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なんとか残った外様の小大名の話(歴史雑談)  作者: 伊丹 美鈴


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第2話は 日向国 高鍋藩 秋月家です

 第2話は日向国の高鍋藩秋月家の話です。秋月氏を取り上げるのは、戦国時代に波乱万丈の出来事が多くありましたからです。話の都合上、PART1とPART2に分かれています。

 PART1

 秋月氏は、さかのぼりますと、平安時代に藤原純友を追討した(いわゆる藤原純友の乱)功績で、大宰府政庁の府官の職務につき、筑前に所領を賜った大蔵春実さんです。後に山麓の原田の地に居館を設けて原田氏を名乗ります。その後、詳しいことは省略しますが、原田種雄さんが鎌倉時代になんらかの功で秋月荘が与えられたとのことです。この時に古処山城を築き、地名から秋月氏を名乗ったそうです。

 話は一気に戦国時代まで飛びます。ここでの登場人物は秋月文種さん、種実さん、種長さんです。馴染みのない方には混同してしまいそうですので、順番に名前を挙げておきます。

 秋月文種は、永正9年(1512年)に秋月種時の嫡男として誕生します。享禄4年(1531年)、父種時の死去に伴い家督を継承します。この頃は、筑前の守護も兼任している中国地方に勢力を誇った戦国大名の大内義隆に従属していました。

 戦国大名と国人領主(国衆)との関係は、相互扶助・相互義務のような関係で、江戸時代の主君と家臣のような上下関係ではありません。国人領主(国衆)は所領を安堵してもらう代わりに、大名の軍事的指令に従うのですが、周辺の大名に攻められた場合は後詰といって助けに行かなければならない義務を大名は負っていました。なので、それができないとなると、国人領主(国衆)は大名から離反します。これが、寝返り(裏切り)ですが、戦国時代はよくある話でした。大名にとっても厳しいですね。

 秋月文種が家督を継いで、20年後に事件が起こります。天文20年(1551年)に大内義隆が家臣の陶隆房(後に晴賢)の謀反(大寧寺の変)で自害します。大内氏の混乱状況を見て、秋月文種は大友義鑑(宗麟)に臣従先を替えます。ところが、毛利元就が厳島の合戦、防長経略を果たし、大内氏を滅ぼして台頭してきて、北九州に勢力を伸ばしてくると、毛利元就の調略に応じて大友氏に反旗を翻します。 

 すると、弘治3年(1557年)に大友軍が攻めて来まして、秋月文種は古処山城で嫡男の晴種と共に城中にて自刃します。秋月氏は一時滅亡し、領地のほとんどを失います。

 秋月種実は天文17年(1548年)、秋月文種の次男として生まれます。父と兄が古処山城で自害した時、種実は落城寸前に脱出し毛利氏を頼って逃走します。

(PART1終わり)

 


秋月家のPART1は、ここまでです。続きはPART2で。ではまた。

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