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目覚め

「ようやく目が覚めたか」

 判然としない意識の中で低い男の声が響いた。何か悪い夢を見ていた気がする。

 刺すように冷たい風が頬にあたる。どうやら、自分は荷車のような何かに乗っているらしい。濡れた杉の青臭さが鼻腔を満たした。

 微睡に抵抗して青年は声の主に視線を向けた。

「国境を越えようとしたんだろう?」

 先ほどから話しかけてくる男は格好こそ薄汚れていたものの、その目には狂気にも近い光が宿っていた。

「油断させておいたところで帝国の待ち伏せをくらったクチだ。俺等も同じさ。そこにいる盗人もな」

 男が自らの身体に目をやると、その手元は縄で縛られていた。その先を辿ったところにもう一人、同じく拘束された人物が座る。

「蛮族め」その人物…最初の男よりは上等こそすれやはり土で汚れた服の男が悪態をつく。

「お前らにはとことん辟易する。蛮族が暴れ回ってくれたおかげで帝都は滅茶苦茶、商売もあがったりだ。薄汚れたネズミが帝国を統治しようだなんて馬鹿馬鹿しいにも程がある」

 最初の男が鼻で嗤った。

「そのネズミと繋がれた気分はどうだ?え?馬泥棒。お似合いの家族みたいなもんだ」

 盗人の肩書を否定しない男が天を仰ぐ。

「そこのクチナシよかマシか」

 彼が顎で示した先には猿轡をはめられた大男が佇んでいた。

「おい」

 狂気を目に宿した男が凄んだ。

「口には気をつけるんだな。お前の目の前にいるのは帝国の真の支配者、オートゥス卿ぞ」

「オートゥス?『無礼者』のオートゥスか!?それこそ蛮族の頭目じゃないか!」

 オートゥスと呼ばれた男は目を閉じたまま座っていた。

「待てよ…?お前がオートゥスで俺も繋がれてるってことは…おぉ神よ、俺はどうなっちまうんだ!?」

「黙れ!」

 先頭で荷馬車を御する兵士が甲冑を軋ませて叫ぶ。

「どうなるって…戦士が行き着く先は一つだろう。天上の軍畑さ」

 意地の悪そうな顔をした蛮族が兵士に聞こえない音量で言った。

「嘘だろ…?嘘だと言ってくれ!なぁ!そこのお前!」

 盗人がよろよろと言いよってくる。

 不意に手が引っ張られ、そこで初めて自分もまた目の前にいる蛮族等と同様、身体を縛られていることに青年は気がついた。

「ええい黙れと言っているだろう!」今度は兵士が振り返って怒鳴る。

「罪人どもめ!己の立場をわきまえろ!貴様らは全員吊り首行きだ!戦士だどうだと自称するならば誇り高く黙って見せてはどうだ!」

 兜の隙間から怒気を垂れ流すその兵士は確かに恐ろしかった。が、その時罪人一同が声を失ったのは彼の迫力によるものではなかった。

「ようやく黙ったか」満足げに兵士が向き直して目にしたのは走馬灯か、土煙か。

 その如何も無視して甲冑を着た体は森の彼方に飛び去った。

 「何か」が突進してきたのだ。

 御者を失った荷馬車が急旋回する。左右を囲んで守っていた騎兵を巻き込みついに動きを止めた頃、天地は逆に、木製の車輪は真二つに割れていた。

 運良く横転による衝撃を免れた罪人等は逆さまになった荷馬車が作る空間の隙間から外を伺った。

 突如目の前に蹄が振り下ろされる。しかし、馬のものではない。遥かに太く、そして大きい。深く地面を抉るそれが物語る体躯は想像をも超えていた。

 呼吸ができない。息を殺すの文字の如く、罪人らはただの一言も発することの出来ないままただ荷馬車の外にいるだろう怪物が去るのを願っていた。

 しばらくして、日光を遮っていた蹄が消えた。

 途端に明るくなった荷馬車の影で、蛮族と呼ばれた二人が手元を忙しくしていた。

「何をしているんだ」

 悲鳴にも近い声音で盗人が言う。

「見りゃわかるだろう。逃げるんだ」

「何だと!?」

「シーっ!」隠し持っていたのだろう小刀を器用に縄に擦り付けながら蛮族は言った。

「外にまだ獣がいるかもしれない」

 ばら、ばらと男が拘束から解かれる。

「で、どうする?」

 盗人と青年が顔を見合わせる。唾を飲み下して両者とも頷くと、

「決まったようだな」と蛮族は小刀を回した。


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