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13話 思い出が溢れ出すとき 4

「探せたらいいんだけどな。お兄さん、名前なんていうの?」


「松嶋 俊則(としのり)です。でも、どこにいるかも……」


「……俊則?」


 彼の声が、僅かに強張った。


「……としのり……」


 何かを反芻するように、彼は兄の名前を小さく繰り返す。


「綾乃ちゃん、出身地、どこだっけ」


「千葉の美浜区(みはまく)です。美しい浜って書いて」


「……千葉」


 彼はそれだけ呟くと、暗い海を見つめたまま、ふと黙り込んだ。 その横顔に声をかけようとした瞬間、彼はハッとわたしに顔を向け、いつもの笑顔に戻って言った。


「そっか。……見つかるといいね」


 どこか諦めている心が、わたしを曖昧に微笑ませた。再び、波の音がする方へ視線を投げた。


「そんなに大変だったのに、よく真っ直ぐ育ったね」


 龍介さんの言葉に、そちらを向くことができずに、海を見たまま唇から息を漏らした。


「全然真っ直ぐじゃないですよ。学生のときはそうだったかもしれないですけど」


「今もだよ」


「……本当にそんなことないです。きっと今のわたしを知ったら、母はすごく怒ると思います。いい加減にしなさいって」


「仕事、頑張ってたんでしょ?」


「仕事は……頑張りました。本当に。ただ、プライベートは全然ダメで。いつまで情けない女でいるのって怒られますね、きっと。もうやめなくちゃ本当に」


「……お母さんはどんな人だったの?」


「優しくて厳しくて時々脆くて、いつも一生懸命な人でした。家族にも仕事にも。本当に太陽みたいで」


 そうだ、わたしの母は強い人だった。母が亡くなった日、わたしは病院から抜け出して、歩いてすぐの検見川(けみがわ)の浜にいた。海岸に造られたアスファルトの階段に座って、約束したのだ。


 母に恥じない生き方をすると。母のように前を向いていこうと。眩しい程にオレンジ色に輝く水面を見つめながら。


「そっか。俺には綾乃ちゃんも同じように見えるよ」


「同じ?」


「太陽みたい。綾乃ちゃん、本当に楽しそうに笑うから。なんか、綺麗だなって思うんだよね。純粋で」


 龍介さんの声が、あのときと同じように優しい波の音と一緒に聞こえてくる。いつだって海が近くにある。嬉しいときも、楽しいときも、そして、悲しいときも。海の音はわたしを優しく包んでくれる。


 彼と同じように海を見つめれば、その先は真っ暗なのに折れてしまっていた心がふと前を向いた気がした。父と母のことを思い出す度に、心が叫び出す声がはっきりと聞こえるのに、わたしはその度に蓋をした。


 間違っていることを終わらせられない弱さとか。終わらせられないどころか、自ら落ちようとする弱さとか。それを仕方ないと諦める弱さも。


 ダメだと叫ぶ心を黙らせるために蓋をして閉じ込めていたけれど、きっと今なら聴いてあげられる。

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