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数千文字の物語

おかあさんの匂い

掲載日:2025/09/09

「ただいまー」


 誰もいない家に帰って、部屋の電気を付けるとおかあさんの写真の前に立つ。


「あ、気付くの遅れちゃった。ごめん」


 最近バタバタしていたせいか、折角飾ったポピーを枯らしてしまっていた。

 生前、おかあさんが好きだった花。この間命日だったから買ってきた。病気で、死ぬような年じゃなかったのに逝ってしまったおかあさん。……もっと一緒にいたかった。


 花を捨てると、洗った花瓶は洗面台に立てかけて、お風呂を洗ってお湯を沸かす。

 お風呂入るの面倒だなぁ。髪乾かさなきゃいけないし、化粧も落とさなきゃいけないし、その後はご飯作って食べて、お皿洗って……。


 気付いたら溜め息を吐いていた。

 ちゃんと休まないとって思うのに、時間がない。というか、時間を取る選択が出来ていない。全力で向き合って全力で対処してたら、気付くと一日が終わってる。納得いかないことを納得いくまで詰めすぎて、疲れちゃう。

 久しぶりに映画をゆっくり見たい。のんびりお菓子が食べたい。そう思うのにどうしても仕事が気になってしまう。みんなどうやって自分の時間を取っているんだろう。わたしって、目標掲げるのは得意だけど自分の時間作るの下手すぎない?


「休みたーい……」


 わたしは今日も必要最低限のことだけ済ますとベッドに突っ伏して、知らない間に眠ってしまったみたいだった。


「よく頑張ってるね、えらいね」


 誰かの声がして、わたしは目を開けた。立っていたのは綺麗なお花畑。ポピーがたくさん咲いている。そして前を向くとそこには……


「っおかあさん……!」


 まだ元気だった頃のおかあさんがいた。無理して笑ってない、ちゃんと笑顔のおかあさんが。

 懐かしい。会いたかった。

 涙がぽろぽろとこぼれていって、わたしは久しぶりに全力で走った。


「おかあさん、わたし、わたし会いたかった……っ」

「うん、久しぶり」


 ぎゅうと抱きしめてくれたおかあさんは何でか、ふわふわで甘くて優しい匂いがする。


「おかあさん、わたし、ずっと頑張ってた」

「うん。お空から見てたよ。よくやってるよ。すごいよ毎日」

「ゔん」


 あったかい手がわたしの頭をなでてくれる。誰かになでてもらったの、久しぶり……。そういえば小さい頃、よく「なでて!」ってせがんでたなぁ。何か出来たたんびに。そうじゃなくても、ただなでてほしくて。


「ねえおかあさん」

「なあに?」

「大好き」


 久しぶりに誰かに大好きを言った。


「おかあさんも、大好き」


 優しい声。どこまでも、どこまでも。そして変わらないやり取り。

 昔「おかあさん大好き!」って言ったら「おかあさんも大好き」って言ってくれたのを思い出す。幸せだった。


 久しぶりの温もりに、わたしの疲弊していた心が癒やされていく。


「たまには休んでね。元気でいてくれるのが一番だから。頑張りすぎもよくないよ」

「でも、頑張っちゃうよ」

「頑張り屋さんだもんね」


 おかあさんは優しく笑って


「だけどおかあさん、あなたがただのんびり寝っ転がってる姿も見たいなぁ。トドみたいに」

「えーなにそれぇ。っふふ」


 話してると、色んな思い出がよみがえる。またお話できるなんて思ってなかったなぁ。夢だとしても、それでも。


「いつも見守ってるからね」

「うん、ありがとう」


 そうしてそのままおかあさんの胸に抱かれていたのに、ふと目を開けると朝になっていた。やっぱり昨日ベッドで寝落ちしちゃったんだ。


 あ、今日も会社……。頑張んないと。


 と、思っておかあさんの言葉を思い出す。


「頑張りすぎ、よくない……かぁ」


 カーテンを開けると見えるのは、きらきらと輝いている朝日。


 わたしも、どうしても頑張りたいってわけではない。頑張る癖がついちゃってるだけで、できれば休みたいというのが本心。

 ……そうだよね、頑張りすぎて倒れちゃったら元も子もないもんね。だから……ほどほどに、がんばろうかな。全部力を抜くのは難しくても、少しだけ。そう、頑張らないことも始めてみよう。


「近い内に有給取ろう」


 よいしょと立ち上がって背伸びをする。少しだけ新しい空気を入れようと窓を開けたら、どこかからふわっとポピーの香りがした気がした。







読んでくださりありがとうございます❁

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