ハンター
次回 翌日0:00に更新
青年の腹が鳴った。
思えば、村を飛び出した少女を追ううちに食事をし損ねていた。
そのまま平然を気取ることのできる厚かましさは持ち合わせていない。もぞもぞと姿勢を正すふりをして後ろを見ると、少女と目があった。
「…」その表情から、聞こえてしまっていたらしいことは明白だった。
獣耳は伊達じゃないらしい。
強がることもなく、諦めて火の方へ向き直る。
「…腹が減ったな」
薪に目を落としたまま、青年は言った。
「なぁ、お前まだ魚持ってるんだろ。食えねえのか」
「…」少女は相変わらず無言のままだった。
外の雨足は幾分か和らいだものの、まだまだ上がる気配はない。
沈黙の間を埋めるように薪の弾ける音が響いた。
「…分ける気はないってか。犯罪の片棒を担ごうってんだぜ?赤信号みんなで渡れば怖くないって…おっと…」
そういえばこの世界に赤信号はなかった。
決まりが悪い。
青年は再び俯くが、その間も腹の虫が鳴り止むことはなかった。
ため息が漏れる。
しかし、それは青年のものではなかった。
「…あれは、食べられない」
「食べられない…?」
挟んだ火を見つめながら、間接的に互いの表情を探る。
「あの魚、渓流マスじゃなかった。シビレマス」
「なっ…」
シビレマス…青年はハンター指南書で微かに見た記憶を手繰り寄せる。
曰く、特異な食性により毒性を備えた渓流マスの亜種。
滅多に穫れることはないとも記載されていたが…。
「それをお前は見分けたって言うのか?」
少女は小さく頷く。
頭上に生えた一対の耳は健在だった。
「…じゃあなにか、お前はそれを卸そうとしていたタコ親父を止めたくて魚を盗ったわけだ」
青年の言葉に少女は反応しない。
「お偉いことだ、まったく」
「…」
青年は姿勢を崩す。
「俺だったら気がついても放っておくぜ、きっと。他人がどうなろうが知ったこっちゃねぇ」
「…ハンター、人を助けるのに?」
「…殿猪のときのことか?」
少女が一瞬身構えるのを感じた。
やはり、エイリク達と戦っている姿を見られていたのだろう。
「アレは仕方なく助けたんだ。人を助けるためだとか大層な理由はねぇよ」
復活の度に兵士らの生存が自分の生存に繋がることに気がついた。それ故に助けた事実に違いはない。
「じゃあ…」
少女の目がこちらに向けられる。夕焼けの光をそのまま閉じ込めたような瞳が、焚き火の光に照らし出される。
「じゃあ、ハンターは…なんでハンターになった?」
その表情を見て意外に思ってしまう。
今にも泣き出しそうではないか。
「わたし、おかあさんに聞いた…ハンターは人を助けるハンター、ハンターはみんなを守るハンター…ハンターは何も怖くないって…ハンターは強いって…!」
火がなければ掴みかかってきそうな勢いで捲し立てた少女は、もう少し何かを言いたげだったが、そのまま下を向いてしまった。
しばらくその様子を黙って見ていた青年だったが、大きなため息を吐くと、新たな薪を加えるために立ち上がった。
なぜハンターになったのか。
女神にそう言われたから…そう言うのは簡単だった。世迷言と受け取られようとも。
しかし、少女が知りたいのはそんなことではないだろう。
なぜ、自分がハンターという職業に対してここまで否定的なのか。
なぜ、この世界…狩ゲー世界を嫌っているのか。
拠点には野営も見越して乾いた薪の備えがある。馬車の荷卸代に併設される置き場から、薪を引っ張り出した。
いつから置いてあったのだろうか。
表面に溜まった誇りを取り払って、焚き火に焚べた。
揺らぐ火の舌が新たな標的を舐めとり、その輪郭が侵食される様子を見ながら、青年はゆっくり、口を開いた。
「俺にだってな、憧れがあったんだよ」




