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なんとか残った外様の小大名の話(歴史雑談)  作者: 伊丹 美鈴


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第12話は有馬家(肥前有馬氏)です

 第12話は有馬家です。戦国時代の有馬氏は今回の肥前有馬氏と播磨赤松氏の一族で摂津国有馬郡に拠した摂津有馬氏があります。肥前有馬氏は、キリシタン大名の有馬晴信さんが有名です。

 有馬氏のルーツはというと、鎌倉時代の建保年間(1213年から1219年)のころに平経澄が肥前国高来郡有馬荘の地頭職を与えられたことから有馬氏と称するようになったといわれています。菊池氏や少弐氏に従っていたようです。

 戦国時代まで話が飛びますが、有馬晴純の時に島原半島一帯を支配下に治め、貿易を行って最盛期となります。天文21年(1552年)に嫡男義貞に家督を譲ります。このころ、龍造寺隆信の勢力が伸びてきまして、永禄6年(1563年)丹坂峠の戦いで有馬義貞は龍造寺隆信に敗れ、高来郡一郡の小勢力となります。このため、永禄7年(1564年)に父晴純により義貞は追放され、家督も剥奪されます。義貞の嫡男である義純が家督を継ぎます。

 元亀2年(1571年)義純が嗣子なく、死去しますと弟の鎮純(後の晴信)が5歳で家督を継ぎます。天正5年(1577年)に龍造寺隆信が肥前統一に乗り出し、攻めてきます。しばらくは有馬軍も持ちこたえていましたが、翌天正6年(1578年)有馬晴信は人質を出して、降伏します。龍造寺隆信は肥前統一を果たすと、筑後・肥後北部へと勢力拡大を図っていきます。

 天正10年(1582年)、有馬晴信は龍造寺隆信の支配から脱する決意をし、挙兵します。最初は龍造寺政家が出陣していたのですが、天正12年(1584年)に龍造寺隆信が島原半島へ上陸し、出陣します。有馬晴信は、島津家に援軍を要請します。島津家久が3千人の兵を率いてやってきます。有馬軍が3千人、島津軍3千人と合わせて6千人。対する龍造寺軍は約2万人から3万人の軍勢です。島津家久の作戦は沖田畷の隘路で敵を迎え撃つ作戦です。島津家のお家芸である釣り野伏作戦です。龍造寺隆信は討死します。有名な沖田畷の戦いです。

  天正14年(1586年)から天正15年(1587年)の豊臣秀吉による九州平定戦では、有馬晴信は島津氏と縁を切り、キリシタン繋がりで小西行長の仲介で豊臣軍に加わっています。

 文禄の役では、小西行長ら第一軍として参陣しています。

 慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いの時は東軍に付き、有馬軍は小西行長の宇土城を加藤清正と共に攻撃しています。ただし、晴信は眼病のため、子の直純が出陣しています。幕府成立とともに日野江藩初代藩主となります。

 その後、有馬晴信は岡本大八事件の際に長崎奉行に害意を持っていた罪により、自害となります。一旦は改易となりますが、子の直純は家康の側近を務めていたことや妻が家康の養女(本多忠政の長女の国姫)ということもあり父の罪に連座せずに所領を引き継ぎます。

 その後の有馬家ですが、直純の時に日向国延岡藩に、次の康純の時に越後国糸魚川藩を経て越前国丸岡藩に国替となります。



 


 あくまで筆者個人の感想ですが、沖田畷の戦いで有馬晴信さんが挙兵した時は数え年齢で16歳(満年齢だと14歳か15歳)で、それで全盛期の龍造寺隆信さんに少ない兵力で挙兵したのは、無謀な挑戦に思いました。

 また、九州平定戦で秀吉軍が来るとなると、お世話になったはずの島津氏と縁を切ったり、関ヶ原の戦いの時は、次は家康さんの時代だと判断するとこれまたお世話になった小西行長の城を攻めたりと、まさに戦国時代の生き残り哲学である「わが家が生き残るためには仕方がなかったのじゃ」というのを感じました。それでいて、最期は自害と寂しいもんですね。

 これで、第12話は終わりです。では、また第13話でお会いしましょう。

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