焚火
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村周辺の一帯に広がる渓流にはハンターが狩りの準備に使える拠点というものがいくつか存在する。
実情は拠点というのもおこがましいほど質素なもので、焚き火跡と馬車用の荷下ろし場しかないが…それでも獣が近づきにくい場所であったり、雨風を凌げる地形であったりと利点はあることからそれなりにお世話になっている。
渓流を横断する形で存在する起伏にも、そのうちの一つが設置されていた。
堆積岩を大きく穿つ形で存在する落窪で、青年は焚き火をつつく。
この時ばかりは社員旅行という名の上役おもてなしキャンプに参加していて良かったと思う。アウトドアと縁遠い自分にとって、その経験がなければ火を起こすことなど死んでも不可能だっただろう。
窪みの外では雨足が刻々とひどくなっており、岩肌は滝とも判別がつかない。
吸い込まれそうな闇の向こうでは雷をともなった豪雨が続いていた。
不安定になった火に燃料を足そうと立ち上がると、窪みの入り口に影を見た。
傍らに置いた小刀に手をかけながら、その影に見覚えがあることを確かめる。
「…入ってこいよ。風邪引くぞ」
止めた息を開放しながら、雨にかき消されない声量を探る。
影ははじめ迷うそぶりを見せたが、やがてそろそろと進みでた。その足の一歩一歩を追うように、黒々とした水溜りが広がる。
外套の下からわずかに見える唇は色を失っていた。
「…着替えの手伝いなんざしねぇからな。火を使うなら勝手にしろ」
青年は後ろを向く。
布のずれる音が少し聞こえた後、火に薪が焚べられたようで、視界の隅では火の粉が舞うのが見えた。
馬車は明日朝に迎えに来るよう手配した…今宵の夜は耐える他ない。
雨音と火の弾ける音が響く空間で、青年と少女は朝日を待った。




