表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
131/150

32話 クリスマスの色 4

 幕張メッセ付近はクリスマスムードではなく、Legacy一色。見渡す限りの人、人、人。みんな、彼らに会うためにここにいる。赤と黒のグッズを身につけ、幸せそうに笑う人たち。その熱気に、めまいがする。彼は、こんなにも多くの人に愛されている「RYU」なんだ。わたしが知っている「龍介さん」は、この熱狂の中心にいる。


 その事実に押しつぶされそうになりながら、わたしは群衆の中に紛れ込んだ。


「そういえば、幕張まで用事ってLegacy? ライブだよね?」


「あ、そうです! 今日のライブに!」


「そうなの……あのね、栞ちゃん。わたし、まだ話していないことが」


「綾乃さん、わたしもお話していないことがあります!」


「へ?」


 わたしの言葉を遮って、栞ちゃんが前のめりになって告げる。長年の付き合い。彼女のこの顔はなにかを隠しているとすぐわかる。いたずらっ子みたいな、申し訳なさそうな顔。栞ちゃんが天井を仰ぎ、小さく咳払いをする。


「栞ちゃん?」


「いや、綾乃さんからお先にどうぞ」


「え? あ、でも栞ちゃんからどうぞ」


「あ、本当ですか? では……あのですね」


「はい」


「綾乃さんが興味ないことは知ってるんですよ」


「はい」


「こんな時にどうかなとも思うんですよ」


「はい」


「でも、気分転換にもなりますし!」


「はい」


「Legacyのライブ、一緒に行ってください!」


「……はい?」


「友達が行けなくなっちゃったんです! お願いします!」


「栞ちゃん、わたし」


「お願いします! 今朝断られちゃって。クリスマスだし、今から誘える人中々いなくて」


「でも……」


「一人じゃ寂しいし。一緒に行ったら楽しいですから!」


 さっきまでのシリアスな空気がはじけ飛ぶ。栞ちゃんの手に包み込まれた、わたしの手。こちらの思考回路が止まって呆然としている間も、彼女の説得が続いている。クリスマスに一人なんてもったいないとか、卓也のことをライブで発散しましょうとか。


「アリーナの一番後ろの席なんですけどね、それでも結構楽しいですから」


「……後ろ」


 一番後ろの席という言葉が耳に届く。一番後ろの席なら、彼の姿はほとんど見えないだろうか。彼の声を聞くだけなら、神様は許してくれるだろうか。あの日、最後に聞いた彼の声。驚いて、傷ついて戸惑った声が蘇る。


 体の奥底で叫んでいる。一目だけでいい。遠くの豆粒みたいに見える姿でもいい。彼の声を、同じ空間で吸い込みたい。それが罪だとしても。


「……じゃあ、ステージは遠いのよね?」


「メインステージは遠いですね。でも」


「それなら……後ろの席なら行く。行きたい……」


「え! 本当?」


「うん」


 その会場に長時間いることはできない。スマホをホテルの部屋に置いて行かなければならない。開演直前に入るために一度ホテルに戻ったわたしは、怪訝(けげん)な顔をする栞ちゃんに苦笑いを返すしかない。


「綾乃さん、ライブも行っちゃいけないんですか? 幕張にはいるんだから、別にいいんじゃ……」


「うん、そうなんだけどね」


 どんなに遅くなっても、必ず夜の十時の電話にはでる。いつもどおり、海を見てショッピングモールをうろついて戻るぐらいの時間なら、部屋を空けていてもわからないはず。


「スマホは置いていくんですか?」


「現在地が卓也に通知されるの」


「……軟禁ですよ」


 それでも、この状況を受け入れる。これが唯一の方法だから。わたしが龍介さんを守ることのできる、唯一の方法。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ