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敗走
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「しっかりしろ!おい!」
緋色の日が渓流を照らす。
青年は力の限り走っていた。
視力は滲んでほとんど見えていない。冷たい空気が強張った喉を通過するたび、鉄臭い血の味が広がった。
彼が背負っていたのは黒色の双剣ではなく、ぐったりとした少女の身体だった。
「もうすぐだ…すぐ拠点に着く…」
「…」少女は呼びかけに応じない。
膝を抱える手はすでに感覚を失っている。汗と泥でべたつく皮膚は焼けるようだった。
視界に赤いものが映り込む。
それは一滴、ニ滴と青年の首をつたって血に落ちた。
彼のものではなかった。
背に力無く寄りかかる少女を背負い直し、歯を食いしばって足を前に投げる。
後方から破裂するような大きな音がした。
銀獅子の咆哮が混じる。
既に距離は稼いでいるはずだった。それでもなお、悪夢は着いて回る。
青年は運命を呪った。
その呪詛には怒り、憎しみ、絶望、諦念が込められる。
「もう少し…もう少しなんだ…頼むから…」
嫌悪は世界に向けられていた。




