狩猟
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大木のごとく脚が水面を散らす。
獣は縦横を問わずして渓流を駆けた。
その行く道に残されるのは泥に濁った混沌。
柔らかな葉は瞬く間に微塵も残さず、蹴り飛ばされた樹木は粉砕されて根を露出した。
無機質な衝撃が空気を振わせる。
放たれた弓砲の弾丸が獣の硬い肉質を切り裂いた。
つんざくような悲鳴。
しかし浅い。その命中が猪の勢いを削ぐことはなかった。
泡吹く口腔から白煙が漏れ出る。山のような体躯は警戒するようにして二人の外周を回っていた。
開けたこの場所は俊敏な獣を歓迎する。
逆に一瞬でも狙いを定める必要がある彼女にとっては最悪の環境に他ならなかった。
「…っ」少女は舌打ちをする。
「ハンター、ここは部が悪い。別の場所に…」
少女は隣の青年を仰ぐ。
だが、彼から返事はない。それどころか、その足はわずかに震えているようにも見えた。
臆したか…少女は僅かでも相手に期待したことを呪う。
牽制がわりに弾丸を二発放つと、少女は腰につけた嚢を手で探った。
弓砲の強みは多種類の弾丸を扱えることである。
装填口に入ればどのようなものでも撃てるこの機構は、局地で満足に装備を整えることができぬまま戦う狩人の叡智が詰まった結晶だった。
特異な形状をした弾を指先に引っかけると、彼女はそれを慣れた手つきで弓砲に叩き込む。
送弾弦を足で踏ん張ると、弾を喰らった弓砲が毛を逆立てるように引き金を立ち上げた。
得物を腰だめに構え、獣に照準を合わせる。
あとは引き金を引くだけ…そう、思った矢先だった。
「まぁ待て」
青年の声。
「ハンター、邪魔…」
「もう少しだ…二十三、二十四…」
制された照準は獣を逃す。
強引に弓砲を掴んだ青年は何も無い虚空に砲を向けた。
こちらが撃つのを迷ったとみるや獣は突進の体勢に入る。
「ハンター!何をしている!獣が…!」
「二十八…いいか、俺が撃てと言ったら引き金を引け。出来るか?」
「…」
少女の腕力ならば青年を振り払う程度造作もないことだった。
だが、彼の眼に宿るもの…いつかの獣と対峙していたあの時と同じ何かに、彼女は突き動かされるような直感を覚えていた。
「…分かった」
「よし…三十、三十三…」数を数えながら足踏みしていた青年は双剣を天に構える。
蹄で地を掻く獣。
「…三十四…!山田!」
駆けだす怪物。
時を同じくして細い指が弓砲の引き金を引く。
撃ち出された弾丸は獣の後方、闇の向こうに消え、やがて眩い閃光を放った。
「な…っ」
細めた少女の目に輪郭が浮かぶ。閃光は渓流を白に染めるだけでなく、そこに潜んでいた影を照らし出す。
二頭。
異形は二頭いたのだ。
視界が眩んだ獣は光を避けるように急旋回し体勢を崩す。
臓腑をかき回されるような悲鳴。
しかし、それは一瞬を境に短く断たれる。
咄嗟に目を覆った少女は全身に降りかかる血液の生暖かさを覚える。ぬめる感触と悪臭が鎧の隙間から潜り込んだ。
途端に、渓流に静寂が戻る。
少女は恐る恐る薄目を開く。
黒々と渓流を染める血と脂。足元には四散した肉塊が沈む。頭部を失くした胴体はいまだに自らの死を受けいられずに痙攣していた。
回復した視界に映ったものは、果たして勝利の栄光か、あるいは、惨憺たる地獄か。
否応なく、その瞳が捉えたのは身体を失くし自由となった同胞の首、その牙に喉笛を貫かれた異形。
そして、高笑いする青年の姿だった。




