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有と空

作者:

合理主義者と厭世主義者


「もういやだ」

アキは今日何度目かの同じセリフを吐いた。

隣りでユウが本のページを繰った。

表情は相変わらず。こんなもんだって諦め顔。

……だと、アキは思ってる。

『空はこんなに青いのに私の心はどんより曇りだ。』

とアキは思って、どこかで聞いたような表現にさらに機嫌を悪くした。

「うん、それはもうわかったよ」

ユウは本から視線もあげずに極々何でもないように応えた。

ユウの機嫌はアキに左右されない。そのことがアキの機嫌を左右する。理不尽な不公平さ。

「きもちわるい。ねぇユウ。きもちわるい」

アキは眉をしかめて胸の辺りを擦った。

「そんなこと言ったって、さすったら嫌がるじゃないか」

ユウも眉をしかめた。

そんな掛け合いが何度も何度も繰り返される。

「吐いてみなよ。すっきりするんじゃない?」

ユウの口ぶりは、まるで他人事だ。

「だめよ、吐いたら負けなの」

アキはとんでもないという形相で激しく首を振った。

あたまもいたい。

「しんどくても、無理して食べたものが無駄になるのよ。私が吐く度に地球上から食料が減っていくのよ」

オーバーだなって言葉をユウはぐっと飲み込んだ。

なんだかユウが叱られているみたい。それでアキの気分はちょっとよくなる。

ほんとは地球の食料のことなんかどうでもよかったけど、もっともらしいことを言ってみたかったのだ。

「それじゃ我慢するしかないよ」

ユウはぶっきらぼう。アキのわがままにはもう慣れてしまっていて、今更真剣に構ってあげたりしない。

「ユウって“ごうりしゅぎしゃ“よね」

「そんな言葉どこで覚えたのさ」

「私だって本くらい読むわ」

「へぇ、知らなかったよ」

アキはユウの頭を叩いた。失礼ったりゃありゃしない。


「……一つ言えるのはね、僕が合理主義者だったら、今アキとしゃべってるのは僕じゃないってことになる」

痛む頭を撫でつつ、ユウも少し不機嫌になってそう言い放った。

「ほらね、世の中は不合理だからそれで当たり前なのよ」

捻じ曲がった論理でアキは自信満々、満足げに微笑んだけれど、すぐに投げやりに言い放った。

「ああいやだ、正しいものなんか一つだってないのよ。みんな役に立たない」

ユウはいよいよ面倒臭くなった。アキだって何の役にも立たないじゃないか。

「アキは厭世主義者だよ」

「なあにそれ」

「みんな悪くてだめなものって思ってるからさ」

 今読んでる本も、ちょうどそんなのだった。世の中には次から次へと悪くてだめなものができていって、皆はいらなくなったら簡単に捨ててしまう。新しいものが好きなんだ。

「アキも、そんなにいやなら全部捨てちゃったらいいんじゃない?」

本を読んでいないアキには、なんで『アキも』なのかわからなかったけれど、ユウの言い方にはよくあることだったから気にしないフリをした。

「あのねぇ、嫌だからっていらない訳じゃないの。我慢することが大事なのよ。もしものときのために」

ユウがちょっと考え込んでる。それでアキの気分もちょっとよくなる。

ほんとはアキだって我慢なんかしたくなかったけど、嫌なものを全部捨ててしまったら、きっと何もなくなってしまうから。それは怖かったのだ。

「あーそうか。要するにアキはあれなんだよ。あー……」

 節約しない人のところに現れるヤツ。何でもかんでも捨てられないで取っとくヤツ。

 だから、あんまり何も大事にしない僕のそばにいるのか。

一人納得して、ユウは微笑んだ。


そうして、アキの機嫌はまた悪くなるのだ。



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