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13話 思い出が溢れ出すとき 3

 鼻の奥が苦しくなる。喉が熱くなる。それを落ち着かせるように、ゆっくりと息を吸い込んだ。


「……失踪、したんです。もう十年以上前ですね。わたしが高校一年生のときです」


「……そっか」


「お兄ちゃんのことは、もう大丈夫だと思っていたんですけど」


 自分の中の想いが龍介さんの前では溢れ出す。


「……わたし、ずっと待ってたんです」


 彼の真っ直ぐな瞳から、視線を落とす。


「お兄ちゃんが……いなくなった日も、その次の日も。ずっと、検見川(けみがわ)の浜で……」


 言葉が、途切れる。


「……『やっぱりここにいた』って。『ほら帰ろう』って。いつも迎えに来てくれたから。今回もまた迎えに来てくれるんじゃないかって……でも、来なかった……っ」


「……うん」


「何年経っても……わたしだけ、ずっと、あの日から……」


 もう、声にならなかった。


「いつか……いつか帰ってきてくれるって思っていたんです。ずっと」


 母が亡くなり、兄がいなくなり、父もこの世を去っていった。そのとき初めて孤独という言葉の意味を知った。独りで生きて、歩いていく。一人は嫌いじゃないけれど、一人でいることと独りになってしまうことは違った。


 そして、俯きそうになった時、頭に温かさを感じて、ふと彼の方を見上げる。すると、わたしの頭を撫でながら、彼が泣いていた。彼の瞳から、わたしと同じように涙が溢れ出していく。同じように泣いているくせに、わたしの瞳から溢れ出す涙をその手で優しく拭ってくれる。


「辛かったね……辛かったよね……」


 何度も頷いて涙を流す彼を見て、わたしの目には更に熱がこもっていく。


「一人でよく頑張ったね」


 そう言って、彼は優しくその広い胸にわたしを引き寄せて包み込んだ。


 龍介さんの香り。龍介さんの温もり。触れ合う龍介さんを感じると、嗚咽が零れて体が熱くなる。彼の熱が、じわりと伝わってくる。その温もりが、わたしがこの十数年、必死に凍らせてきた心の奥底を、容赦なく溶かし始める。


(ダメ。これ以上は、壊れてしまう)


 そう本能が叫ぶのに、涙が止まらない。彼に触れていると、今まで必死で固めていた鎧が、音を立てて崩れ落ちていくのが分かった。


 涙は溢れていくのに、胸の痛みも苦しみも消えて、ただ温かい。龍介さんは本当に不思議な人。本当に優しくて、本当に温かい人。あまりにも温かいその胸は、溺れてしまいそうで少し怖くなる。だって、こんなに安心するのは初めて。


 零れる涙はわたしの頬を伝うことなく、龍介さんのシャツに吸い込まれていく。


「龍介さん?」


「……うん」


 聞こえてくる彼の声は、泣いている声で。「ごめん」となぜか謝る彼の声を聞いて、わたしは思わず笑ってしまう。


「謝るのはわたしです。こんな風に泣いて」


「今までずっと我慢してたってことだよ。よかった……聞けて」


 抱きしめられたままだと、彼の声が身体の中で響く。


「龍介さんのことも泣かしちゃいましたね」と言えば、泣いているはずの二人の体が揺れる。


 耳に彼の息がかかって少しくすぐったい。


「俺、すぐ泣いちゃうんだよね」


「優しいからですよ」


「優しすぎてダメって言われるけどね」


「こんな風に話したのは……こんなに素直に話せたのは、龍介さんが初めてです」


 わたしを抱き締める腕の力が弱まるのを感じて、顔を上げる。黒目がちな目が潤んでいる。頬には涙が流れた(あと)。彼の真似をしてその頬に触れて涙の(あと)を拭うと、目の前の瞳が柔らかく細められた。

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