第一話とある転校生は距離感がおかしい
とある学園の生徒、吉野響也は高校デビューに失敗したぼっち学生である。
中学時代、俺は決意した。
高校では明るく、友達をたくさん作り、充実した青春を送るのだと。
結果はどうだったか。
入学初日に無理して話しかけた相手に会話を広げられず、昼休みには机で寝たふりをし、気づけば誰からも話しかけられなくなっていた。
それから数か月。
俺は悟った。
ぼっちに必要なのは、友達ではない。友達がいなくても不自然に見えない言い訳である。
そして今日も、俺は一人で学校生活を送っている。
そんなある日、俺のクラスに一人の少女が転校してきた。
眼鏡をかけ、どこかおどおどした様子で自己紹介をする少女。
俺は彼女を見て、確信した。
(……同類だ)
そう、俺と同じオーラを感じる。
間違いない。絶対陰キャだ。
俺は心の中で、初めて彼女に親近感を覚えたのだった。
~放課後・文芸部~
響也「部活、行くか……」
俺は教室に残っているクラスメイトたちの楽しそうな会話を背に、そそくさと教室を出た。
ちなみに、俺が所属している文芸部は、部員が少ない。
正確に言えば、俺と先輩くらいしかまともに活動していない。
最高だ。
余計な人間関係もないし、無理して会話をする必要もない。
俺にとって、ここは数少ない安息の地だった。
ガラガラッ。
響也「お疲れ様です」
先輩「おう、吉野。ちょうどいいところに来たな」
響也「……何ですか?」
部室に入ると、先輩の向かい側に見覚えのある少女が座っていた。
朝、転校してきたあの眼鏡の少女だ。
響也「あれ? この子、入部希望ですか?」
先輩「そうだ。今日からこの文芸部に入部してくれる吉野結衣くんだ。仲良くしてやってくれ」
結衣「はい、よろしくお願いします」
結衣は丁寧に頭を下げた。
結衣「先輩、そちらの方はどなたでしょうか?」
先輩「ああ、こいつも同じクラスだぞ」
響也「俺は吉野響也だ。一応、同じクラスでやらせてもらってる。よろしく頼む」
結衣「吉野……?」
響也「ん?」
結衣「あっ、朝の!」
響也「……ああ、そうだな」
(危ない。朝、同じクラスにいたことを忘れられていたら、地味に傷つくところだった)
結衣「よろしくね、響くん!」
響也「……え?」
(いや、待て)
(今、なんて言った?)
響也「……俺のこと、名前で呼ぶのか?」
結衣「うん。だって、同じ吉野だし、名前で呼んだほうがわかりやすいかなって」
響也「いや、名字でいいだろ」
結衣「えー、そう?」
響也「そうだよ」
結衣「じゃあ、響くん!」
響也「人の話を聞け!」
先輩「ははは、仲がいいな、お前ら」
響也「どこがですか!?」
(違うんです、先輩。俺はただ、平穏な部活動を送りたいだけなんです)
(それなのに、なぜ入部初日からこんな面倒なことに……)
結衣「ふふっ」
(……まあ、別にいいか)
(どうせ部活以外で話すこともないだろうしな)
このときの俺は、本気でそう思っていた。
~部活終了後~
先輩「じゃあ、今日はここまでにするか」
結衣「ありがとうございました!」
響也「お疲れ様でした」
俺はいつもどおり、誰よりも早く帰る準備をした。
部活が終わったら帰宅。
帰宅したら夕食。
その後は読書かゲーム。
完璧なスケジュールだ。
結衣「あ、響くん!」
響也「……何だ?」
結衣「一緒に帰ろう?」
響也「……は?」
結衣「帰る方向、一緒みたいだし!」
響也「いや、別に一緒に帰る必要ないだろ」
結衣「でも、同じ方向だよ?」
響也「……まあ、そうだけど」
(断る理由を探すのも面倒だな……)
響也「好きにすれば」
結衣「うん!」
こうして俺は、転校生と一緒に帰ることになった。
……いや、違う。
俺は一人で帰っている。
たまたま同じ道を歩いている人間が、隣にいるだけだ。
そういうことにしておこう。
結衣「響くんって、いつも文芸部にいるの?」
響也「まあな」
結衣「本、好きなの?」
響也「普通に」
結衣「私も好き!」
響也「……へえ」
会話が続かない。
いや、続ける気がないわけではない。
ただ、何を話せばいいのかわからないのだ。
そもそも、俺は普段から人と話さない。
クラスメイトとの会話なんて、最後にしたのがいつだったかすら覚えていない。
(頼む。質問してくれるのはありがたいが、俺に会話を広げる能力はないんだ)
結衣「私ね、昔から本を読むのが好きで――」
響也「……そうなんだ」
結衣「うん! 特に恋愛小説が好きなんだ!」
響也「……恋愛?」
結衣「うん!」
響也「……そうか」
(恋愛小説が好きな陰キャ……?)
(いや、別におかしくはないか)
結衣「響くんは?」
響也「俺はミステリーとか、ファンタジーとか……」
結衣「へえ! 今度おすすめ教えて!」
響也「……気が向いたらな」
結衣「約束だよ?」
響也「約束はしてない」
結衣「ふふっ」
(……なんなんだ、こいつ)
~帰り道~
結衣「あ、私の家、こっちなんだ」
響也「……え?」
結衣「響くんもこっちなのね!」
響也「まあ、俺の家もこの先だからな」
結衣「そっか!」
響也「……じゃあ、俺はここだから。また明日」
結衣「うん! また明日ね、響くん!」
俺は軽く手を振り、その場を離れた。
(……疲れた)
たった十数分の会話で、ここまで疲れるとは思わなかった。
やっぱり俺には、一人でいるのが向いている。
他人と話すのは気を遣うし、沈黙が続けば焦るし、相手の反応を考えるだけで頭がいっぱいになる。
(明日からは、いつもどおり一人で帰ろう)
(そもそも、あいつだって俺と仲良くなりたいわけじゃないだろうしな)
そう結論づけて、俺は家に帰った。
このとき、俺はまだ知らなかった。
翌日、俺の平穏なぼっち生活が、さらに脅かされることになるとは。
~翌朝・教室~
俺はいつもどおり、始業時間より少し早く教室に入った。
理由は簡単だ。
早く来れば、教室に人が少ない。
人が少なければ、挨拶をする必要もない。
誰かのグループに入るタイミングを考える必要もない。
つまり、精神的に楽なのだ。
俺は自分の席に座り、スマホを取り出した。
今日も平和だ。
そう思った、そのとき。
結衣「響ちゃーん! おはよう!」
響也「…………は?」
教室の入口から、昨日の転校生がこちらに向かって手を振っていた。
しかも、満面の笑みで。
響也(……誰だ?)
いや、知っている。
吉野結衣。
昨日、文芸部に入部してきた少女だ。
問題は、なぜ俺に向かって走ってきているのかということだ。
結衣「おはよう、響ちゃん!」
響也「……お、おう。おはよう」
(待て待て待て)
(俺は今まで、朝の教室で誰かに挨拶されたことなんてほとんどないぞ)
(それなのに、なぜこいつはこんなに自然に話しかけてくるんだ?)
結衣「ねえ、響ちゃん。今日も一緒に部活行こうね!」
響也「……いや、部活は放課後だろ」
結衣「うん!」
響也「……今、朝だぞ?」
結衣「知ってるよ?」
響也「…………」
(ダメだ。会話が成立しているようで成立していない)
そのとき、教室に入ってきた男子生徒が俺たちを見て、足を止めた。
枝「……え?」
枝は俺と結衣を交互に見た。
枝「吉野、お前……転校生と知り合いだったの?」
響也「……昨日、文芸部で会っただけだが」
枝「へえ……」
その目には、明らかな好奇心が浮かんでいた。
響也(やめろ。その目をするな)
(俺と女子が話しているだけで、何か特別なことが起きていると思わないでくれ)
枝「お前、いつの間にそんな仲良くなったんだよ?」
響也「仲良くなってない」
結衣「えー? 私は響ちゃんと仲良くなりたいよ?」
響也「余計なことを言うなぁ!」
枝「……マジか」
響也「違う! 誤解だ!」
枝「いや、俺は何も言ってないけど……」
響也「その顔が言ってるんだよ!」
枝はニヤニヤしながら自分の席へ向かった。
俺は机に突っ伏した。
(終わった……)
(俺の平穏な学校生活が、終わった……)
結衣「響ちゃん? どうしたの?」
響也「……頼むから、その呼び方をやめてくれ」
結衣「えー、かわいいのに」
響也「俺はかわいくない」
結衣「じゃあ、響くん?」
響也「……それなら、まあ」
結衣「ふふっ。よろしくね、響くん!」
響也「……おう」
(……まあ、名前で呼ばれるくらいなら、別にいいか)
(ただし、これは友達になったということではない)
(俺はぼっちだ)
(昨日も、今日も、明日も――)
結衣「響くん! 今日のお昼、一緒に食べようね!」
響也「…………」
(……明日も、ぼっちでいられるのだろうか)
俺はまだ知らない。
この少女が、俺のぼっち生活にどこまで踏み込んでくるのかを。
そして何より――
俺自身が、彼女を本気で拒絶できるほど、他人に慣れていないということを。
第1話 完。




