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聖剣紛失4

 馬原 秀歌は湿った空気が漂う廊下を歩いている。向かう先は自分専用の個室だ。

 扉を開けて部屋に入ろうとすると、声をかけられる。


「先生っ!」

「はい」


 振りかえると、第一学区の魔法万能科のレベル三の生徒が立っていた。

 彼女は資料を両手に多く持っている事から、秀歌に質問をしに来たのだろう。

 秀歌は生徒の雰囲気だけで、何を聞きたいのかを察して微笑んだ。


「……夏休みの宿題なら手伝わないわよ」

「そ、そんな事をお願いしに来たんじゃないです!」

「ふふ、それなら学園の外に彼氏でもできたの?」

「違いますッ! 先生はいつもからかってきますね、もう!」


 頬を膨れさせて怒る生徒に、宥めるように微笑む。


「冗談よ。で、どうしたのかしら」

「あ、実はさっき第一学区の桜子様が住むロイヤル・ナイツが爆破されたって聞いて……」


 瞬間、秀歌の眉根がピクっと動いた。

 正体がバレたと秀歌は感じてしまい、洋服の裾からナイフ形の聖遺物を取り出そうとする。

 だが、少女は苦笑いしながら口を開いた。


「先生の自宅って近いんですよね? 大丈夫かなーって思ったんです」

「え、ええ。多分、爆発の規模が小さいので、大丈夫よ」

「え? 規模?」


 秀歌は少なからず、しまったと焦るが、何もないフリを装って笑う。


「予想の話です。ま、私の家が焼かれたら、藤代さんの家に住まわせてもらうわ」

「先生と同居ですか!? 魔力溜める時どうすれば……」

「冗談よ。それよりも夏休みの宿題、頑張りなさいね」

「え!? せ、先生教えてくださいよ!」

「また今度ね」


 秀歌はそう言い残して扉を閉める。

 背中を扉に押し寄せて、安堵の溜息を吐く。

 ここ最近、自分がピリピリしているな、と思いながらデスクに向かって歩き出した。


 ミスター・ケイと出会ったのは、魔法少女が現れる数年前――――馬原 秀歌が一流大学の生徒であった頃の話だ。当時、同じサークルに所属していた秀歌とミスター・ケイは、同じ学部で同じ歌手が好きで同じ業界のバイトをしてい他ので仲良くなった。

 ミスター・ケイは頭も良く、人当たりも良くて親しまれていて人気者。だけど、本名は誰も知らなくて、両親が何をしているかも分からないような謎の多い人物でもあったのだ。

 大学卒業時は仲間と一緒にお酒を飲みに行った。その頃から、将来の夢は大金持ちになる、であったのだ。今記憶を遡ると、夢は叶ったのかなと思う。

 なにせ、ミスター・ケイは現在、世界中にマーケットを広げる人間だ。現在、世界各地にミスター・ケイブランドを展開し、多くの年齢層から支持されている最も熱い会社である。

 そんな彼と再会したのは、先月だ。

 魔法少女学園島の教職員となった秀歌は、月に一度だけ本州に帰っていた。その時、たまたま街中で出会い、カフェでお茶をしたのだ。


『俺は新たに、一般人には秘匿扱いされている聖遺物を造りたい』


 突然そう言ったミスター・ケイに驚いた。

 聖遺物は完全秘匿である。なにせ、一般人が握るだけで魔法少女と同じ力か、ランクによってはそれ以上の力を得られるのだ。そんなものがあると知られれば、世界中の人間が聖遺物をめぐって戦争が起こるのは目に見えている。

 その存在を知っているミスター・ケイは、秀歌に囁いたのだ。


『もし、聖遺物が商品化されれば、一般の人はもちろん。魔法少女の底も上がるんだ。そうなれば、君の負担も減るんじゃないかい?』


 秀歌はどんな言葉を並べられても、ミスター・ケイに魔法少女の情報を売るつもりはなかった。だが、ミスター・ケイは触れてはならないところに触れたのだ。


『もし、君がサンプルとして聖遺物を盗んでくれたのなら、最初に初号機を渡す。そうすれば、君は一番強い魔法少女――――いや魔女になれるのではないか?』


 一番強い魔女。

 その言葉は麻薬のように秀歌の脳を支配し、己の理性が欲望に負けた瞬間であった。


 馬原 秀歌の欲望。それは、数ヶ月前の入試から始まる。

 教職員として、レベル十となれる魔女として注目を集めていた秀歌。その彼女が既に注目されていた小石川 紅葉の妹、桜子の実技試験を見るのは必然だった。

 だが、所詮は中学生。手加減をしていいだろうと秀歌は考えていたのだ。

 結果は惨敗。経過時間はおよそ四秒。

 レベル八であった秀歌を一瞬にして負かし、興味がなさそうに立ち去った桜子に憤りを感じた。

 二度目、三度目と秀歌は桜子と戦う。しかし、結果は変わらず――――いや、さらに状況は悪くなっていたのだ。

 二度目の対決では三秒、三度目では二秒で桜子に完敗した。

 何度も負けるうちに、秀歌は諦め初めていたのだ。自分には強い人間が多くいると。

 しかし。


『え? あなたと三回戦ってる? ごめんなさい。私、弱い人の名前とか姿は覚えないようにしてるんです。記憶の無駄使いになりますから』


 そう言われ、秀歌の諦めていた心は憎悪に染まり、いつか小石川 桜子を殺すと誓ったのだ。

 

 そんな秀歌は、ミスター・ケイの要求を呑み、聖遺物を盗んできた。

 だが、今日。それはバレることとなったのだ。


 聖剣エクスカリバー。それはランクSの最強の聖遺物だ。

 世界では在りかが不明で、全てが謎のベールで包まれている筈だった聖遺物の情報がミスター・ケイから送られてきた。その情報では、小石川 桜子の兄だと記載されていて、彼がどこにいるのかをGPSで調べたのだ。

 そして、タイミングが良い事に魔法少女学園へと、のこのこやってきた。好機を見逃さず、秀歌は楢滝を暴走させ、自分と海斗を犯人だと半信半疑にさせ、安良里に第三学区へと連れ込ませたのだ。

 後は簡単で、海斗に容疑をかぶせ、聖遺物の調査をする。聖剣エクスカリバーを抜き出し、政府には報告せずに保管。そこを黙って盗んでいけばいいだけであった。

 しかし、緑川が現れたのだ。


 ――――ここで全てがバレれば全てが終わる。


 そう予期した秀歌は緑川を半殺しにした。

 それで終われば良かったのだ。

 だが、緑川の様子を見に来た杉沢が現れた。

 緑川が現れただけでも誤算だったのに、杉沢まで現れては困ると感じた秀歌は、杉沢を脅して使う事にしたのだ。

 我ながら名案だった。

 脅すのは簡単で『今すぐロイヤル・ナイツに爆撃魔法型アイテムを仕掛けろ。でなければ、杉沢。お前の家族を本州にいるマフィアに連絡して惨殺する』と言えば、涙を浮かべて首を縦に振った。

 脅しは効果的で、犯人が秀歌だとバレないように、もし捕まったら自分が犯人だと言えとも吹き込んだ。


 そして、ミスター・ケイは秀歌に、厄介な奴が魔法を使えないくらいに心を折れと指令が出ていた。タイミング良く全てが進み、結果は良い方向にと行ったのだ。

 あらかじめ知らされていた、聖遺物盗難組が魔法少女学園島にも到着している。

 秀歌は、盗難組が後は聖遺物を盗んで、ミスター・ケイが作る聖遺物を待てばいいのだ。

 桜子、紅葉は心が折れ、正体を知っている緑川は意識不明の重体。もう一人の杉沢は桜子の魔法により死去。聖剣エクスカリバーの所持者である海斗も死去。

 

「クククッ……」


 笑みが止まらなかった。

 ここまで事が上手く進むとは思わなかったのだ。

 あとは、心が折れた桜子を造られた聖遺物で殺すだけ。

 笑いが止まらない。


「あーはっはっはっはっはっは!」


 秀歌の笑い声が響く。

 室内は証明も点灯していなく、暗いカーテンが光という光を遮っていて、まるで牢屋のようだった。

 さしずめ、狂った犯罪者だ。




 ◆




 桜子の最強魔法は下手をすれば一国を滅ぼす。

 世界に起こる嵐という嵐を溜めた究極の攻撃魔法。

 放てば、世界中から風がなくなるとまで言われているのだ。

 ゆえに桜子の二つ名は≪風神(エアリアル・ゴッド)≫。

 そんな桜子の攻撃を受けた海斗は、笑っていた。

 片腕に抱えられた杉沢も、死んだと思っている。

 激しい風に包まれる中、海斗は呟いた。


「安心して、って言ったよね」


 突風の音が邪魔をして、声が通らない。

 けれど、海斗は言葉を続ける。


「……僕は、聖剣エクスカリバーの所有者。それは知ってるよね」


 杉沢は海斗の洋服を掴んだまま、瞼をギュっと閉じていた。


「聖剣エクスカリバーはね、七色の魔力っていうのがあって、その内の一つ。白の魔力を持ち、溜まる魔力なんだ。その効果はね、全ての魔法を吸収するんだ」


 あと、どれくらいで攻撃は止むのだろう、と海斗は思いながら続ける。


「白の魔力は全ての魔法を吸収して、己の糧とする。僕の身体はある事情で、その白の魔力がないと生きていけない身体なんだ」


 海斗は瞳を閉じて笑う。


「僕の身体には杉沢さんと同じで魔力が血として通ってるんだ。白のね」


 そう言うと、桜子の攻撃が晴れる。

 目の前に、うな垂れた桜子と紅葉が視界に映った。二人とも、海斗を己の手で殺してしまったと自分を責めているに違いない。

 だが、海斗は杉沢の頭を撫でて言った。


「僕は魔法じゃ死なないよ」


 それだけ言うと、杉沢も、紅葉も、桜子も、桜子が放った魔法では無傷の海斗に目を疑う。


「もみねぇ。桜子。忘れたの? 僕には魔法は効かないんだよ」

「お兄様……」

「海斗ぉ……」


 桜子と紅葉が涙を滲ませて、海斗の元にやってくる。

 二人とも心が折れていたせいか、死んだと思っていた海斗に駆け寄ってきた。

 だが、思い出したかのように、杉沢を睨みつける。

 海斗はそんな二人に向かって、無言で首を横に振った。


「……杉沢さんは、利用されてただけだよ」

「ですが、お兄様……」


 桜子は納得がいかないようだ。

 海斗は微笑みながら、まるで飼い犬を見つめるような瞳で、優しく撫でる。


「杉沢さん。大丈夫だよ、僕達は生きてる」

「……え?」


 ずっと閉じていた瞼を持ち上げた杉沢は、海斗の事を視界に入れた。

 優しく微笑む海斗に、思わず涙を浮かべる。


「……めんなさい……」


 掠れた声で、謝罪する杉沢。

 海斗は首を横に振った。


「僕は平気だよ。いくらか、爆発は物理的なものだったから怪我はしたけどさ、もっと先に謝る人がいるよね? 二人の家を壊しちゃったんだからさ」


 優しく海斗は杉沢に語りかける。

 すると、杉沢は海斗をぬいぐるみのようにギューっと抱き締めた。

 そして、涙も鼻水も垂れ流しながら、掠れた声で叫んだ。



「ごめんなさぁぁぁぁぁいッ! 助けてくだ……さぃッ!」




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