その扉の先は
現実世界ってのは、なんてつまらないのだろう。
どう足掻こうとも、特撮アニメのように悪役が出る訳でもないし、漫画のように超能力や魔法が使える訳でもない。突然空から女の子なんか降ってきたりしないし、そもそも落下型ヒロインとか、主人公がキャッチし損ねたら即死なんじゃねーか?
そんな事を考えていたところで、別段何かが変化する訳じゃない。結局、この世界には存在し得ない概念なのだから。
けれど、「幽霊」はどうだろう。見える人や見えない人、というのも、科学的には証明されていないが、本当にいる『らしい』。俺は後者であるが、それがいたところで見えないのならいないも同然だ。
よって、結論は最初の一言に尽きる。
そんな風に現実離れした思考に頭を働かせながら、いつもの通学路を自転車で走行する。
今日も晴れ晴れした一日だ。俺は制服を身に纏い、立ち漕ぎで運動部さながらの疾走を繰り出した。だが、すぐに信号に捕まり、止まるはめになった。残念。
「おーい!」
声がした。
振り返ると、ソイツは俺の横に走ってきた。
「おはよ、幽上君!」
「……おはよ、柴城部」
「幽上君、なんか今日早いね、何かあったのかな? さっきも飛ばしてたみたいだけど」
柴城部が俺に問う。
「ま、ちょっとだけ寝坊したかな」
「ちゃんと睡眠取ってるの幽上君。寝坊は良くないよ」
優しい言葉で俺を叱った。ごもっともです。
柴城部菜乃。
俺の幼馴染みである。可愛い容姿が特徴的で短めな髪がいつものスタイル。
ちなみに性別、男。
「……本当に、お前が女の子だったらなぁ……」
思わず考えていたことが言葉に出てしまった。うわ、やべえ。これは禁句だと決めていたのに。
「ボク、そんなに女の子っぽい、かな……」
俯いて、怒りを抑えている様子の柴城部。
「あー、い、いや! そういう事じゃなくて、その、だな……」
言い訳しようにも上手く思い付かず、結果、
「良いもん。どうせボクはこのまんまなんだろうし」
拗ねてしまった。しかもその仕草も可愛くみえて仕方ない。
すると、タイミングを図ったように信号が青になった。
「じゃ、じゃあ、俺はもう行くからな!」
俺と柴城部は別の高校に通っている。柴城部はさっきの信号を渡り、右に迂回すれば学校に着けてしまう。対して俺は、自転車でまだあと少し走らなければならないのだ。
「あ、うん、気を付けてねー!」
さっきまで拗ねていたのに、すぐに反応して手を振って見送ってくれた。け、健気だ。
そして。
これが、俺達の、この世界での最後の会話となってしまうなんて、想像もしなかった。
スピードを出し過ぎないように細心の注意をしながら、学校へと向かう。
「あと、もうちょい、だな、」
ようやく校舎が見えてきた。だが、まだ遠い。
「クソ、俺もあっちの高校が良かったっての!」
実際、俺も柴城部の通う高校に行くつもりだったのだ。
それなのに、試験に落ちて、仕方なく二度目の試験でこちらの高校に来た訳だ。もう入学して一年経つが、未だに後悔している。
何せ、遠い。
ただまあ、公立高校で俺が行けそうなのがそこしかなかったってのも理由の一つだけどな。
「あと少し……」
そんな時だった。
それは、あまりに突然の出来事だった。
扉が、俺の目の前に出現した。
「なっ……⁉」
豪奢な貴族たちの宮殿の如く、強固そうな扉が現れたのだ。
急ブレーキをかけるが、間に合わない。キキキーッッッ! と無駄に耳障りな音を立て、「ぶつかるっ!」と思ったその時。
ひとりでに、その扉が開いた。
その奥には、虚空が待っていた。
本当に、何もない。
暗闇がずっと奥まで続いてるだけ。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ⁉」
自転車と共に、俺は投げ出されるようにその虚無の扉に吸い込まれていった。