目覚め・再
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灰褐色の街道。
陰鬱とした雰囲気の一行は杉に挟まれた泥に轍を残していた。
朝特有の湿り気を帯びた空気が体温を奪う。
蛮族風の毛皮を着た男は手首に巻かれた縄を弄んでいると、自分の目の前にいる人物の意識が戻ったことを確認した。
珍しい服装だった。
素材不明の上着に袴。なめらかな光沢は南方の行商人を思わせる。靴は革靴のようだったが、その形状は今までに見たことがなくどこの民族の出かもわからない。
そんな稀有な存在だったが、いつのまにか気がついた時には同じ馬車に乗せられていた。
「ようやく目が覚めたか」
荒くれ者の世界で生きていくには身につけなければならないものが幾つかある。
その中でも最も重要なのが相手を見極めることだ。
自分より強いのか、弱いのか。
何を考えなんのために行動するのか。
敵対した時、自分の命を守るためには情報が不可欠だ。
それ次第によっては勝てる戦いも予想外の要因で負けたり、本来死んでいたところを相手の不意を突いて生き残ることもできる。
まさに決め手。
それをよく心得ていた男は、この未知の相手に対し、小噺でもって少しでも探りを入れようとしていたのだった。
「…小刀だ」
「あ?」
「持ってるだろ。小刀。今すぐ俺の縄を切れ」
蛮族風の男は思いがけない返答に身構える。
いつだ?いつ自分が小刀を隠し持っていることに気がついた?
目の前の人物は今の今まで気を失っていたはず。それともこれまでのは狸寝入りだったとでもいうつもりなのか。
「はやく!いいから切れ!」
詰め寄る相手の圧に怯む。
視界の隅では男の最も信頼する男…無礼者のオートゥスと呼ばれる英傑が頷いたように見えた。
渋々ブーツに沿って入れた小刀を振り出す。兵士の不意を突いて脱出するためのものだ。
奇妙な人物は小刀で手首の縄を切り始める。
「お、おい!何をやっているんだ!兵士さん!兵士さん!こいつ縄抜けしようとしてやがるぜ!なぁ、俺いいやつだろ!?見逃してくれよ」
荷馬車の先頭よりに座っていた盗人が喚き出すと、周囲を見張っていた兵士が剣を抜いて荷馬車に寄ってきた。
「そこの罪人!何をやっている!小刀を捨てろ!さもなくば…」
「お黙りなさい!!!」
青年の怒鳴り声に気圧され兵士が本当に黙ってしまう。
「いいか!?お前ら、今すぐ俺の言うことを聞け!さもなくばみんな死ぬ!いいか!?」
「お、お前、自分の立場が…」
「うるさい!」
大の帝国兵士が揃って黙りこくる。
「あと少しもしないうちにこの荷馬車はひっくり返る!今すぐ離れろ!いいな!?」
その目には怒りとも諦めとも憎しみとも取れる何かが揺らめいていた。
「おい、後ろで何が起きて…」馬を御する兵士が振り向きかけると、青年がその両肩に手をおく。
「残念ながらお前はどうやっても助からない。恨むなら運命を恨め」
「…は?」
青年はどうやったのかその兵士の剣を引き抜くと、自分とオートゥス、盗人の縄を次々と斬り払い、「跳べ!!」と叫んだ。
今更反抗する者もなく皆荷馬車から皆飛び降りた…その刹那だった。
目に見えぬ力が杉の影から荷馬車を宙に浮かせた。
まるで風に舞う木の葉のように、円を描いて荷馬車が吹っ飛ぶ。荷馬は血泡を吹きながら杉の向こうに打ち付けられた。
青年の言うとおり、荷馬車は「ひっくり返った」のだった。
こりゃあ面白くなってきた。
謎だらけの奇妙な青年、しかしてそこにある確かなもの。蛮族はそれが何かを知っていた。
狂気だ。