希釈
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拠点から拝借した三つ目の音響玉を使い果たした頃、青年は渓流の中央域、水の流れる滝壺に辿りついた。
殿猪の死骸にはすでに蝿が飛び、慈悲のない自然のあり方を雄弁に物語っていた。
四方に仕掛けた罠は少々ぐらついていたものの健在である。銀獅子の体躯に対してどの程度耐えられるかは未知数だったが、こけおどし程度には役に立つだろう。
よろけながら鉄線を跨ぐ。
これが数刻前までは頼りの柱だったのだから皮肉である。
そう、少し前までは山田と共にこの中で戦っていたのだ。力無い彼女の姿を心中から振り落とすようにしてかき消す。
青年は足元に沈む獣の亡骸を確認した。
流石は異形の獣、衝撃による傷はあったものの原型はとどめている。
数えて三頭ほど。どれもその俊足ゆえ、止まりきれず鉄虫の糸に絡め取られ綺麗に切断された四肢が散らばっていた。
比較的損傷の少ない胴部位に青年が手を伸ばそうとした時だった。
後方で大きな音を聞いた。
距離にして林を一つか二つ越えた程度だろうか。化け物は間違いなく近づいてきている。
青年は鼓動が早まるのを感じながら、腰に手を伸ばす。
煙る靄の朝日を浴びて小刀が冷たく光った。それは音もなく猪の皮に沈むと、迫り出す内臓を縫って肉を切り裂く。
独特の臭気に襲われて青年は涙ぐむ。
嗚咽を堪えながら、それでも彼が手を止めることはなかった。
ただその直感を信じて、青年は獣の内臓を掻き出す。
滴る獣の血は清流に幾筋かの軌跡を作って洗い流された。
「勝負だ、女神。運命か、俺の運か」
その分岐の中心で、青年はただ運命を呪うのだった。




