第11話 ムーンサルトプレス
ジンがレギアの家で暮らし始めてから1ヶ月が経った。
この1ヶ月間は、レギアから魔法を教わったり、グラナーダと戦ったりと毎日が充実していた。
ジンはいつの間にかレギアへの敬語もなくなっていて、それなりに距離も縮まっている。
意外にも、ジンはレギアと積極的にコミュニケーションをとっている。
2人は気が合うのかもしれない。
修行では、スキル:【精力変換】を活かした。
意識すれば変換する力を自分で決められることが分かり、ジンはあの5人を思い浮かべて精力を溜める。
そして、その精力を体力や魔力に変換して修行を続けた。
体力に変換すれば疲れないし、魔力に変換すれば魔力切れも起こさない。
その結果、ジンは長時間の修行が可能となった。
さらに、ジンは加護を持っていないので成長速度が遅いが、それを長時間の修行でカバーする。
その時に問題となるのが、集中力の欠如だ。
体力や魔力は補給できても、精神は疲れるので集中力が切れる。
集中力が切れれば、それだけ効率が悪くなってしまう。
それだと長時間の修行は意味がない。
そこで、ジンは考えた。
ジンは【精力変換】で変換できる力はステータス項目にある《体力》、《魔力》、《獣力》だけだと思っていたが、全く別の力に変換できないか試すことにした。
つまり、精力をどんな力に変換するかはジンの自由だと考えたのだ。
そして、ジンは精力を集中力に変換することを意識してみた。
すると、雑念が消えて脳内がスッキリし、集中力が倍増した。
その結果、修行の効率が上がり始めた。
今思えば、グラナーダと初めて戦った時も無意識に集中力へと変換していたのだろう。
だからこそ冷静に戦うことができた。
そうしてジンは、精力を体力・魔力・集中力に変換させることで、量と質の両方を兼ねた修行が可能となり、どんどん急成長していった。
そして、ジンは遂に魔法を習得した。
光属性に適性のあるジンは、【光属性魔法】を特訓していた。
魔法に関する加護も才能もなかったが、ジンはそれを無尽蔵の努力でカバーした。
今使えるのは『光弾』、『発光』のみ。
『光弾』とは、手から光の弾を撃つ攻撃魔法。
光属性の攻撃魔法の中で最も簡単で、使い勝手の良い魔法だ。
魔法を撃つときの手の形に決まりはないが、ジンは右手の親指を立てて人差し指と中指を前に突き出す『銃を撃つポーズ』をしている。
魔法は使用者のイメージによって、魔法の威力や規模、性質が変わる。
ジンの『光弾』は銃弾のように鋭く、極めて殺傷力の高い魔法へと進化した。
『発光』とは、眩い光を発して周囲を照らす生活魔法。
光属性の生活魔法の中で最も簡単で、暗い場所での探索に便利な魔法だ。
ジンは『発光』を『目眩し』としても使えると考え、魔力を惜しみなく消費することで、直視すれば失明するほどの光へと昇華させた。
どちらも適性持ちなら誰でも扱える簡単な魔法だが、ジンは自分なりにそれぞれを進化させた。
ジンの年齢を考えるとかなり優秀だ。
まだ5歳なのだから。
さらに、修行前に多用していた『蹴り技』も進化していた。
『トラース・キック』は足先に魔力を纏わせて足を硬質化させ、威力倍増に成功した。
以前よりも鋭さや重みが増している。
ジンはこれを『スーパー・ジン・キック』と名付けた。
『ニー・バット』は膝に魔力を纏わせて膝を硬質化させ、これもまた威力倍増に成功した。
以前よりも鋭さや重みが増しているだけでなく、相手の頭部を掴んで顔面に蹴り込むことで更なる威力倍増に成功した。
これはグラナーダ戦で使用した技の完成形であり、改めて『オール・アイ・ニー』と名付けた。
また、ジンが習得したのはそれだけじゃなかった。
今のジンには、スキル:【自己治癒】がある。
これがあればどんな怪我も怖くない。
そう思ったジンは、前世で断念した『ムーンサルトプレス』の練習を開始した。
『ムーンサルトプレス』とは、高所から後方回転しながら相手に飛び込むプロレス技だ。
まず、グラナーダを木の下に寝かせる。
そして、庭の木に登ったジンは宙返りしながらグラナーダに飛び込む。
「うぐっ!!」
上手くいかず、ジンは首から落ちてしまった。
グラナーダが心配して駆け寄る。
「ぐぅっっ!!!!」
首に激痛が走る。
電気が流れたような感じだ。
熱い。
足をバタバタさせながら痛みに耐える。
一瞬だけ意識が飛んだが、無意識に【自己治癒】が発動した。
「あっぶね〜!!」
危うく死にかけてしまったジンは、それからも何度も挑戦した。
1週間後にようやく『ムーンサルトプレス』を完成させたが、完成に至るまで何度死にかけたことやら・・・。
5日目ぐらいからは痛みにも耐えられるようになり、やがて痛みは快感へと変わり始めていた。
完成した『ムーンサルトプレス』でグラナーダをKOさせたジンはひと息入れようと休憩していた。
すると、後ろからレギアが声をかけてきた。
「ほぅ、ようやく成功したのか」
様子を見に来たレギアが感心している。
「へへへ!魔法がなければ挑戦すらしてなかったよ。魔法もないのに、プロレスラーはまるで超人だな」
ジンは爽やかな笑顔で答え、遠い世界で戦うプロレスラーへのリスペクトを示した。
「おぬしは【鑑定】が使えんかったのぉ。儂が代わりに見せてやろう」
この1ヶ月間、ジンは1度もステータスを見ていなかった。
どれだけ変わっているのか、どれだけ成長しているのか、ジンはドキドキしている。
「【鑑定】 そして、【複写】」
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《名前》 ジン
《種族》 人間族
《性別》 男
《年齢》 5
《職業》 ─
《称号》 『性欲の塊』『超越者』『賢者の弟子』
《加護》 ─
《属性》 光
《体力》 7050/7693
《魔力》 6905/6910
《獣力》 2/2
《能力》 【清掃:A】【精力変換:S】【自己治癒:A】【不殺生戒:S】【威圧:C】【体術:A】【絆創術:E】【光属性魔法:E】【調理:G】
《状態》 「健康」「絆創術:グラナーダ」
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ステータスが大幅に成長している反面、『アード・サルビーア』という名前と、『辺境伯家三男』という称号が消えていた。
「ほう、身分が剥奪されたようじゃのぉ」
「ということは・・・、どういうこと?貴族じゃなくなったってこと?」
ジンはイマイチ理解できていないようだ。
「そうじゃがそれだけじゃない。サルビーア家から勘当されたのじゃ」
「へぇ。まぁ俺にとっての家族はこの世界にはいないからな。最初からサルビーアは家族じゃない」
レギアの説明を聞いても、ジンはあっけらかんとしており、特に気にしていないようだ。
「それより!【調理:G】ってどういうことだよ!Gって1番低かったよな?もっと高くてもいいんじゃね?」
娯楽のないこの世界で、ジンは趣味として料理を楽しんでいた。
森の中にある岩山から採れる岩塩と、レギア宅の近くに自生している胡椒を組み合わせた塩コショウを使い、ジンはオリジナル料理を振る舞っていたのだ。
しかし、その味は最悪。
ジンは美味しいと舌鼓を打ちながら食べているが、レギアとグラナーダは吐きそうになりながら食べている。
「いや・・・、そもそもスキルを取得できたことのほうが驚きじゃわい・・・」
レギアが小声でボソッと呟き、グラナーダはウンウンと頷いていた。