運命
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「いやー、まさか開幕即死亡ルートとは思いませんでしたよ」
混濁する意識の中、煽るような声を聞いた。
「チュートリアルで死ぬってゲーム依存症の現代世代として恥ずかしくないんですか?ねぇ、恥ずかしくないんですか?」
心底馬鹿にしたような声音だった。あまりの腹立たしさにいっそこのまま目の前で死んでやろうかとさえ思ってしまう。
「ちょwww早く起きてくださいよwもう死んでから5分も経ちましたよwwえ、なに?心肺蘇生とか必要ですか?」
遊び半分に圧迫してきたので足払いを決める。声の主は簡単に姿勢を崩して後頭部を打ちつけた。
「あいったぁ…ひっどぃ…」
そいつは頭を押さえて足元でじたばたした。そこそこいい気味である。
何せこいつが全て悪い。
「女神に対してそんなことしていいと思ってるんですか」
「急に真顔になるのやめろよ…」
そう。この女神こそ、全ての元凶に他ならなった。
思えば数時間前、気がつくとこの空間にいた。
一面の闇。
地平線も構造物もない闇の中、浮遊するような錯覚を覚えながら、彼は自らの姿だけが見えていた。
くたびれたスラックスと革靴、スチームアイロンで申し訳程度に伸したワイシャツ。
この六年ほぼ毎日身につけている格好で、たまの帰宅で整えられる身だしなみの最大限、社会で許される最低限だった。
直そう直そうと思っているうちは改善されず、思えば人生の様々な事柄が同じくおざなりに収まっているかもしれない。
自己に対する叱咤を反芻していると、視界の隅で光をとらえた。
「恐怖することなかれ…」
「なん…だと…」
まばゆい光を放ちながら、中心にある何かが言葉を発する。
それは言葉の一つ一つに重みを持たせるようにして続けた。
「汝は滅んだ。潰えしものよ…その運命、我が貰い受けよう」
反響する声、天地までを照らす光、人智を超えた上位の姿をしていた…ならば人もそれを奇跡の類と思えよう。
それこそこの体験を書に記し、未来永劫語り継がれるようにすれば何かしらの教義として世界に広がるかもしれない。
だが、その何かはせいぜいが堅焼き煎餅程度の大きさだった。声もさほど覇気が感じられるわけではない。
それでも眩しいは眩しいので青年はそれを手で追い払おうとする。
「ちょっ!何をする!あっ、危ない…!」
手が謎の光に一瞬触れたかと思うとその未確認飛行物体(小)はすぐに墜落した。
「ああああっ!神託くんがぁ!」
背中で大声を聞いた。
「それ高いんですからね!弁償できます!?女神の善い行い十回分ですよ!?」
憤慨した様子で駆け寄るそれは、何やらラジコンのコントローラーらしき何かを下げていた。
「まだ動くかな…」動かなくなった未確認飛行物体をつつく姿は子供の如く。
女神と言ったが…どういうことか。それを問うと、動かなくなった間接照明を手に相手はここが死後の世界だと話し始めるのであった。
「では、これは夢ではないと」
「えぇ。あなたは現実世界で命を落としました。世界から離れる魂を私がすくい取ったのです」
「すくい取った?」
「上手いでしょう。救いと掬いをかけてるんですよ」
「やかましい」
「ひっどい!あんなに惨めな死に方をしたあなたにもう一度生を与えようというのです。感謝こそすれそれをやかましいとは!」
「少し待てよ、惨めな死に方って」思い当たる節はある。長年続けたエナジードリンクと栄養ビスケットだけの食事か、睡眠不足による過労か。いずれガタが来るとは思っていたが…
「便器で頭を打って死んだのです」
「へ?」
「あなたは自宅の便器で頭を打って死にました」
「労働基準を無視した社会の闇とかではなくて?」
「便器です」
「便器…」
便器を繰り返すことしかできない。
「そりゃあひどいもんでしたよ。用を足しながらのスマホが決め手でした」
「はぁ」まぁ、四六時中上司やチームからのメッセージを確認していたが。
「なんですかうんこカレーって検索。小学生でも今時もっとマシな記事読んでますよ?まぁとにかくそんなものをグ○ってたせいで脚が痺れてもつれて転んだんです。運悪く頭が振れた先にあったのが」
「…便器…」女神の神託は時に残酷である。
「便器でしたね。ご愁傷様です」
「なんてことだ…せめて会社に殺されていれば…」まだ復讐になったのに、という心を見透かされているのか女神、
「違いますね。あのまま働いてもあとニ十年くらいは平気でしたよ。むしろ最近の人間は軟弱すぎなんです。社会へ貢献するっていう気概がないんですか」
「クソブーマーめ…」
この世はどこまでも腐っていた。
世界の運営側がこうなんだから企業浪党が腐るのも当然だ。青年は絶望した。
「とにかく、あなたにはもう一度チャンスを与えようというのです。泣いて信仰してもいいんですよ。この運命の女神、フォルチュニアの名の下に!」
ふふんと、女神は胸を張る。
金の髪に青の瞳。寸分の狂いなく恐ろしく左右均等に整っている目鼻立ちに、どこぞのファンタジーRPGのパッケージに描かれてそうなはだけた服装。
現実感が今ひとつ湧かない姿はなるほど確かに、もしこれが夢の類だったならば心のお医者さんの予約をしなければならないし、元の現実世界だったならば二人揃っての診察だと思う。
「で、チャンスとはどういうことだ」
このご時世診察料も処方箋も馬鹿にならない。
「おっ、食い付きましたね」待ってましたとばかりに女神がニヤつく。
「なんとなんと、今流行りの異世界転生です」