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6話 夕陽に溶けていく 3

 今更、自分が初心だと言うつもりはない。ただ、わたしはいつも同じような相手を選んで付き合ってきた。色が白くて、髪が黒くて、育ちの良いお坊ちゃん。相手のバックグラウンドを確認してから、選んで付き合ってきた。卓也と別れてからはそれがもっと顕著になり、条件と肩書きしか見ていなかった。


 だから、こんな風に出会ったばかりの人とそういう関係になるということが、自分の中ではあまりにも現実離れしているような気がするのだ。ましてや、わたしはクリスマスには二十八歳になる。二十代前半の子が勢いで恋に落ちるのは理解できても、この年齢のわたしがそんな状態になるのは居たたまれないほどにみっともない。


「そんなに考えていても仕方ないでしょ。一人なんてつまらないわよ。わたしたちもまた明後日にはバーベキューパーティーに遊びに来るから。ね?」


 忍さんの強さに頷きそうになるけれど、やはりいきなり男性のところに泊まる勇気はない。


「考えておきます」


「もうっ、綾乃」


 まだまだ続く忍さんの声をBGMに、再び食事に手を付けた。



 食事を終える時間になると、太陽が傾いていて、目の前の海を温かそうなオレンジ色に染めた。


 テラスに置かれたデッキチェアに龍介さんと並んで座り、それを眺めていると、リサがわたしと龍介さんの膝の上に座り、そのままわたしたちに寄り掛かった。その姿を見て、龍介さんと微笑みあう。リサが落ちないように寄り添えば、わたしと龍介さんの距離も近くなる。


 千葉の海でもサンセットは見てきたけれど、また違う美しさがそこにあるのか、特別に美しく感じてしまう。空が違うのか。海が違うのか。それとも風が違うのか。


 隣を見れば、今日出会ったばかりの男性の横顔が夕陽に照らされていた。大きな黒目に、夕陽の光が反射して瞬いている。膝の上の小さな重みと、高い体温。リサの柔らかな髪から、甘い子供の匂いがした。リサを抱き締めて頬を寄せると、わたしと同じように微笑んでくれる。


 なんと表現したらいいのかわからない、どこか懐かしく満たされた感覚。胸を満たした何かが溢れて、一気に喉の奥を苦しくさせる。目に熱がこもり、視界がぼやけていく。



 ——どうして。



 母への誓いが、父の言葉が、兄の温もりが一気に流れ込んでくる。まるで思い出していいとでもいうように。突然押し寄せた波に、どうすればいいのかもわからず、ただ必死に唇を噛み締める。すると、隣から小さく息を吐く音が聞こえてきた。


「なんか」


 その声に再びそちらに視線を戻して、わたしは息を呑んだ。


「……幸せだな」


 彼の唇が微かに動いて言葉が零れ落ちると、その瞳から涙が(あふ)れる。泣いたり、笑ったり。彼の表情は、目まぐるしく変わる。


 上手く言えないけれど、その時、ああ泣いていいんだと思った。海がオレンジ色だからとか、水面が輝いているからとか、風が穏やかだからとか、理由はたくさんあって。でも、きっと一番の理由は、彼の瞳からこぼれ落ちる透明な(しずく)があまりにも綺麗だったから。


 海に視線を戻すと、堪えようとしていたはずの涙が、彼と同じように溢れて頬を伝っていく。


「綺麗……」


 目の前のオレンジ色の太陽も、水面も、全てが眩いほどに輝いていく。

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