婚約破棄されたロザモンドと、悪役令嬢A・B・C
◆王太子の婚約者、ロザモンド
「……王太子殿下、今、あなた様は、わたくしに何を言いました?」
「うん、だからね、ロザモンド。あなたには側妃になってもらって、ミミアを正妃にしようと思う」
「ミミア様……というのは、近ごろ王太子殿下が懇意にしている男爵令嬢のことですか?」
「うん」
十年間、努力した。
早朝から深夜まで。
王太子妃、そして後の王妃になるために。
王太子妃教育は厳しかった。
何度も泣いた。
それでも歯を食いしばって努力した。
つらい時も、顔には笑顔を浮かべた。王太子殿下をお支えするためならば……と。
でも、王太子殿下。あなたは何の努力もしていない小娘を、伴侶として選ぶのね……。
「ミミアはね、笑顔がかわいいんだ」
そうですか。
「癒される」
は? 癒し?
「ほっとする」
これが王太子の発言なの?
「ロザモンド、君の隣は、背筋は伸びるが緊張しかない」
はにかんだ表情で、王太子殿下はべらべらと聞かれていないことをしゃべり続ける。
「だから……、ロザモンド。君には正妃ではなく側妃となってほしい。君の努力は政務という形で活かすから」
努力。
わたくしの十年間。
「十年間、王太子殿下をお支えするために過酷な教育受けてきたわたくしを側妃にして、何の努力もしていない小娘を正妃にすると。面白くも何ともないご冗談ですわね」
「冗談ではなく、ボクにはミミアの愛らしさとロザモンドの献身が必要なんだよ」
「まあ、厚顔ですね」
馬鹿馬鹿しくて、わたくしは冷笑した。
「え? 今何と言った?」
「厚顔ですねと申し上げました。ああ、欲張りと言ったほうが分かりやすいですか?」
「えーと、ロザモンド。君は側妃になるのは嫌なのかい」
「当然です」
王太子殿下は首を傾げながら少し考えた後、言った。
「ロザモンド。君を正妃にして、ミミアを側妃にすればいいのかな? ミミアはボクの唯一になりたいって言うんだけど、ミミアに政務は無理だから。もし、ロザモンドが側妃で納得できないのなら、ミミアを説得してもいい」
「どちらもお断りですわ。わたくしは夫となる者を他者と共有する趣味はございません」
付き合っていられない。
わたくしは席を立った。わたくしの侍女が、椅子を引き、護衛たちがさりげなく、わたしの左右に立つ。
「婚約破棄の手続きは父にお願いいたしますわ。わたくし、これ以上あなた様にわたくしの貴重な時間と努力を無駄にされたくございませんから」
学園内のカフェには大勢の生徒や護衛や侍女がいる。それからカフェの給仕や清掃などの使用人も。
こんな場所で正妃だの側妃だの話をする王太子殿下の考えなしにも困ったものだ。
そんな頭のお軽い王太子殿下をお支えするために、これまでわたくしがどれだけ苦労したのか。
王太子殿下はきっと考えもしない。
わたくしの献身はあって当然。
その上でミミア様とやらからの癒しも欲しい。
「厚顔で、欲張りな上に、甘ったれですわね」
ボソリと漏らしたわたくしの言葉は、わたくしたちの側の席に座っていた生徒や給仕の者にはっきりと聞こえただろう。
もう別に構わないけれど。
「失礼します。今後はわたくしの父とお話し下さいませ」
そのまま、わたくしは王太子殿下をカフェに残したまま、その場を去った。
七日後、あっさりとわたくしと王太子殿下の婚約は破棄となった。
もちろん王太子殿下の有責だ。
賠償として王太子領だったとある土地の一部をもらった。まあ、この程度でわたくしの十年が取り戻せるとは思わないが。王家から賠償を示してもらうことで、婚約は王家側の瑕疵であると示せる。
今後、わたくしは王太子にも王家にも関わることなく自由に生きる。
◆悪役令嬢A アルマ
「ロザモンド様との婚約が破棄になったから、私に婚約の打診ですか?」
「そうなんだよ、アルマ嬢」
私はムッとした。
王太子殿下のご尊顔を、ロザモンド様の後ろから眺めたことは何度もあったけど、挨拶以外の会話で、私が前面に出て話すのは今日が初めて。いくら王族とはいえ、いきなり名前で呼ぶのは失礼だわ。
「王太子殿下、申し訳ございませんが、私のことはパウエル伯爵令嬢と家名でお呼びくださいませ」
「え⁉」
「ほぼ初対面の人間に対していきなりファーストネームを呼ぶとは……。失礼でございますわよ?」
「えっと、だって、今お見合いをしているんだよ? 今後は君がボクの婚約者になるんだし……、名前で呼ぶくらい……」
私は王太子の言葉を遮ってやった。
「それは、見合いの後、婚約を結んだ場合でしょう? 王家のお顔を立てて、王太子殿下とのお見合いには臨みましたが……。私はですね、王太子殿下が私の申し上げる条件を二つとも叶えていただかない限り、婚約はお断りする所存でございますわ」
「え……断る?」
どうして? と言わんばかりの表情。
「だって、私、ロザモンド様とはとっても仲良しですもの。そうね、僭越ながら、親友と言ってもいいかもしれませんわ」
「親友……」
「ですから、私、王太子殿下が許せませんの。でも、王家からの懇願ですから、お見合いは断り切れませんでした」
もう間もなく、私たちは貴族学園を卒業する。
つまり、高位貴族の令嬢はほとんどが婚約者を持ち、卒業後は比較的すぐに結婚式を挙げる。
私は、将来王妃となるはずだったロザモンド様を支えるため、側付となることを望んでいた。そのため、婚約者を作らなかった。
婚約者が居なかったことが仇になった。私に王太子殿下との見合いの話が回ってきてしまったのだ。
一応、私の家が伯爵家とはいえ侯爵家にも負けず劣らず裕福であるという点も評価されたのかもしれないが。
「まあ、断れないのならと、条件をつけさせていただきましたの」
「条件……」
「ええ。一つ、夜会、もしくは卒業パーティなど大勢が集まる公の場で、王太子殿下が、床に手をついてロザモンド様に対し謝罪すること」
「はあ⁉ 謝罪? しかも、王太子であるこのボクが床に手を……?」
冗談じゃないと言わんばかりの顔。
もちろんこの程度で済ます気はない。
「ロザモンド様の十年間の努力を無駄にしたのですから、このくらいは当然ですわね。賠償として王太子領を差し出した。そんなものはロザモンド様のご実家の益にはなっても、踏みにじられたロザモンド様のお心の慰めにはなりませんもの」
謝れ。
誠心誠意謝れ。
それができないのなら、大勢の前で、ロザモンド様に対して形だけでも頭を下げろ。
「それから、二つ目。ミミアとかいう名前の毒婦を公開処刑にすること」
「こっ!」
王太子殿下が目を見開く。私の言葉が信じられないとばかりに。
「王太子殿下とロザモンド様のご婚約は、王命によるもの。それを破棄させた毒婦ですからね。万死に値いたしますわ」
はくはくと、王太子殿下の口が動く。動くけれど、言葉を発することはできない。
「この二つの条件を満たせるのなら、私は王太子殿下の婚約者になりますわ」
できるわけはないでしょうけれど。
ふふん、と私は冷笑した。
王太子殿下の真っ青な顔、そして、額から流れる汗。
ふん、ざまーみろ。
まあ当然、甘ったれた性根の王太子殿下が二つの条件を満たすことはできず。私との見合いは破談になった。
◆悪役令嬢B ベニシア
「ごきげんよう、王太子殿下」
「ベニシア嬢……。ボクとのお見合いを受けてくれてありがとう」
あたくしはくすっと笑う。
だって、王太子殿下の顔には憔悴が見える。
当然か。
ロザモンド様との婚約が王太子殿下の有責にて破棄になり、次の見合い相手に選ばれたアルマ様が出された条件は叶えることが出来ずに破談になり。
あたくし、ベニシアのところまで見合いの話がやってきたのだから。
「挨拶だのなんだのと時間を無駄にするのはあたくし嫌いなの。条件を二つ申し上げますわ。それが叶えられないのなら、このお話はなかったことに」
条件が二つというあたくしの言葉に王太子殿下の身体がびくっと震えた。
アルマ様のことでも思い浮かんだのだろう。
「ああ、別にミミアとかいう女を処刑しろとまでは言いませんよ」
あからさまにほっと胸を撫でおろすけど……ふふん! 安心するのは条件を聞いてからにしなさいね。
「一つ、あたくしと王太子殿下は閨を共にはしない。あたくしは名目上の王太子妃になるけれど、白い結婚を一生涯突き通してもらう。可能な限り、距離を開けて肉体的な接触は絶対にしない。エスコートも不要」
「な、何だと……⁉」
「当たり前でしょう? ミミアとかいう毒婦と殿下は何をしたのか分からないもの。はっきり言って気持ち悪いのよ」
「な、何をしたって……、ボ、ボクはミミアと手を繋いでキスをしたけど、それ以上はしていないっ!」
でも、これからの未来では、あれこれとするわよね?
「殿下は豚とキスが出来ます? 蛙はどうです? 汚物塗れの美女と同衾できます?」
「は?」
「ミミアなどという汚物と触れ合った男。それがたとえ王太子殿下だとしても、あたくし気持ちが悪くて。できればテーブルを共にもしたくはないですわね。エスコートなどされた日には、殿下が触れた手を消毒しなければ、なんらかの病気をもらうやもしれませんし、気色悪くって!」
ホント気持ち悪い。今、テーブルを挟んで向こう側とこっち側にいるけれど、その距離すら不快なのだ。
「それからもう一つ。あたくし、王太子妃としての社交程度は行っても構いませんけど、王太子殿下のご政務は一切手伝いませんわ。婚約者なのだからこのくらい……と言いつつ、貴族学園での課題も、王太子が行うべき慰問活動なども、何もかもロザモンド様にお任せしていたようですが、あたくしはお断り。政務はすべてミミア様にお頼みになって?」
「ミ、ミミアは……男爵家の娘で、王太子妃となる勉強など今までしていないから……無理だ。彼女には、ボクを癒してもらう仕事が……」
「あら? あたくしだって、王太子妃になるべき勉強など全くしておりませんわよ? スタートはあたくしもミミアとかいう女も同じだもの」
「で、でもっ! ベニシア嬢は貴族学園の成績も優秀だから、王太子妃教育もすぐに覚えられるだろ?」
「王太子殿下は阿呆なんですの? ロザモンド様という最高に優秀な方が、十年かけて覚えたことを、あたくしがすぐに覚えられるわけはないでしょう? ロザモンド様が十年で覚えたことなら、あたくし程度では二十年はかかります。ですから、ロザモンド様を蹴落としたミミアとかいう女が責任を持って、ロザモンド様以上の淑女として、社交界に君臨なさればよろしい」
できるわけはない。
男爵家の娘。
しかもミミアなんて名前は、貴族学院の定期試験での成績上位者名簿には載ってはいない。
馬鹿が十年だろうと二十年だろうと、努力しても、ロザモンド様の高みに届くわけはない。
だから、あたくしという成績優秀者に王太子妃としての政務を行わせようとしているのだろう。
誰が、そんなもの、引き受けるか。
「あたくしは、王太子殿下の政務を一切引き受けない。ミミアとかいう女のために、指一本動かさない。それでいいのなら、名目だけの婚約者は引き受けてあげますわよ?」
当然、あたくしとのお見合いも、破談になった。
◆悪役令嬢C キャスリーン
「ごきげんよう、王太子殿下。この我との見合いとは、はっはっは! 随分と剛毅だな!」
「え、ええと……キャスリーン……、ああ、いや、フィッツロイ辺境伯令嬢。見合いを引き受けてもらって感謝する」
モヤシ……、いや、蛇に睨まれたカエルのような王太子殿下。
せっかくの美形が台無しだな。
「はっはっは! いやなに。とりあえず、我は辺境育ちだからな。薔薇園のガゼボでウフフアハハとお茶をいただくなんてことをしていると、尻がむず痒くなる。さ、行こうか」
「ど、どこへ?」
「決まっている。練兵場だ。使用許可は取ってあるし、その他の準備もすでに整っている」
おどおどする王太子殿下の右腕を取り、引きずるようにして練兵場へと連れていく。
そこには我が私兵を円の形に並ばせてあり、我は王太子を引きずったまま、その円の中心にやってきた。そして、剣を二本用意させる。
「さあ、殿下。剣を取れ」
「け、剣って……」
「ああ、もちろん婚約を引き受ける条件だな。この我と剣での試合を行い、我に一本でも入れることはできれば、我は殿下の婚約者となろう」
鞘に入ったままの剣をぎゅっと握って、王太子殿下は「無理だ……」と後ずさったが。
我が私兵は、王太子殿下が逃げるのを許さない。
「さ、王太子殿下。女に負けるほど弱くはなかろう。一応見合いだからな。この我も今日ばかりはドレスにハイヒールだ。圧倒的に王太子殿下が有利だぞ?」
剣をすっと構え、その剣先を王太子に向けてやる。
それだけで王太子は「ひいっ!」と叫ぶ。
「さ、いざ尋常に勝負!」
そのまま、我は王太子に向かって剣を振り下ろす。
とはいえ、怪我はさせない。そんなミスは犯さない。
王太子が抱え込んでいる剣に我の剣をぶつけてやるだけだ。
それでも、衝撃は大きかったようだ。
ガツーン、ガツーンと、剣に剣をぶつけてやれば、それだけで王太子は白目をむいて、練兵場の地面にバッタリと倒れた。
当然破談だな。
◆ロザモンドと三人の悪役令嬢A・B・C
「もう! あなたたち、やり過ぎよ? 王家から咎められでもしたらどうするの?」
わたくしのマグワイア侯爵領とアルマのパウエル伯爵領は隣接していて、ベニシア嬢の伯爵家とキャスリーン嬢の辺境は隣接している。
幼いときからの、わたくしの親しいお友達。
わたくしのために、王太子殿下を咎めてくださったのだ。
「ええー? 別に大丈夫ですよ。何にも実行はしていませんし、私とベニシア嬢は条件を提示しただけですもの」
「手を下したというのなら、キャスリーンよねえ。でも……」
「剣で鞘をたった数回叩いただけだ。それで気絶する王太子が弱すぎるのでは?」
「あはははは、モヤシ殿下、みっともなーい」
「あたくしたちの敬愛するロザモンド様を侮辱するからですわ。ざまぁみろ!」
ひとしきり笑いあった後、アルマ、ベニシア、キャスリーンがわたくしを期待に満ちた目で見てきた。
「それで、ロザモンド様。いつ王家を打倒します?」
「あたくしたちの準備はすでにできておりますわよ」
期待に満ちた目で、見られてもねえ……。
「わざわざあたくしやお父様が手を下さなくても、王太子殿下がアレですからね。勝手に自滅すると思うのよ」
「……自滅はつまらんな」
キャスリーンが「ウーム」と腕を組む。
「あ、思いつきましたわ!」
アルマが、ポンっと手を打った。
「最近下々ではざまぁというモノが流行っているそうですわ」
「ざまぁ?」
「ええ! 王太子や身分の高い侯爵令息が、平民や下級貴族の娘と恋をして、高位貴族の婚約者との婚約を破棄する」
「何それ。そんなものが流行っているの?」
「らしいわ。で、ね。婚約破棄をされた傷心の高位貴族のご令嬢は、そこでめげないの。あれやこれやの手段をもってして、王太子や平民娘に仕返しをして、令嬢はしあわせになるの」
「まあ!」
「素晴らしいわね!」
「だからね、今回の王太子殿下と私たちの顛末を、小説や演劇にして流行らせたらどうかしらってね」
「それはおもしろいわねぇ」
「王家や王太子が勝手に没落するまでの暇つぶしだけどね」
「ああ、暇つぶしというのであれば、我と手合わせをして失神した王太子の絵姿でも描かせて売るか」
「売れるかしら?」
「美形の王太子殿下、失神したまま失禁した姿なら、どうだ?」
「いやあねえ、キャスリーン。ちょっとお下品よ」
「売れなかったら、テキトウに王都や他国にばらまけば良い」
「うふふふふ。ばらまくのはアリかもね」
わたくしたち四人は、楽しくお茶を飲みながら、あれこれと考えを出し合う。
わたくしたちやわたくしたちの親にそっぽを向かれた王家など、すぐに没落するだろう。
しなければ、親たちや兄たちが、没落に向けて動くに違いない。
それまでの間、わたくしたちはこうやって四人で集まり、途中経過を、顛末を、ちょっとしたいたずらを、お茶を飲みながら楽しみましょう。
終わり




