なぜ聖女が魅了魔法持ちなのか、という件について
フランシスカは、男爵家の娘である。
髪の色はピンクで、前世の記憶があり、魅了魔法が使える。――使える、というか実際は強弱や方向性のコントロールができるだけで、常時発動していて、完全には止められないのだが。
前世の記憶は、これらを総合して、とてもわかりやすい符号だと言っている。
すなわち、ここは何かしらのゲームかライトノベルか漫画か、そのへんのありきたりなストーリーの世界ではないかと。
前世では、毎日のようにそういったストーリーを大量消費していたため、そのうちのどれかというのは、とても特定できない。
フランシスカ同様、髪の色はピンクで、前世の記憶があり、魅了魔法が使える男爵令嬢がざまぁされるストーリーもたくさんあったはずだが、フランシスカはべつに歓喜も絶望もしなかった。
ハッピーエンドやらバッドエンド、ノーマルエンドやトゥルーエンドなんてものは、主観部分では結局、本人のさじ加減ひとつだと思うのだ。
ときどきある修道院送りとか、引きこもりの同性好き異性嫌いには大団円のご褒美でしかないだろうし、ときどきある逆ハーレムとか、コミュ障にとっては惨劇でしかないだろう。
だからつまりは、フランシスカにとって納得できる範囲で日々過ごせれば十分であって、それ以上でも以下でもない。己が何かのヒロインであろうとなかろうと、特段、感情的になるようなことではなかったのである。
問題は、どう立ち回って不満のない日々を送るか、であるが。
フランシスカは魅了魔法を持っているが、べつに逆ハーレムには惹かれなかったので、できるかぎり魅了魔法を抑えて暮らしたかった。
だって、面倒くさい。フランシスカは知っていた。ハーレムも逆ハーレムも、登場人物が増えるというのは、なんやかや大変なのだ。
だいたい、魅了される側にしたって、フランシスカに魅了されるより、もっと何か他の対象に魅了されたいだろう、と思う。
フランシスカに魅了されたところで、そこまで人生バラ色でいろどり豊かにはならない、と思う。フランシスカのような小娘一人にできることなど限られているわけで、真実の愛の相手とくっついたからって、それだけですべてが幸せにうまくいくなんて、そんなはずがないのだ。
そんなことを本気で思っている人物がいたとしたら、その人は異性だの愛だのに夢を見すぎていると思う。
フランシスカは考えた。
前世では、色々な人が色々なことに魅了されて、色々なことを推していた。
もちろん前世には、今のこの世界では推せない対象だって存在した。
この世界、時代的にアイドルだとかはまだいないし、アニメだとか漫画もまだない。
だから、前世の推しをそのままここで再現というわけにはいかないのだが……
「なーぉ」
思案しているフランシスカのところに、男爵家の飼い猫であるルイスがやってきた。
ぴょいと膝に跳びのってきた黒猫の、もふもふとした重みも、ふみふみするお御足も、たしたしするしっぽも、すべて控えめに言っても最高である。
猫はかわいい。かわいいは正義。つまり猫は正義。なんという単純明快な真理。
そうか。そうだ。
フランシスカに魅了されるより猫に魅了されるほうが、絶対に素敵だし、きっと世界も平和だ。
フランシスカは一人、得心した。
明日、王立学園の入学式がある。
常に発動している魅了魔法。どうせ止められないのだから、それならばみんながほんのり猫に魅了されるようにしよう、それが良い。そうしよう、うん。
なんて素晴らしいアイディア。
フランシスカは決意を胸に、固く拳を握った。
「魅了魔法を使うまでもなく猫は魅力的だけどにゃー」と言うように、ルイスがにゃぁと鳴いた。
――学園入学後、フランシスカの魅了魔法は猛威を振るった。過疎っていて、人もまばらな田舎の男爵領とは異なり、学園には貴族の子女が集まっている。その分、地元男爵領を基準に考えていたフランシスカの想像以上に、周囲への影響は大きかった。
王国中の猫が大切にされるようになった。保護施設も各地に作られた。猫を捨てる者あらば、その者即袋叩きにあった。
ついには前世で言うところの生類憐れみの令もどきが発布されるに至って、王国はやや混乱するのだが、それはまた別の話である。
どうにも布教がド下手で。
好きな小説とか推しとか人に勧めても、ハマってもらえたことがなくてですね。
魅了魔法とか使えたら布教がはかどるんだろうな〜という願望がこんな形にw
最初、主人公の名前はザビエラになる予定でした。が、そういやザビエルは名字だな、ってことに気がつき、フランシスカになりました。
お読みいただきありがとうございました。