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2.影の聖女

 クロエは物心ついた頃にはすでに、教会で聖女として暮らしていた。

 しかしあらゆる意味で聖女らしくないクロエが、聖女という銘に強い憧憬を抱く人々に疑いの目を向けられたり落胆されたりするのはいつものことだ。


『手伝いの子供………? えっ、聖女様? お嬢ちゃんがかい?』


『あーあ、期待してたんだけどなあ。せっかくカワイイ聖女サマとお近づきになれるチャンスだと思ったのにぃ』


『チッ、ヘラヘラしやがって。おいチビ、本当に治せるんだろうな⁈』


 その度にクロエは申し訳なさそうな顔でへらりと笑いながら、『ええと、今日はわたしが当番の日なので……えへへ、すみません』と同じ台詞を繰り返し、何事もなかったようにお勤めに戻る。



 病や怪我を癒す能力―――『神聖力』を発現する者はおよそ一世代に十人前後と非常に稀有で、不思議なことにそのほとんどが女性である。

 そのような女性が確認された場合、生まれや育ちにかかわらず、すみやかに教会に招聘される。そして『聖女』という称号を授けられ、信仰の象徴として国中から神聖視される存在となるのだ。


 神聖力は通常十五歳前後で発現し、その後十五年ほどの経過で著しく減衰する。必然的に聖女は『結婚適齢期』と言われる年代にあることが多いというのが、ごく一般的な認識だ。


 聖女と認定されている人間は現在十二人いるが、そのうち十一人までは神の祝福を証明するように容貌が美しく、特に知名度の高い幾人かの聖女は、人気歌劇場の歌姫のごとく姿絵が飛ぶように売れているらしい。


 しかし、何事にも例外はある。


 クロエは、幼児と言って差し支えない年齢で神聖力を発現した変わり種だ。

 神聖力の発現時期にある程度の個人差があるのは普通のことだが、クロエほど幼い聖女は前例がなかった。


 そしてクロエの特異なところはそれだけではない。


 発現時期の早さが物語るように、クロエは十二人の聖女の中で最も強い神聖力を持っている。にもかかわらず、容姿が極めて凡庸で、祭服なしでは聖女と気づかれないほど地味だったのだ。


 わさわさとボリュームのある藁色の髪はあまり艶がなく、洗髪するとたびたび爆発して手に負えない。色素の薄い頬にはそばかすがたくさん散っていて、鼻は低く、口元にはぽやぽやと緊張感のない笑みを浮かべている。

 垢抜けない顔立ちでどうにも存在感が薄い。


 他に類を見ない黄金を溶かし込んだような色の瞳だけは、クロエの聖女としての資質の高さを示しているようだったが、もの珍しげにじろじろと覗き込まれるのが好きではなかったので、人目を遮るようにわざと前髪を分厚くし常に目元を隠していた。


 誰よりも幼く、誰よりも素朴で、誰よりも人々が望む『聖女』像からかけ離れている。

 力はあっても、肩書きに相応しい存在とは決して言えなかった。



 外部での奉仕活動に携わっていた数年の間でクロエの来訪を心から喜んでくれたのは、他の聖女では治癒ができないほどの重症だった者か、もしくは聖女という銘にまだ如何なる印象も抱いていない子供たちくらいだった。


 慰問先の孤児院で、経緯は教えてもらえなかったが危険な毒に侵され失明しかけていた子を治癒したことがある。

 光を取り戻し大きく見開かれた柘榴色の瞳から零れた涙の清澄さと、偽りのない賞賛と感謝の眼差しは、『聖女クロエ』として誇らしい思い出のひとつだ。



 しかし奇しくもその慰問を最後に、クロエは表向きの仕事から手を引くことになった。


 聖女が体調を崩した場合、治癒を施すことができるのは自身よりも強い神聖力を持つ聖女だけだという事実はあまり知られていない。

 つまり他の聖女たちが治癒を必要とする場合、その役目は最上位の力を持つクロエが最も適任ということになる。


 ある日、重い感染症に罹ってしまった聖女に治癒を施す過程で、クロエは自身が持つ神聖力の一部を一時的に他の聖女に分け与えることができる能力があるということが判明した。


 クロエから譲られた神聖力は長く貯めておくことはできず、消えないうちに使い切ってしまわなければ無駄になってしまうが、力が増えた状態の聖女は短時間とはいえ本来の能力を超えた治癒を施すことが可能になったのだ。


 そしてこの能力を知った他の聖女(お姉様)たちのおねだりを断り切れず、クロエは「少しなら」と力を分け与え続け、ついには過労で倒れてしまったところで教会の上層部が知るところとなった。


 その後、どのような意図があるのか明確な説明はなかったが、上層部はクロエの能力を王族にさえ秘匿すると決め、接触することができる人間を極端に制限した。


 それが八歳のころ。


 以来十年以上、クロエは教会の奥深くに与えられた部屋で、表舞台で活躍する聖女たちの体調を管理し、必要な時には力を分け与え、またある時には、教会に特別な報酬を支払ってでも高度な治療を望む人々を密かに治癒するという隠れた役目を担うことになったのだ。


 神秘性を高めるという名目で常に黒いヴェールを被るよう義務付けられ、地味な素顔を他人に見せる機会もなくなった。

 神聖力の減衰予定時期の十五年を過ぎても、クロエの能力はむしろ増すばかり。


 そしていつしか教会内部では、本名よりも『影の聖女』という二つ名の方が通りが良くなっていったのだ。





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