怪物
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その怪物の道は血塗られていた。
殿猪の本能。
強いものを逃し、弱いものはその時間稼ぎのため犠牲となる。
そうして生き延びた個体は種を残すことで生まれ出る次の世代の平均が引き上げられていく。
殿猪は耐えず種の中で争い順位付けをする。この激しく苛烈な競争の過程で散るものも少なくない。
だが、その甲斐あって残されてきた種は大きく、賢く、凶暴性を増し、今や異形の一つに数えられるようにまでなった。
それは、集団で暮らす獣が自然淘汰の中で生み出した、適者生存への歪な回答だった。
この過程を経た上で、怪物の発生は必然だった。
幾度も強力な個体同士が掛け合わさり、複雑性の中に存在するほんの微小な誤差から生じたその変異個体は、胚として生じた時からどの兄弟姉妹よりも身体が大きく、知能が発達していた。
しかし、その特徴のどれもを上回る決定的な違いこそ、その比類なき残虐性にあった。
怪物は親の子宮を破り未だ産まれてすらいない他の幼い猪を踏み潰すと、未だ温かい亡骸の散らばる寝床で息絶えた母親の乳房から乳を飲んだ。
目が光を捉え、満足に脚が立つ頃には既に成獣の大きさを越え、目につく動くもの全てを喰らうようになる。
そうしてある時、獣は最も効率よく、容易に手に入る肉を見つけた。
上質で、自らと同じもの食い、よく肥えている。餌場に向かうと途中、獣はさも食い物があるかのようにふるまい脇道に逸れた。すぐ隣にいた殿猪はそれを見て追随した。
その日、獣の群れは一匹減った。
同族をも腹に収め、呪われた獣が生じた群れはいつしか数頭にまで落ち込んだ。
血のつながった同胞さえ腹の足しにならぬと知った獣は場所を転々として飢えを満たした。その行く先々で草原は枯れ、林が腐り、森が死んだ。
狩り人がその特異な獣に興味を示さなかった道理はない。幾人もの狩り人がその首を狙って勝負を挑んだ。
そこで初めて怪物は自らの死を自覚する。
死を自覚して、怪物は同族を盾にした。そこに殿猪の本能が介在したかは判然としない。
しかし、同族を狩人に押し出し殺し合うのを確認して自己保存を図るその経験は、確実に、不気味に怪物の脳裏に刻まれた。
数の利を知った怪物は時に種を受け入れ、新たな命を産んだ。
その交尾には愛も本能もなかった。
雄が己の身体を求め、激しく精を吐くその間、化け物の脳は冷静な打算を繰り返す。
生まれてきた猪は比較的身体こそ大きいものの、怪物ほどの知能を持たない有象無象ばかり。
盾に値しない穀潰しと理解すればその場で見限ったものさえいる。
ただ精緻な機械のように、一の次に二が数えられるように、怪物は同族を、わが子を差し出して生き延び続けた。
数が要る。
数が要れば生き残ることが出来る。
やがて同族を喰うことなく数を増やした怪物の群れは、より多くの餌を求め彷徨った。群れが巣食った山々は荒れ果て、人里に降りればその道には死屍累々を晒し続けた。
これは原初こそ平凡な獣が辿った数奇の道。
異形に類されてなお屍と血濡れの轍を残すその怪物は、いつしか遠く海と陸を越えた先に住まうとされる猛獣の名を冠されるようになる。
名声を得ようとして散った者、愛するものを守ろうとして地に埋められたもの…
…そして、全てを失ったものから。
畏怖と憎悪を込められて。
銀獅子、と




