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19話 二人の歌 3

 空がようやく東の端から少し明るくなり始めたころ、わたしは詞を書く手が止まった。夜通し向き合っていた紙とペンを放り出し、ベッドに戻って、ぼんやりと空を見つめた。


 この先への期待と不安が入り混じった思いを巡らせるようにして目を閉じたら、そのまま抗いがたい眠気に引きずり込まれてしまったみたいだ。次に目が覚めたら、また龍介さんの腕の中。この温もりと香りが、今のわたしのすべてを物語っている。


「詞、書いてくれてたんだね」


「まだなの。本当に、書き始めたばかりで……」


「うん、ありがとう」


 彼の手がわたしの髪を撫で、そして髪を梳くようにしてその指に絡ませたのがわかる。龍介さんに髪を触られるのは、気持ちがいい。


 龍介さんはわたしの髪を触るのが気持ちいいと言うけれど、たぶんわたしの方が気持ちいいと感じているはず。その手の動きを感じるように、目をゆっくり閉じてみる。


「どんな曲になるかな」


「……旅行中にできるかな」


「日本に帰ってからでもいいよ。家にピアノがあるから、一緒に作ろう」


 ——日本に帰ってから。さらりと告げられたその言葉に、心臓が冷たく縮み上がった。彼は、疑いもせずに「続き」があることを信じている。


 でも、わたしにはその未来が、あまりにも遠いお伽話のように思える。日本には、LegacyのRYUという、手の届かない彼がいるだけなのに。


「……ね?」


 龍介さんの言葉を疑っているわけじゃない。そういうわけじゃないのに、すぐに言葉が出てこない。無邪気な彼の問いかけに、わたしは嘘をつくようにして、深く頷くことしかできなかった。


「綾乃は千葉の……えっと、なんだったっけ?」


検見川(けみがわ)です。知ってる人は少ないですけど」


「そうそう、ケミガワ」


 カタコトの検見川(けみがわ)検見川(けみがわ)と言いながら、少しもピンときていないみたい。


 少し不思議そうにしている彼に、「幕張の隣です」と告げると、初めて場所がわかったようで、「ああ」と大きな声が彼から発せられた。海まで走って十分かからない距離だと言うと、彼は本当に羨ましそうに、「いいな」と溢した。


「稲毛の浜ってわかります? ブラックアンドの歌詞にでてきて」


「あ! わかるよ! わかる!」


「幕張の浜と稲毛の浜の間にあるのが、検見川(けみがわ)の浜です」


 彼から自然に日本に帰ってからでいいと言われるけれど、日本でもこの関係が続くのだろうか。



 日本では、こうして彼と一緒に過ごすことなんて中々できないのではないだろうか。中々会うこともできなくて、同じ世界にいるわけでもなくて。そんな芸能人と一般人との恋は、わたしと彼は、どうなっていくのだろう。


 日本でも一緒にいてくれるのだと素直に喜ぶこともできず、日本ではどうせ続かないと潔く諦めることもできず、ただ彼の言葉に曖昧な笑顔しか返せない。

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