第34話 ジンの恩返し
Aランク冒険者との模擬戦を勝利で終えたジンとフローラは、冒険者登録から僅か3時間ほどで冒険者を引退した。
冒険者登録から史上最速でCランクに昇格したのだが、冒険者登録から史上最速で引退してしまい、名誉な記録と不名誉な記録を同時に樹立した。
「テレスさん、俺のミスリルを換金しといてくれませんか?」
「えっ!?ミスリル・・・ていうか、先に言うことあるでしょ?なんで冒険者やめちゃうのよ!」
「あ〜、すいません。テレスさんの顔に泥を塗るような真似して・・・。ただどうしても興味湧かなくて辞めちゃいました」
「まぁ、たしかにあの強さだとSランクより強いと思うけど・・・。どうやってあんなに強くなったの?」
「えーっと、オルイン迷宮の迷宮王と修行したからかな?」
「ふ〜ん、私達もオルイン迷宮に行ってみようかしら?」
「強い魔物もいるんで気を付けてくださいね。まぁ、テレスさんがいるなら大丈夫だろうけど」
「あら、私のこと買い被りすぎよ」
「いーや、魔法やスキルを封じないとテレスさんには勝てないよ」
「そうかしら?」
「そうですよ!あっ!てか、このミスリルっていくらぐらいになりますか?たぶん3キロくらいありますけど・・・」
「えっ!?」
いつも美しいテレスさんの顔が、ギャグマンガのように崩壊する。
「どどどどどどうしたの!?それ・・・」
「オルイン迷宮の30階層にありましたよ、もう俺が全部採りつくしましたけど」
「え・・・」
「俺の【領域】にはまだまだあるんですけど、とりあえず3キロ分だけ換金しようかなと」
「ちょっと待って!あのね、ミスリルって1グラムで金貨1枚なの!日本円に換算すると約100万円!それを3キロって・・・いくらか分かってんの?」
「そんな桁、計算できないよ〜〜。あっ、知力を増やせば・・・・・・30億円か」
「そう!そんな大金、用意できるわけないでしょ?」
「テレスさんでも?」
「さすがに無理、と言いたいところだけど・・・これから旅に出るならお金は必要よね?サルビーア家に恩返ししたいとも言っていたし・・・いいわ!100グラム分だけなら私が買い取るわ」
「えっ!?ほんとですか!?」
「ジンくんの頼みだし、私達の武具や研究費に使わせもらうわ」
「そういうことなら、残りの2900グラムはタダでプレゼントしますよ」
「えっ!?さすがにそれは・・・」
「元々は迷宮で採ったものだし、まだまだ100キロ以上持ってるし、テレスさんにはお世話になってるしね!」
「それでも悪いわよ・・・」
「なんかその遠慮の仕方、日本人って感じですね!でも受け取ってください。正直これでも返せないほどの恩がありますから」
「うーん、そこまで言うなら・・・ありがたく頂戴するわ!100グラムで金貨100枚だけど・・・研究所の金庫に入ってるからついて来てくれる?」
「はい、勿論!」
こうして、ジンはテレスに3000グラムのミスリルを渡し、そのうち100グラム分の額を受け取ることになった。
これまでの感謝の気持ちを込めて、残りの2900グラムはタダでテレスさんにプレゼントし、受け取った金貨100枚のうち1枚はサルビーア家へ贈ろうと決めた。
これで、ジンは恩人への金銭的な恩返しをする目処が立った。
◇
「これからどうするの?」
テレスから金貨100枚を受け取ったジンとレイラは、これからどこへ行くか決めかねていた。
「それが、どこに行くかは決めてなくて・・・ただただ刺激が欲しいというか・・・」
「・・・、本来であれば絶対に勧めないんだけど、獣人国に行ってみたら?」
「「獣人国?」」
ジンとレイラの声がハモる。
息ピッタリだ。
「獣人族だけが暮らす小国で、国名は『シェムル共和国』。人間族に虐げられた歴史があるから人間族にかなり嫌っているわ。数年前、シェムル共和国に迷い込んだ人間族の商人が拉致され、非人道的な激しい拷問の末に惨殺されたらしいわ」
「へぇ〜、ってことは・・・そこに行けば俺達は国中から狙われるのかぁ・・・、うん!超面白そう!」
「気が合うわね!楽しみだわ!」
テレスの言葉に怖気付くどころか、2人は嬉しそうに目を輝かせた。
「2人なら大丈夫そうね。逆に獣人族を心配したほうがよさそうかしら?」
「シェムル共和国って何語を話すんですか?言葉が通じるか不安なんですけど」
「心配いらないわ、大陸全て同じ言語よ。大昔に初代勇者が統一したから」
「言語を統一ってスゲェな!」
「ええ、そうね。初代勇者は人間族だったから、人間族の言語に統一したらしいわ」
「ますます楽しみだ。人間族を嫌っていながら人間族の言語を話すのか」
「あんまり挑発しないでね?戦争になるから」
「アハハ、なるべく気を付けようと思います」
「心配ねぇ・・・」
他国、ましてや他種族とのトラブルは禁物だ。
場合によっては、国同士の戦争へと発展する。
テレスは2人に釘を刺すが、2人にはあまり響いていないようだ。
「前の世界では国ごとに文化が違った。当然、プロレスのスタイルも。だから、きっとこの世界でも国ごとに色んなファイトスタイルがあるはずだ」
「そうね、獣人族は魔法が苦手だから、変わった術を使うと聞いた事があるわ」
「そうそう!そういうのを学びに行くんだ!その変わった術ってやつを全身で受け止めて、可能ならモノにする。つまり、国外武者修行だな!」
「遅くても2年後には帰ってきなさいよ?」
「えっ?どうしてですか?」
「どうしてって、学園に通うからよ!義務教育だから絶対に行かなきゃダメなのよ?」
「えっ?初耳なんですけど」
「あら、そうなの?12歳になったら学園都市・キンジにある王立学園に5年間通うことになっているの。レイラちゃんも通ってたでしょ?」
「えっ!あ、ハイ・・・」
レイラは20歳だが、学園には通っていない。
レイラは目を泳がせながら話を合わせた。
ツーダブル王国では、12歳からツーダブル王立学園に通うことが義務付けられており、13歳を迎える年の1月に学園都市・キンジへ移り住み、ツーダブル王国に入学する。
ちなみに、元日本人である初代勇者が暦を定義したため、セルリアンと日本は同じ暦となっている。
ただ、この世界では新年と同時に新年度を迎える。
つまり、日本では4月から新年度になるが、セルリアンでは1月から新年度だ。
そのため、学園に入学するのは1月だ。
学園への入学は義務教育であり、国が全面的に補助しているので学費はかからない。
希望すれば、誰でも学生寮に住むことができる。
勿論、そこでの生活費も不要だ。
学園都市内では、学生は学生証を提示することで無料で食事することができる。
つまり、学園に通っている5年間の学費や生活費は不要で、贅沢さえしなければお金を使わずに過ごすことも可能だ。
実際に、鉄貨1枚も使わずに5年間過ごす学生が、毎年10〜30人ほどいる。
これは2代目勇者が、「身分にかかわらず全ての子供達が等しく教育を受けてほしい」という願いを込めて作った制度だ。
この義務教育制度は、エラルド大陸にある7つの人間国で採用されていたが、時代とともに考え方が変わっていき、今も採用しているのは4ヶ国のみだ。
「え〜〜また学校かよ〜」
「学園に行かないと今度こそ捕まるわよ?」
「え、そこまで・・・?」
「それほど子供達の教育を大事にしてるのよ。さっきの模擬戦のときは、一応だけどルールを守ってたからなんとかなったけど・・・入学拒否は、場合によっては親族まで処罰対象になるから気を付けてね」
ジンは現在10歳なので、2年後には学園都市・キンジへ移住し、ツーダブル王立学園に入学しなければならない。
再び学校で勉強しなければならないことに絶望感を覚える。
だがしかし、今のジンの知力はかなり高い。
前世でケツ争いをしていた試験で、今回こそは無双できるのではないかと、ジンは今からニヤニヤが止まらない。
「まぁ、とりあえずは2年間、シェムル共和国で修行してきます!」
「えぇ!頑張ってね!」
テレスは【収納】から『大陸地図』と『ツーダブル王国周辺地図』を取り出し、ジンの手に握らせた。
こうして、ジンとレイラの2人はテレスに感謝と別れを告げ、獣人族が住む国・シェムル共和国を目指して歩み始めた。