4話 魔法の黒帽子 6
「戻ったらいなかったから、もう会えないかと思ってた」
その言葉に、彼をもう一度見上げる。わたしも、そう思った。もう会えないのか、と。名前くらい、ちゃんと聞けばよかった、連絡先くらい聞けばよかった、と。
「わたしも……何も、聞いてなかったから」
彼の黒目がちな瞳と目が合う。そして、彼はマスクを下にずらして微笑むと軽く頭を下げる。
「長谷川、龍介です」
「……長谷川さん」
「なんか新鮮。苗字で呼ばれること最近ないから」
「あ、わたしは綾乃です。松嶋 綾乃です」
「綾乃ちゃん、ね。俺は龍介でいいよ」
「龍介さん?」
「うん」
屈託のない笑顔とは、きっとこういうものを言う。目を奪われてしまいそうになりながらも、わたしは慌てて首を横に振る。見惚れてる場合じゃない。
「あ、あの、龍介さん……ありがとうございます。飛行機でも、先ほども。助けていただいて。わたし、きちんとお礼も言わずに」
「良かった。帽子被ってなかったら、わからなかったかも」
「あ、そうでした、帽子。お返ししなくちゃ」
わたしが帽子に手をかけると、龍介さんが制するように帽子に手を置く。
「いいよ、あげる」
「え? でも」
「帽子ならいっぱい持ってるから」
「いや、でも」
「似合ってるし……それに、目印になるから」
「……めじるし、ですか?」
突然出てきたその単語に、わたしはポカンと口を開けたまま。彼はマスク越しに悪戯っぽく笑うと、わたしの帽子のつばを軽く指で弾いた。
「そう。これ被ってれば、綾乃ちゃんがどこにいてもすぐ見つけられるでしょ? 迷子になっても安心。すぐに助けられるよ」
まるで子供に言い聞かせるような、当たり前の口ぶりで。
(……なんなの、この人)
本気なのか冗談なのか分からない。けれど、その言葉が妙に胸の奥に温かく残って、わたしは何も言い返せなくなってしまった。どちらかというと悪役の方が似合いそうなのに、助けに来るなんて、ヒーローみたいなことを言う。
帽子を素直に受け取れば、わたしのお礼の言葉に彼がもう一度似合うねと言ってくれる。今日初めて出会った人と、こうしてもう一度出会い、名前を知り、その名前を呼ぶ。不思議に思うのに、どうしてかわたしの胸はいつもと違う音を立てる。




