――――」
「待って! 待ってください! ホント許してください海斗! 今日アタシの履き立てブラジャーあげるから!」
「ちゃっかり僕を変態にしないでほしいな」
紅葉も怯える。
最期に安良里を見た。
「安良里先生。実はですね、僕の姉と妹は血の気が荒いんですよ」
「フン。子供が私に脅しとはいい度胸をしているな。これでも私は昔、レディースの関東総長だったんだぞ?」
「そうなんですか。凄いですね。で、話は変わりますけど、安良里先生。聖遺物の調査で、僕の身体舐める必要ってあったんですか?」
「ひっ!」
瞬間、桜子と紅葉の足元が、蜘蛛の巣のようなひび割れが生じる。
二人とも額に血筋が浮かんでいた。
「あれって、調査の一つなんですかね?」
「か、海斗君! とりあえず、ここは……」
「あ、もしかして、他のもですか?」
「海斗君! 悪かった! 私が悪かったぁぁぁぁぁ!」
こうして桜子、紅葉、安良里の三人を説得させて、杉沢に土下座させた。
◆
桜子と紅葉、安良里は、馬原の行方を調べる為に第三学区で、今日は泊まる事にしたようで帰路に着いた。
杉沢は、緑川の様子を見に行くと言って、病室を去ったのだ。
話をしてから数時間。
海斗は考えごとをしていた。
あれから、聞いた話で聖遺物が次々と盗難されるという事件が頻繁に起こっていたらしい。
それを聞いた瞬間に、海斗はピンときた。
馬原が聖遺物を盗み続けている犯人であれば、楢滝で出会って海斗をハメた理由も判明できる。
――――さて、どうやって、僕の生命の源を取り戻す、か。
そう考えていると、就寝時間なのに何者かが入ってきた。
その者は海斗の布団に潜りこむ。
「君は……」
「海斗、さん。さっきは、ありがとう……なのです」
杉沢が潜り込んできていたのだ。
彼女は緑川の様子を見に行っていた筈だった。
「どうしたの?」
「……ごめんなさい。私、家族が皆殺しにされるって言われて……」
「……そう、なんだ」
海斗は直感する。
杉沢は馬原に脅されたのは、自分の命だけじゃなくて家族まで狙われたのだ。そんな事を言われて脅されれば、海斗でも誰かを殺せるかもしれない。そう思った。
そう考えていると、小さくうずくまる杉沢の肩が震えているのが目に入る。
――――そうか。馬原が杉沢さんの家族を殺さないっていう保証はどこにもないんだ。
海斗はそう考えると、杉沢が魔法少女で海斗よりも強いのに、とても弱くて華奢なうさぎに見えた。
そんな杉沢を抱きしめながら、海斗は囁く。
「……大丈夫。僕達が必ず君を、君の家族を守る。約束だ」
「……海斗、さん……」
杉沢が海斗の服を強く握る。
海斗の胸に、何かが滲む。
それが涙だと、海斗は気が付かないフリをした。




