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23話 前へ 3

 彼女の必死な笑顔を見て、胸がちくりと痛む。ほんの少し前の自分が、そこにいる。男の僅かな関心を引くために、プライドを捨てて……いや、プライドを捨てる感覚さえなく、ただ全てを受け入れていた自分。


「綾乃、こっち」


 背中に添えられた手。 以前なら誇らしく感じたその重みが、今はただのかせのように重苦しくて、思わず身をよじった。


「卓也、前行って」


 わたしは、手を軽く振り払い、先を歩くように促した。


「え? ああ」


 卓也は一瞬戸惑った様子を見せたが、わたしの前を歩き出す。彼の背中を見ながら、わたしは皮肉を込めて問いかけた。


「それにしても、秘書やら受付やら、会社の近いところに手を出して、よくトラブルにならないわね」


「……はっ」


 彼は振り返りもせず、自信満々に笑い飛ばすような声で答える。


「どの女にも本気じゃないからじゃない? 俺はみんなに平等だよ。どうせ向こうだって、金目当てだろ。愛情や結婚をちらつかせたりしないから、誰も本気で粘着したりしない。まあ、俺は避妊に気を付けてるから、そうそう『妊娠した』なんて言って捕まらないけどね」


「狙われる側……ね」


「そりゃそうだろ。年に億単位で稼ぐんだから。俺と付き合えば、贅沢な旅行も、ブランド品も手に入る。それを提供する代わりに、彼女たちは俺の欲求を満たす。等価交換だよ」


 卓也は、まるで太陽が東から昇るのと同じくらい当然のことだと言わんばかりに、そう言い放った。「女は金に寄ってくる」——そう断言して(はばか)らない。


 この男はこの社会のヒエラルキーの頂点に立ち、その足元には、莫大な富と権力を求めて女性たちが群がってくる。女性とは、その庇護を求め、甘い蜜を吸うために集まるものだと、心底信じているのだ。


 卓也と一緒にいる間に何度もその言葉を聞いて、いつの間にかわたしもそれを信じていた。我ながら、なんとも流されやすい。そして、なんと浅はかなのだろう。


 大きなため息を一つだけ残して、ボタンも存在しないエレベーターに乗り込んだ。

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