準備
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「一の型…ニ、三、四。二の型…三、ニ、三、四…」
青年は数える声に合わせて剣を振る。両手に持った刃は音もなく軽快に風を切った。
「三の型で跳ねて…」
右腕を垂直に突き上げるようにし、もう片方の腕で地を指すように剣を構える。
「…大回転、と」
体を軸にし、両剣で円を描くように身体を捻る。
観測台に残されたハンター指南書・双剣編、その中に記載される大技だった。
「こんなものか…」青年は汗を拭いながら新たな得物…バグバイトの感触を確かめる。初めに握った印象通り軽く、体に馴染む重量配分が秀逸だった。
「ハンター、何してる」
少し離れた位置で武具の手入れをしていたた少女がこちらを見下ろす。
「何って…見りゃわかるだろ。訓練だよ訓練」
女神にセオリーは自分で作るものだと教えられたものの、青年の想像を現実に移すには基礎を叩き込んでおく必要がある。
「これも計画のうちさ。身体はある程度作っておかなきゃ」
「敵いないのに…?それ、強くならない」
「お前なぁ…型ができてりゃいいんだよ型が。そういうお前こそどうなんだ」
青年が言い終えるや否やその足元に弩弾が数発撃ち込まれる。
「…私は強い」
少女の手元には弓砲…もといた世界のクロスボウにも似た武器が携えられていた。
少女自身の背丈にも近い大きさのそれを軽々と担ぎ上げる筋力はどこからきているのか…青年は足元に空いた穴を見ながら思う。
仕組みこそ弩と同じだが打ち出すのは鋭い石や木、毒を塗った骨矢まで…強力な反動で撃ち出すなんでもありの遠距離武器こそ弓砲なのである。またしても青年が扱いきれずに断念した得物の一つだったが、この小娘はどうしてか自由に扱えてしまっている。
調整を終えた武具を担いで少女は石段を軽々と跳躍する。
彼女はふと振り返ると、
「…ハンター、お腹空いた」とのんきにも言った。
「へいへい。夕餉の支度にしますよ」
ふふん、と少女は観測台にかけて戻る。
「…ったく。」
青年はあきれてため息も出ない。
冬の近づきを感じさせる大空、夕闇の沈む方向に立つ見張り台が道なりに影を伸ばす。
人と一緒に食事をとるのが普通になるなんて。
青年にとって、一人の食卓は珍しいものではなかった。物心つく頃には親が家を空けることが多くなり、冷めたおかずを電子レンジで温める日々が続いた。
それでもまだ料理をしてくれていたからまだ恵まれた方ではあったのだろう。
ただ、舌を火傷しそうになるまで温めても電子レンジの食事は冷たさを残している気がしてならなかった。
やがて自分で料理を作るようになった青年は家から出た後、食費の節約も兼ねて自炊をすることが楽しみとなる。どこか冷たさを伴う感覚はまだあったが、それでも幾分かマシな気がしたのだ。
それも仕事が忙しくなる前の数年だったが。
でも、今は…。
いかん、と首を振る。
自分は大嫌いな狩ゲーの世界にいて、一刻も早く災厄とやらを倒して自由を得なければならない。
「ハンター、遅い」
「わかってるよ。ほら、火を起こしてくれ。食事代くらいは働いてもらうぞ」
面倒だと愚痴る少女の傍で今日も青年は料理する。
ハンターにとって身体は資本である。
「温かい」ご飯を食べなくてはならないのだ。




