分岐
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高台に穿たれた拠点で青年は息を殺す。
隙をついて逃げ込んだ拠点…かつて雨を凌いだ自然の防壁だったが、果たして怪物の猛攻を止められるかは自信がなかった。
岩影から外を窺いながら、青年は少女の呼吸が時を追って浅くなりつつあることを背で感じ取っていた。
「時間がない…」
遠くの林で再び鳥が飛び立つ。銀獅子が移動を始めたのだろう。
不気味にも物音はこちらの方角に近づいていた。
青年は焦りに舌打ちをした。
『殿猪』は自らを顧みない外敵の駆逐を本能に備える。武器もなしに立ち向かえるような相手ではないことは想像に容易かった。
だが、奴が渓流を闊歩しているうちは回収用の馬車も動くことはできない。
この場から脱出するには嫌でも対峙する必要があった。
「ハン…ター…」
不意に声をかけられる。
「山田、気がついたのか」
振り返らぬまま青年は返事をした。
「お…ろ…して…」
「…あぁ」青年は言われるがまま少女を仰向けに寝かせる。
痛みが酷いのだろう、細い顎で終始悲鳴を噛み殺しているようだった。
それでも彼女は呪うように、
「銀獅子は…私…が…狩る」と繰り返す。
青年は応急処置をしながら少女の傷を確認した。
意識こそ取り戻したが視線は虚空を捉えている。とても目が見えているようには思えない。
直接攻撃を受けた半身は皮膚が裂かれ出血が多く、片足に至ってはあらぬ方向を向いている。
相変わらず息も浅かった。一刻も早く資材の整った環境で手当をする必要がある。
「喋るな。傷に障る」
「でも…」
「いいから黙ってろ」
見えていないと分かって青年はあえて凄みを効かせる。
彼は思考を巡らせていた。
打開策を。
活路を。
鉄蟲の糸を使ったワイヤーで足止めをするか…否、すでに使い切っている上、木々を簡単に薙ぎ倒す力に抗える設置方法はなかった。
拠点には予備で閃光弾を置いている…嫌、一瞬の目眩しになる程度で根本的な解決とはならなかった。それに万が一にでも視力を失って暴れられた場合、その被害は測り知れない。
いっそ火を放つか…。
浮かぶ案はどれも確実性に欠けた。
その時だった。外から獣の声が轟いた。
聴覚をねじ伏せて全身を引き攣らせる不快な響き。
近かった。
「洞窟が持つかわからない。居場所をまだ気取られていないうちに移動するぞ」
青年は少女に目を落とす。
が、彼女は息をしていなかった。
最悪が脳裏をよぎる。
「お、おい…おい!」青年は彼女の頬を叩く。
「起きろ!銀獅子がすぐそこまで来てるんだ…」
その呼びかけがきっかけとなったのか、山田が血の混じった咳をした。
華奢な身体に耳を当てるとその鼓動は弱く、危機が迫っていることを示している。辛うじて呼吸を取り戻したが、またいつ止まるともわからない。
青年は唇を噛む。
…決断が必要だった。




