第10話 出会いと別れ
グラナーダが仲間に加わり、森の奥へと歩いていく一行の話題は「ジンの戦い方」で持ちきりだった。
「ジンくんってサッカー部だったの?」
「え?違いますよ、ずっと帰宅部でした」
「あらそうなの?キックが得意みたいだったから、てっきりサッカー部だったのかと・・・」
「あれはプロレス技です!プロレスが好きでよく観てましたから」
「プロレス技!?あ〜、だからあんなに好戦的だったのね」
ジンとテレスの話題に他の皆はついてこれていないが、構わずに続ける。
「ちなみに最後の膝蹴り、『オール・アイ・ニー』っていうのは俺が考えた技です!」
「え!?考えた!?」
「はい!まぁ考えたのは技名だけで、技そのものはただの膝蹴りなんですけどね」
すると、横からマリルネが突っかかってきた。
「それ、技を考えたって言えるの?」
「言えるよ!今は未完成だけど・・・、せっかくこの世界には魔法があるんだから、プロレス技に魔法を組み込むんだ」
ジンはテレスに対しては敬語で話していたのに、マリルネに対しては敬語で話さない。
「魔法を!?」
テレスが目を丸くして言った。
「今はまだただの膝蹴りですが、そのうち魔法を組み込んだオリジナル技に昇華してみせます!」
ジンには既にいくつかのアイデアがあるようで、イタズラを企んでいる子供のような顔をしていた。
◇
ジン達がいる〝ライタスの森〟は大陸最大の森だ。
森の中心には巨大な世界樹が立っており、その周辺には《妖精族》の隠れ里があると言い伝えられている。
何故、隠れ住んでいるのか?
詳しいことを知っている者は少ない。
約300年前、妖精族と他種族の間に軋轢が生じてしまい隠れ住むようになったと言われているのだ。
そのためか、世界樹周辺には妖精族による高度な【幻術】が何重にも仕掛けられている。
精神に干渉してトラウマを刺激する【幻覚】や、幻を見せて方向感覚を狂わせる【幻影】を突破しなければ世界樹へ辿り着くことはできない。
さらに高ランクの魔物が跋扈しており、生き延びることすら困難だ。
故に、これまでに〝妖精族の隠れ里〟に辿り着いた者はいない。
◇
森は一本道で整備されているが、途中で横道ができていた。
その横道は滅多に人が通らないからか、あまり整備されていないようだ。
そしてジン一行はその横道に入っていく。
すると10分も経たないうちに霧が立ち込めてきたので、一行は足を止めた。
辺り一面が真っ白だ。
「霧、凄いですね」
ジンがテレスに話しかけると、ニコッと笑ってくれた。
安心感のある笑顔だ。
不安にさせないように気を遣ってくれているのかもしれない。
(あっ、可愛い)
ジンがデレデレしていると、いつの間にか霧が晴れてきた。
しかし、見えてきたのはさっきまでの森ではなく大きな和風建築だった。
「あぁ!?なんだぁ!?」
ジンはびっくりしすぎて、あんぐりと開いた口がなかなか閉じない。
「びっくりしたでしょ?レギア様は日本人の記憶を見て和風建築を建てられたのよ」
「記憶を見て?スゲェ〜〜」
「さぁ、行きましょ!とっても信頼できる方だから心配しなくていいし、転生者であることも隠さなくていいわ」
「テレスさんがそう言うなら間違いないです!」
そう言いながら、テレスが家の呼び鈴を鳴らす。
数分待ち、1人の老人が姿を見せた。
白髪は長くてフサフサで全くハゲてない。
白髭は短め。
髪と髭は整えているようで清潔感がある。
背は高くて曲がっていない。
黒と紫の和装が似合うイケオジだ。
「「「「「お久しぶりです!」」」」」
テレス達は口を揃えて挨拶をする。
体調を心配するような声も聞こえた。
そして賢者さんは少し気怠げに口を開く。
「おぉ、久しぶりじゃ。少年とオーガは初めましてじゃな」
そう言って、ジンとグラナーダのほうに目をやった。
「初めまして!ジンといいます。こっちのオーガはグラナーダです」
「ガァ!(ヨロシク!)」
グラナーダの言葉はジンにしか分からない。
「よろしくって言ってます」
ジンは通訳を務めることにした。
「ほう。オーガに名前を付け、言葉まで分かるのか・・・、小さいのにキミには従魔術師の素質があるようじゃのぉ」
「レギア様、今日はそのジンくんのことでお聞きしたいことがありまして伺いました」
テレスが神妙な面持ちで話す。
「なるほど、ワケありなんじゃな。とりあえず中に入りなさい。・・・グラナーダもな」
家に入る前に、ジンは【清掃】を使ってグラナーダの足裏をキレイにしてあげた。
◇
レギアに案内され、ジン達は広めの部屋に入った。
部屋の真ん中には囲炉裏があり、風情のある部屋だ。
オレンジ色の灯りは心が落ち着く。
ジン達は囲炉裏をグルっと囲むように座り込み、これまでにあったことを全て話した。
レギアは、ジンやテレスの話を興味深そうに聞いていたが、彼にとっても初めて聞くことばかりだったようで時折、目を輝かせていた。
そして、レギアは自身の経験と豊富な知識で次のように推測した。
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『超越者』
・何らかの手段で世界を越えた者?
・何かが人類の域を超えている者?
【精力変換】
・変換系スキルの一種で、精力を消費して別の力に変換するスキル
・自動発動・解除不可の理由はそれぞれ不明
【自己治癒】
・【治癒】の一種で、自分を治癒するスキル
・【治癒】は他人を治癒するスキル
・【治癒】が使えなければ【自己治癒】を使うことはできないはず
・高難易度スキルのため、所持者は少数
【不殺生戒】
・名前の通りであれば、人間や魔物などの命を殺めることができない
・殺めた場合、罰を受ける可能性がある?
『魔物の進化』
・ある条件下で魔物が進化することは確認されているが、目の当たりにした者は少ない
・ゴブリンはゴブリン系統へ進化することが確認されているが、オーガに進化することは新発見となる
─────────────────────────
説明を終えたレギアは神妙な面持ちでジンのほうを向き、こう問いかけた。
「自分が何故死んだのか分からないと言っておったな」
「はい・・・、記憶があるのは高校の卒業式前日までで・・・」
レギアは1つ咳払いをして、言葉を選ぶように話した。
「儂の魔法で死ぬ直前の記憶を映し出すことは可能じゃ」
「えっ本当ですか!?」
「あぁ。おそらくじゃが、死因を覚えとらんのは、死のショックによる記憶喪失が原因じゃろうからな」
「・・・記憶喪失?」
周りがシーンと静まり返る。
「死に至るほどの出来事じゃ。それだけ大きなショックがあったはず。それを思い出す覚悟はあるかのぉ?」
「あります!教えてください!!」
ジンは迷わずに即答した。
覚悟はできている。
しかし、少しだけ胸騒ぎがした。
何か重要なことを忘れているような・・・。
賢者レギアはジンの額に、右手の二本指を近付ける。
「【回想】、・・・そして、【投影】」
すると、囲炉裏の上部に大きなスクリーンが現れた。
「日本で最後に覚えているのは、高校とやらの卒業式で間違いないかの?」
ジンは無言で頷く。
なんだか緊張してきた。
そして、スクリーンに見覚えのある風景や人物が映し出された。
もちろんジンの視点だ。
卒業するはずだった学校。
学校1番の美人教師。
大親友であり闇属性の土田くん。
そして、俺が育った家。
泣きそうになるほど懐かしい。
投影された記憶の映像では、学校から帰宅するシーンが映っていた。
自分の部屋に入り、テレビを点ける。
そして、DVDプレーヤーにDVDをセットする。
DVDには、「人妻 NTR」の文字。
(あっ!そういえば18歳の誕生日に、大親友であり闇属性の土田くんに貰ったやつ!この日観ようと思ってたんだ!)
日本語が読めるテレスは、これからナニが行われるのか察して気まずそうにしている。
(ヤバい!早く止めてもらわなきゃ!)
「あの、賢者さん・・・実は・・・」
「ん?どうしたんじゃ?」
「その映像は・・・あっ!?」
遅かった・・・。
ナニからナニまで、全てがしっかりと映ってしまった。
(オーーマイガーーーー!!!)
絶頂とともに映像は途切れたが、現実では地獄のような空気が流れていた。
ジンは膝から崩れ落ち、項垂れている。
テレスは顔を赤らめながら恥ずかしそうにしているが、優しくジンを慰めている。
何も言わずに背中を優しく撫でている。
マリルネはしばらく呆然としていたが、ジンに背を向けて真っ赤な表情を隠している。
彼女は男性経験がないので刺激が強すぎたようだ。
シェイカは無言で目を逸らしているが、ジンのことをチラチラ見ている。
褐色なので分かりづらいが、顔が赤くなっているといっても過言ではない。
アマンダは呆然としていて動かない。
全く動かない。
1ミリも動かない。
ケイトは意外にも嫌悪感丸出しで、ジンのことをゴミを見るような目で見ている。
なんでも許してくれそうで、聖母のように優しい彼女の姿はもうどこにもない。
賢者レギアは申し訳なさそうにしながら、数百年ぶりに狼狽えていた。
◇
ジンの死因は自慰。
自慰で死んでしまったこと、自慰を美女に見られたことが恥ずかしすぎて、ジンの顔はグラナーダよりも赤い。
しばらく落ち込んでいたジンだったが、日が暮れるとようやく、少しずつだが立ち直った。
「・・・そろそろ帰りましょうか」
重たい空気の中、テレスが沈黙を破った。
「そ、そうね・・・もう遅いし・・・」
アマンダも賛成し、他の皆は帰り支度を始めていた。
ジンも帰り支度を始めようとしていたが、レギアに話しかけられて手を止めた。
「お主は辺境伯家から脱走してきたんじゃろ?じゃったら、しばらくここで暮らさんか?ほとぼりが冷めるまではここにいたほうが安全じゃろうし・・・、オーガを街に連れて行くのは目立つじゃろう?」
ジンにとっては、さっきから気まずくなっている5人と離れるチャンスだった。
俺のような奴とは一緒に暮らしたくないだろうと考えていたからだ。
グラナーダも街に入れば目立つし、そもそも街に入れるのか?
「テレスさん!俺はここに残ります。短い時間でしたが、ありがとうございました!」
ジンはレギアの家に住むことを決め、テレスにお礼を言った。
「そうね!街にいるよりはここにいるほうが安全だわ!同じ日本人に会えて嬉しかったわ!」
「俺もです!テレスさんがいなかったら俺は今頃どうなっていたか・・・。感謝してもしきれません」
「またいつでも会いに来てね!」
「はい!ここで俺は修行して強くなります!」
「ええ!楽しみにしているわ」
テレスには深々と頭を下げたが、他の4人とはまだ気まずかったので、軽くお礼を言うだけだった。
そうしてテレス達と別れ、5人はイーサへと帰って行った。
テレスだけは最後まで手を振ってくれた。
マリルネはともかく、ケイトの塩対応には驚いた。
ジンのアレを見てから、ケイトの冷たい視線が痛い。
「賢者さん!これからグラナーダとお世話になります!」
「そう畏まらんでもええわい。気軽にレギアと呼んでくれ」
「レギアさん、よろしくお願いします!」
ナニはともあれ、これからジンの修行が始まろうとしていた。