表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

88/138

22話 ガラスの靴を脱いだあと 2

「珍しいわね。綾乃ちゃんがそういうお顔するの」


 その言葉にふと顔を上げて小百合さんの顔を見ると、なぜか眉根を寄せている彼女の笑顔があった。


「卓也さんと行ったんでしょう?」


「いえ、直前で来られなくなって」


「またなの? 卓也さんは本当にわからない人ね」


「でも、あの人が来られなかったから、一人でハワイに行くことができて、素敵な出会いがたくさんありました」


「……そう」


 それは嘘偽りのない本心だった。出張だと直前になってキャンセルした卓也への不満は、もはや一片もない。むしろ、彼が来られなかったおかげで、自分にとって本当に大切なものを見つけることができたのだから。


 思い出が眩しすぎて、今でも目が(くら)みそうになる。太陽の光を浴びたビーチの輝き、波の音、甘い潮風、そして何よりも、彼の笑顔。(まばゆ)くて、温かくて、かけがえのない時間。


「本当にいい人と出会ったのね。綾乃ちゃんがそういうお顔するところなんて、中々見られないわ」


 小百合さんが可笑しそうに笑うから、なんだか恥ずかしい。自分では気づかないうちに、そんなにも表情に出ていたのだろうか。


 頬に両手を当てて、「どういう顔ですか? そんなにニヤついてます?」と聞いたら、「違うのよ」とまた可笑しそうに言う。


「嬉しいことは嬉しい、楽しいことは楽しい、悲しいことは悲しい、そういうお顔」


 言われて初めて、ハワイでの日々を思い返した。確かに、あんなに大声で笑ったり、人前で泣いたりしたことは、大人になってから一度もなかった。感情の蓋を開けてくれたのは、間違いなく彼だ。彼の前では、わたしは「ただの綾乃」でいられた。


 その事実に胸が熱くなり、わたしはそっと頬に手を当てた。 指先に触れる熱は、まだハワイの余韻を残しているようだった。


「綾乃ちゃんは、仕事以外だとまだ自分の感情を隠す癖があるから。その出会い、大切にした方がいいわ」


 その言葉を聞くだけで、どれだけ大切に考えてもらっているのかわかる。小百合さんは人生の先輩として、母のように見守ってくれているのだ。その深い愛情と、自分自身の新しい感情に、胸が苦しくなる。


「わたしね、本当の娘のように思っているの。だからね、幸せになってほしいのよ。もっと自分を大切にしてあげて。自分の気持ちを、ね。もっと泣いたり笑ったりしていいのよ」


 龍介さんに出会ってからのわたしの涙腺は本当に弱り気味で、涙もろさが龍介さん並みになったみたい。


「綾乃ちゃんが泣いたり笑ったりできる人と、一緒になってね」


 もっと泣いていい、もっと笑っていい。この言葉の意味が今ならわかる。龍介さんと出会った、今なら。


「おばさんのおせっかいだけどね。心配なの」


 小百合さんがそう言って笑うから、込み上げる熱をこらえて、「ありがとうございます」と告げる。背中に添えられた手がいつもより近く、温かく感じられる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ